「敵」相手に全く躊躇しない幼児性


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001 2026/04/20(月) 09:12:35 ID:FO1o6piwdY
近頃でも、アメリカやイスラエルによるイランやガザへの攻撃などで見られた、
「敵」と見なした相手に対しては無差別大量虐殺も辞さないほどの残虐さ。

別に、いうほど特殊なものでもなく、精神的な成長がまだ未熟な
幼児あたりなら、ごく普通に持ち合わせているような代物でもある。

古来より培われて来た賢明さを、多少なりともまだ持ち合わせたままでいる
日本人などからすれば、それは自分自身に悲惨な結果を返して来る愚かな蛮習である
という認知が行き届いているために、誰に咎められるまでもなく避けるものである。

しかし、世界にはまだそのような法則への把握も疎かなままに、
いい年してそこでの興奮に酔い痴れているような者が多くいる。

旧約聖書の神などは、まさにそういった幼稚さ故の残虐さをそのまま神格化したような
言動規範を帯びているし、さような神へのカルト信仰によって、
他者への残虐さを増強している者までもがいる。

幼児なら誰でも抱けるような残虐さだからこそ、この世から完全に絶えることはない。
そこをわきまえた上で、世を挙げての増長に歯止めをかけて行く必要があるのである。

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002 2026/04/20(月) 09:22:38 ID:ouxscNZu7o
   ­   ­

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003 2026/04/20(月) 09:37:55 ID:FO1o6piwdY
それは、子供なら誰でも抱けるような敵対者への残虐さによって
試みられている虐殺であるからして、決して畏怖などをしてはならないもの。

いい年したおっさんやおばさんが、幼児なみの精神的な未熟さのままでいることを
好き好んでひけらかしている痴態として、心の底から見下し蔑むべきものである。

一方、それは幼児なみの未熟さであれば誰でも抱けるような残虐さだからこそ、
この世から完全に絶やすことなどもまた、まず不可能。

庭の雑草や部屋の埃なみに、いくらでも後から後から湧いて出て来るものである
ことをもよくわきまえての、終身に至るまでの警戒を欠かしてはならないのである。

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004 2026/04/20(月) 10:16:31 ID:FO1o6piwdY
ナチスによるユダヤ人虐殺の試みなどは、さようなわきまえを
全く欠いていたがゆえに、愚かな悪手となってしまったものである。

「わが闘争」などにも見られる、ヒトラーのユダヤ人への感情的な憎悪加減などは、
まさに未熟者たちへの見下しとは真逆な「同族嫌悪」とでもいうべき代物であり、
そこから試みられた虐殺行為もまた、自らも未熟な精神性止まりのために、
子供を虐待してしまう大人の姿などとも大変似通った代物であった。

そして「ユダヤ人さえ根絶すれば」というその目論見自体が、
精神的に幼稚でさえあればいくらでも再増殖し得る、
その残虐さの特質を見誤っていればこそのものであった。

朝鮮戦争以降の韓国人あたりだって、黄色人種ならではの平均知能の高さと共に
総員でキリスト教に入信した結果、より忠実な聖書信者としての、ユダヤ人なみの
精神的な幼稚さを帯びてしまっていることが多いものだし、その手段は問われない。

いい年した未熟者がもたらす惨暴の危害を制したいのなら、
何よりもそこからの脱却を自らごと志して行く以上のことはないのである。

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005 2026/04/20(月) 11:47:06 ID:2eYrOgXlz6
(祝)テレビ朝日消滅www
テレ朝、海外ブチギレで火だるま――“国際問題”寸前に局内大混乱 (2026/04/17)
https://www.youtube.com/watch?v=2f9NOSw-Fq...

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006 2026/04/20(月) 12:26:08 ID:4JigSx54W.
抹殺、殲滅こそは、政治である。なぜならば、政治とは、その厳密な定義からして「争いの回避」だからである。
最近は甘やかな幻想を抱き、多文化共生だなどと浮かれた言辞が飛び交う世になった。
共存、共生はなまなかでは成立はしない。
ミトコンドリアのような完全なる同化痕跡化か、どちらかが主導権を握る吸収合併、育てて喰らう家畜共生、距離と壁で隔てる棲み分けゲットー化や差別で階層化するカースト化くらいのものである。
抹殺、殲滅をメニューに組み込んであたるのが真の意味で政治的というものだ。
非政治的であり続けた民族である日本でも、律令初期にはカースト化共生は行われたようで、穢多非人はその名残だ。しかし、国譲り神話の国柄だから、殲滅、抹殺の歴史を持たない。近いものは蘇我氏、上宮王家、比叡山、豊臣家くらいであろうが、民族丸ごとには及ばない。アイヌに対しては文化的殲滅が、現在進行形ではある。
抹殺、殲滅を幼児退行と呼ぶ勿れ。

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007 2026/04/20(月) 12:55:57 ID:FO1o6piwdY
まるで、躾けのなってない幼児のような残虐さを帯びた聖書の神を
(ユダヤほど直接的にではなくとも)信奉して来た欧米キリスト教圏こそは、
勢力圏で100年と平和状態を保てたことがないのを見てもわかる通り、
さような残虐さこそは、幼児並みの稚拙さ由来のものであるが故に、
子供が国を治めることなどできないのと全く同じ理由での、
国ごとの破綻からの戦乱を招き続けることが免れ得ない。

隙あらば徳川の寝首を搔いてやろうとする豊臣方の残党すら、薩長土などの
日本の片隅で生き延びることぐらいはお目こぼししてやった江戸幕府などは、
秀吉以来のキリシタン禁制の継承と共に、260年の泰平の世を招くに至った。
それこそ、不倶戴天級の仇敵相手にすらそれなりの心の余裕を以て接せられる
だけの精神的な成熟さこそが、この世から争いを絶やしてかかる実例となっており、
そのためには幼児並みの未熟さを増長させるカルト信仰の共なる根絶ぐらいは
なくてはならないのを示している最たる実証例であるともいえよう。

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008 2026/04/20(月) 13:15:35 ID:FO1o6piwdY
「聖書の神は、まるで未熟な幼児のよう」という今の物言いは、
「聖書の神は、まるでヒスおばのよう」という以前の物言いと
矛盾しているように思われるかもしれないが。

そもそもヒスおば自体、精神の未熟な女が年だけ食って
老病その他に苦しめられた結果成り果てるものであるため、そこに矛盾はない。

今のトランプなみに自己破綻まみれな言動を来たす人間だって、
頑是ない子供かヒスおばあたりならいくらでもいるわけで、
老若男女とその立場は違おうとも、精神の未熟さという点でだけは一致している。

子供はまだ成長と共にその幼稚さから脱却できる可能性があるが、
大人ともなるとその可能性も低く、老人ともなるとほぼ取り返しがつかぬ。
してみれば、幼稚な子供そのものよりもはるかに深刻な状態なのも確かである。
聖書信仰のようなカルト信仰もそういった人種の増産を招いているのだから、
子供のようにかわいくもなんともないのである。

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