
別に、もう誰も勉強をするな、やめさせろなんてんじゃない。
(学費のためにAV出るとかはさすがにやめさせろだが)
些末な上に、暴君たちの拠り所になっていたような邪知の問題を
短時間で大量に解くなんてのを主要命題にするのはやめろ、と。
玄峰老師も、無門関の中には解読にかなりの期間をかけさせられたものが多くあったというが。
「なぜ犬魂(けんたま)の持ち主には仏性がないといえるのか?」
みたいな、難解すぎて今でもAIに聞いたからといって解けるわけでもない代わりに、
解けた時にはもう悟りを得ているような命題を何か月でも何年でもかけて解かせるような、
前世紀までかろうじて日本社会を陰ながら支えていた人々たちも元手にしていたような
(今世紀以降は絶えたためにカルト災禍による傾国亡国が深刻化しているが)
真の大命題への探求こそを勉強の本分とすべきだってことだ。
その内に入らないような勉強は、させるとしても権威の内にも入れるべきではない。
線形代数や微積分すら、関孝和らが仕事の合間にニュートンやライプニッツより先に発見していたのに倣え。
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