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001 2024/07/25(木) 11:11:32 ID:SPCjVibmRY
https://www.youtube.com/watch?v=5E9t54lrYy...
日本こそが黒人奴隷の起源だったかのような歴史改竄は問題外にしても、
当時、全世界で当たり前のものとして奴隷制が存在していたというのが、
日本の歴史をよほど深く勉強しているわけでもないような歴史家
などにとっての、ごく一般的な共通認識であるのには違いない。

日本では、鎌倉時代に奴隷制が完全に廃止されていたからこそ、
秀吉もバテレンの宣教師が奴隷売買を講じていたことに腹を立てて、
キリシタンを禁教にしたわけだが、そこまでの経緯は外国人はおろか、
日本の有識者ですら、そのほとんどが十分には認知ができていない。

そもそもが知らない場合も多いし、知ってたところで、
奴隷制の名残りとしての被差別部落の問題なども絡んでくるために、
面倒な奴らに絡まれたくなくてアンタッチャブルにしておこうとしたり
するために、日本における奴隷制というものについて多くが語られることはない。

そのせいでこの問題も十分には落とし前が付けられず、
制作会社が「あくまでフィクションです」と釈明するだけで終わる、
後味の悪い結末になりそうなのである。自分たちが人身売買から解放された元奴隷身分
であったことを部落出身者たちが認めるのでもない限りは、完全な解決たり得ない。

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※省略されてます すべて表示...
091 2024/08/02(金) 22:05:53 ID:8MFfdyahkE
そんな世の中が、いつまでも続けてられるのならな。

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093 2024/08/02(金) 23:45:35 ID:Wlzg..t0o.
>>91
「世の中」が主語で「続けてられる」が述語か。
「世の中」という概念って行動するんだね。
成立しない文だね。普通じゃないねおかしいね。

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097 2024/08/03(土) 12:10:17 ID:DmtLXRtjZE
白人奴隷制=年季奉公人
日本では事実上期限がなかった。
https://www.y-history.net/appendix/wh1102-005_2.htm...

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098 2024/08/03(土) 12:15:37 ID:DmtLXRtjZE
奉公人、下人こそが立派な奴隷なんだよ。ポルトガル宣教師の目から見てもそう映っていた。

イギリスの場合
1834年8月1日に発布されたイギリスの奴隷制廃止法では、黒人たちは奴隷身分からは解放されたものの年季奉公人として元の奴隷主の下で週45時間働くことを強いられた。野外奉公人は6年、非野外奉公人は4年の年季であった。奉公人は、この制度は奴隷制と変わらないばかりか部分的にはそれよりも悪くなったと感じていた。この制度を監視する役割を担った有給判事は、プランターと奉公人とのあいだの紛争処理に際して概してプランター側についた。反奴隷制協会および新たに組織された黒人解放中央委員会は、奉公人に対する鞭打ちや虐待などの事実を暴露し、年季奉公人制反対のキャンペーンを繰り広げた。その結果、各植民地議会は野外奉公人も含めて1838年8月1日に年季奉公人制を廃止することを決議した。

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099 2024/08/03(土) 12:44:51 ID:DmtLXRtjZE
年季とか、奉公人という言葉に騙されちゃいかん。奉公人ぐらいいたよな、じゃない。それ、奴隷ですから。士分の中間小者もいたじゃん、関係ない。奴隷ですから。
https://www.weblio.jp/wkpja/content/%E5%B9%B4%E5%AD%...

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101 2024/08/03(土) 13:13:26 ID:P4q8TU.3Rk
なんと、「英米がそうだったから日本もそうに違いない」とかほざき始めよった。

もう真面目に話し合う価値もないのが露呈しきった体だな。
妄想のプロパガンダ目的なら、自分でスレでも立ててそこでやってくれ。
ここだと削除対象になるかもしれないが。

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103 2024/08/03(土) 13:39:33 ID:DmtLXRtjZE
譜代奉公人
地方によっては家抱(けほう)[1]・門屋(もんや)[2]・庭子(にわこ)[3]・内百姓(うちびゃくしょう)・名子(なご)[4][5]・被官(ひかん、被管、被官百姓)[6][7]・分付(ぶんづけ、分附、分付百姓)[8][9] などの呼称があった。下人夫婦の子または私生児であったものは釜子(竈子、かまご)[10]、釜譜代(竈譜代、かまふだい)[11]、あるいは庭子[3] とも呼ばれた。また、従属の度合いも異なり、『地方凡例録』には夫婦を構成して生活している者や主家から土地を貸与されて高額な小作料を上納したより小作人に近い者から、主家の屋敷内に住まわされてその命令下で田畑を耕すより奴隷に近い者など、様々な形態があった事が知られている。

