
昔、高度成長期の頃、円の外貨両替が解禁された直後に、
わが父方と母方の祖父二人が、仲良くアメリカ旅行に往ったともいう。
いずれも先祖が幕府の御目付役だったりした関係もあって意気投合し、
カラオケで思い出の軍歌を歌い合っていたりしたのを見た記憶もあるが、
それと共に当人たちがアメリカ旅行を楽しんでいたというのも、本当のことであろう。
敗戦の屈辱を、自分たち自身が未曾有の経済発展によって払しょくし、
アメリカも対赤の番犬なみの扱いにまで追い込めていたような時勢、
自分たちこそは独立自尊の強者たればこそ、そのついでの親米でもいられていた。
ここ30年の日米関係はそれに違い、実力面から一等以上に劣る戦後旧世代を飼い殺しにしながら、
カルト支配で日本という国を弱体化一辺倒な収奪対象とするような真似にアメリカが及べばこそ、
もはや余裕の現れとしての親米などはどこにもなく、ただ威力に屈した媚米のみが日本側にもある。
ゆえに今のアメポチと、かつてのわが祖父などが親米という点では共通しながらも、
その存在性には雲泥の差があり、片や国の礎、片や国賊といった有様でもある。
親米という点ではなく、屈従からの媚び諂いを好き好む奴隷性の持ち主でありながら、
世の中に幅を利かせようとする自明な僭越さ、身の程知らずさこそが純然たる害悪なのである。
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