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104 2024/08/03(土) 13:43:03 ID:DmtLXRtjZE
中世から代々たぜ。
【世襲奴隷】
その由来については中世以来の伝統的な下人の血を引く者や戦国時代から江戸時代初期にかけての混乱期に誘拐や人身売買によって獲得された零細民であったと考えられている。
【敗者奴隷】
戦国時代には乱妨取の習慣による誘拐や人身売買が行われていたが、江戸幕府はこれを禁じた。だが、当時の農村社会の経営は不安定であり、農業経営の出来なくなった小農民と労働力不足に悩まされる本百姓層の利害の一致によりこうした人身売買による隷属化が農村部において横行した。
【債務奴隷】
やがて人身売買に対する規制が強化されると、一種の脱法行為として人身質入による質券奉公人(しちけんほうこうにん)が出現する。これは質券に書かれた本金(借入額)を奉公人の価格・利息の支払を債務期間中の労働に相当させ、借方である奉公人が本金を返済しない限りは身柄は終身にわたって貸方である主家に拘束されるという仕組であり、質に名を借りた事実上の人身売買による譜代下人であった。

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105 2024/08/03(土) 13:50:49 ID:DmtLXRtjZE
>>101
世界史基準、人類史基準で奴隷相当なのだという見方をするべきなんだよ。奴隷がなぜなくならないか?という人類の課題から逃げて、日本にはなかったもんねー、日本には聖賢がいたもんねー、というお粗末な妄想を抱えて居眠りをこきたいならどうぞ。

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106 2024/08/03(土) 13:58:08 ID:DmtLXRtjZE
我らの先祖は生きるに必死であった。繋ぐに必死であった。なんとかっこいい奴等だ。そうやって我々の時代まで受け渡してくれたのだ。侍もいたろう、殿様もいたろう、農民も、漁民も、穢多非人も、奉公人も、遊女もいての日本の歴史なのだ。

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107 2024/08/03(土) 14:00:17 ID:P4q8TU.3Rk
「武家時代の日本に奴隷制はあった」という、
明確に間違った思い込みを押し通したいあまりに、
その証拠にもなっていない情報を大量コピペ。

「嘘も100回言えば本当になる」という、某半島民と同レベルのメンタル。
捏造史のキャンペーンで飯食って来たような連中なだけある。

現政府にとっては「身から出た錆」として切っても切れぬ仲であるとはいえ、
その跋扈を十分に退治してかかれるような政権こそが、
この世に十全な泰平や繁栄を招くことも可能となるであろう。

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108 2024/08/03(土) 14:11:45 ID:P4q8TU.3Rk
俺が武家時代に廃止されたと言っているのは、
始めから「名目上からの奴隷制」のことであって、
なおかつそれによって「実質的な奴隷制」もまた
同時代の世界や、今の日本などよりもはるかに低減されて来た。

それを否定するような証拠なんて、何一つ未だにここに提示されてはいない。
故にそれを否定して、この国で奴隷制を開き直って推し進めたりする口実も立たない。

昔の賢聖たちと同じように、どうしたって人身売買などが横行しがちな
厳しい現実に立ち向かいながら、できる限りの名実ともなる奴隷制の廃絶に
取り組み続けてこそ、日本社会の上質さも守られるというばかりのことである。

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110 2024/08/03(土) 14:21:07 ID:P4q8TU.3Rk
別に何も違ってない。
非合法に横行してしまっていた実質的な奴隷制なども含めて、
賢聖たちの奴隷使役廃絶のための高い志しが窺える証拠というばかりのことだ。

同時代のほぼ全世界で、奴隷を廃絶してかかろうなんて心意気の持ち主は
皆無に等しく、むしろより一層に残酷無残な奴隷たちへの使役によって、
虚栄や覇権を謳歌しようなどとするのが当たり前だったというのに、
もはやそんな人使いは最低限以下に抑えて行こうと尽力していた偉容よ。

残念ながらその取り組みが日本でも近代以降には途絶して、
逆に英米なぞの奴隷使役頼みでの覇権拡大に乗じたりまでする始末。
そのせいで江戸期の一般的な年季奉公をはるかに上回るような苦役が
氷河期以下の次世代に強いられて、少子化からの亡国の危機にも陥っている。

何度も繰り返し述べて来たことだが、始めから何も変わってない上に、
それを論駁するような証拠も何も提示されてはいない。ただ、
「人間社会は奴隷使役を推進してこそ」という、どこぞやの誰かの意見が、
本人の脳内だけで成立している虚妄としてひたすら浮いているばかりのことだ。

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112 2024/08/03(土) 14:44:48 ID:P4q8TU.3Rk
昔の年季奉公の法律上の上限は10年、
今の氷河期世代などには同等以下の扱いを合法的に20年以上。
非合法な領域にはまたそれぞれの闇働きあり。
俺への反駁のつもりでここに提示された情報に基づく論拠だ。

これを論拠の内だと認められないというのなら、
そういう論駁を試みて来た側の物言いも無効だろう。
>>58あたりからの論争が一切合切無益で無効だったと見なして
打ち棄てるのならそれでもいいぞ。どうせ碌な相手でもなかったことだし。

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114 2024/08/03(土) 14:57:14 ID:DmtLXRtjZE
>>110

>残念ながらその取り組みが日本でも近代以降には途絶して、
逆に英米なぞの奴隷使役頼みでの覇権拡大に乗じたりまでする始末。
そのせいで江戸期の一般的な年季奉公をはるかに上回るような苦役が
氷河期以下の次世代に強いられて、少子化からの亡国の危機にも陥っている。

なぜ取り組みが途絶したのかね?
なんでそんな簡単に奴隷が復活したの?
或いは、禁止し続けて奴隷が存在しなかった日本に、どうして史上初めて奴隷がポッと現れたの?
どうすれば再び奴隷がいなくなる?

賢聖の有無なのかな?
そのスーパーマン頼み根性がキモい。
歴史はスーパーマンの作るものだと思ってそう。ヒーロー物で育った世代丸見え。

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115 2024/08/03(土) 14:58:24 ID:P4q8TU.3Rk
派遣法改悪直前の濡れ手に泡な就職に与れた
バブル世代に、無能な正社員の管理職とか山ほどいて、
それが今の日本経済を貶める大元凶ともなってるのだし、実力は関係ない。
法律制度上からの賢聖による仁政、鬼畜による失政の違いの話だ。

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116 2024/08/03(土) 15:11:40 ID:P4q8TU.3Rk
武家時代の日本社会が、名目上からの奴隷制の廃止によって、
実質的なそれらの横行にも最大限の制限を科して来た一方、
英米などはその逆を行き続けることでの世界的覇権を獲得して来た。

そんな英米からの支援の嵩にかかって、一部のならず者たちが近代以降に
日本の政権までをも奪取して今に至るけれども、奴隷使役の増長ありきという、
不正な手段によって虚栄を謳歌して来た無理が祟っての総崩れに陥ろうともしている。

慶喜公もまた、さような末路を見越しての大政奉還に及んだのだろうし、
この図も別に完全な俺独自のオリジナルなどではなく、
賢聖の深謀遠慮の具現化というばかりのことだな。

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117 2024/08/03(土) 15:17:55 ID:DmtLXRtjZE
>>112
10年年季がほとんど履行されてはいないことぐらいは検索すればすぐわかる、つーの。

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119 2024/08/03(土) 15:28:30 ID:DmtLXRtjZE
幕府は元禄11年(1698年)には年季制限を撤廃して永年季奉公や譜代奉公(代々に渡り永代)を容認した。

実質永代どころか、幕府公認やんけ。

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120 2024/08/03(土) 15:30:48 ID:P4q8TU.3Rk
合法的な範囲の派遣労働に、さらに非合法なブラック労働だ多重中抜きピンハネだが
畳み掛けられるのが当たり前と化しているのによく似ているな。

ほんと、あらゆる面で今の次世代への雇用待遇は、武家時代の完全下位互換であるというばかり。
法律が倍程度悪いのにちゃんと連動して、待遇の悪さも合法非合法両面で倍程度となっている。
個々人の努力云々ではどうにもならない、世の中への統治支配のあり方による総体の動向よ。

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121 2024/08/03(土) 15:32:37 ID:IGVPdGGXzQ
派遣法改悪直前の濡れ手に泡な就職に与れた
バブル世代に、無能な正社員の管理職とか山ほどいて、
それが今の日本経済を貶める大元凶ともなってるのだし、実力は関係ない。
法律制度上からの賢聖による仁政、鬼畜による失政の違いの話だ。

具体的に彼らが何をして日本経済がどの様に貶められた?
派遣法が出来たから氷河期の無能どもが奴隷になったの?
別に起業のハードルも低くなってるし全ての氷河期世代が
就職できてない訳じゃないしお前が思うほどバブル世代は
影響力ないと思うんだが?親を奴隷にしてる問題と>>92
これ答えられないと判断して良い?イチイチ聞くのも面倒

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122 2024/08/03(土) 15:36:34 ID:DmtLXRtjZE
[YouTubeで再生]
>>118
で、賢聖カモーン!なわけだ。ピロピロピー!

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125 2024/08/03(土) 16:00:44 ID:P4q8TU.3Rk
>>119
おまえが提示した>>78の記事には、譜代奉公人は禁じられ続けていたとあるじゃないか。

これはおそらく、あまりにも永代奉公が横行しすぎるあまりに幕府も公認せざるを得ない
ような時期もあったが、銭湯の混浴のように幾度となく禁止を再発令していたということだろう。
 

>>121
>派遣法が出来たから氷河期が奴隷になったの?
おまえ自身が始めから答えを明示してるじゃないか。

法律制度による社会構造の変革の前でも、個人的な実力で例外たるような人間はいつの時代にもいる。
しかしそれが大多数を左右することまではなく、ほとんどの人間は制度や景気のおかげでいい就職先に
与れたり、奴隷同然やそれ以下の扱いを強いられたりするのが世の常というものである。

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126 2024/08/03(土) 16:15:09 ID:P4q8TU.3Rk
>>123
俺がやることもあるかも知れないが、
だとしたところで一人だけで遂行できることでもない。

世の中はそれ自体が組織団体の集成なのだから、
そこに十全な統治支配を凝らすことが出来るのも、政権級の組織のみ。

人は城、人は石垣、その積み重なりこそが為政の要ともなるが故に、
たとえそこで一時的に首長並みの立場に就任するのだろうとも、
むしろ組織全体の健全化や高性能化のほうをより尊重して行かねばならぬ。

どちらかといえば、自分がそういう組織に入ったりすることよりも、
不埒者が一緒にそこにいたりしないことのほうをより重視すべきぐらいだ。

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129 2024/08/03(土) 16:25:31 ID:P4q8TU.3Rk
20年前に起きたことに今の解決策をあてがおうとする脳内タイムスリッパー。
俺への抗弁さえ続けられれば、もう話の真偽なんかどうでもいいんだろうな。

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132 2024/08/03(土) 16:40:19 ID:IGVPdGGXzQ
>>127
そもそも20年も派遣やってる氷河期世代って何%いるんだ!?

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135 2024/08/03(土) 17:11:26 ID:P4q8TU.3Rk
今さら俺にチェリーピッキング論法なんかが通用するとは、本気で思ってはいるまいな。
もう自分らが潮時だから、最期まで効かなかったことを確かめておこうとでもしてるのか?

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139 2024/08/03(土) 18:20:03 ID:DmtLXRtjZE
>>125
文意汲めないの?
返済させない銀行みたいな感じで永代なのよ。
>「質に名を借りた事実上の人身売買による譜代下人」であった。

>途上地域では幕末までこうした譜代下人が存在した。また、幕府や諸藩は表向きはこうした人身売買を禁じていたが、農業経営の安定による年貢徴収の安定化を優先させる配慮から、こうした譜代下人の存在を黙認していた地域もある。
幕末まで効力なし。何度も禁止=何度も禁煙と同じ。つまり、全くやめなかった。しかも「表向き」にすぎず、目こぼししたんだから、認めていたわけよ。譜代下人だよ。世襲下人だ。
で、幕府は元禄11年(1698年)には年季制限を撤廃して永年季奉公や譜代奉公(代々に渡り永代)を容認した。
理由は、終身雇用と同じで、その方が逃げ出したりせず、忠誠心があり、安定して使役しやすかったからだよ。
度し難く理解が浅いね。

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141 2024/08/03(土) 18:27:57 ID:DmtLXRtjZE
都合悪い書き込みを消すのもやめてくれ、レスが繋がらないからな。卑怯者。

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142 2024/08/03(土) 18:34:21 ID:DmtLXRtjZE
>>1
>日本では、鎌倉時代に奴隷制が完全に廃止されていたからこそ、
秀吉もバテレンの宣教師が奴隷売買を講じていたことに腹を立てて、
キリシタンを禁教にしたわけだ

そもそもこれがデマだよな。九州の島津の人身売買くらい調べろや。秀吉がバテレン追放令を出した理由が鎌倉幕府以来の完全廃止?バカ抜かせ。歴史を語るなら史料出せ。

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144 2024/08/03(土) 18:46:09 ID:DmtLXRtjZE
大友宗麟、高山右近、有馬晴信やらのキリシタン大名が、兵器増強のため奴隷貿易に熱心に参加し、奴隷経済サイクルに取り込まれたから、秀吉は九州大名の軍事力を削ぐためにバテレン追放令を出したんだよ。1587年の島津征伐に連動しての同年のバテレン追放令なんだよ。

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145 2024/08/03(土) 18:46:19 ID:P4q8TU.3Rk
>>139
幕府やその他の武家政権の志しの気高さとは裏腹に、
民間には今の日本の政財界が国ぐるみで試みているような
奴隷的使役を弄する者が後を絶たなかった。

なんにも変わらん。俺が始めから言ってることそのままでしかない。

「国ぐるみ」となると、それは近代以降の日本や、その源流となった薩摩や、英米などのほうに限り、
それによって政商の虚栄や世界的覇権を目論むような真似にまで及んで来たという、
江戸幕府などには一切見られなかった度し難さを帯びているという、実質からの相違もある。

俺はただそういった事実関係をありのままに受け止めようとしているだけなのに、
なぜかもう終わっている論争への無意味な抗弁を続けて来る、おまえみたいなのがいるのはなぜだろうな?
まるで、昔のお武家様のように奴隷制を忌み嫌う賢聖の為政者の再来を恐れてでもいるかのような。

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146 2024/08/03(土) 18:46:27 ID:F4zgBMx1N.
何言っているのか分からない

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148 2024/08/03(土) 18:53:04 ID:P4q8TU.3Rk
>>144
そういう自己意見を持つのは別に勝手だけれども、
秀吉が、公権力が奴隷制を認めない鎌倉幕府の頃からの武家政権の意向にも結果的に
沿った形で、奴隷貿易を行うキリシタン大名を根絶してかかったのにも違いないわけでな。

島津は国ぐるみでの人身売買に限らず、密貿易やら、改易が原則な百姓一揆への
一方的征伐やらもやりたい放題の無法者集団であり続けていた。それはひとえに、
中央の権勢が十分に及ばないほど遠方の勢力であったからであって、家康公も潜在的な
敵性勢力であることを忘れぬように、宝刀の切っ先を連中に向けておくように遺言などしてたのだ。

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149 2024/08/03(土) 18:54:05 ID:DmtLXRtjZE
>>143
あんたには歴史的な教養やセンスが欠如している。得手勝手に自分のイメージを投影して、あまり賢くもない無意味な信条の開陳に悪用できると勘違いして思い切り外している。しかも気付けない。歴史には近づかない方が身のためさね。

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150 2024/08/03(土) 18:56:37 ID:F4zgBMx1N.
言語的におかしい文章は脳内補完して読まないほうがいいですよ。
こちらがどうしても100%正しい読解ができないから、笠地蔵に反論されるキッカケを与えることになるんです。

返信する

152 2024/08/03(土) 19:03:35 ID:P4q8TU.3Rk
>>149
おまえが色々と提示して来てくれた、ネット上の資料までよく精査して、
やっぱり自分の考えには何も間違った所などなかったのだなという確信を新たにしている。

で、おまえは俺の、奴隷制の廃絶に一貫して取り組んで来た、武家政権への肯定的な意識を
世迷言扱いして否定してかかるぐらいなんだから、奴隷的使役肯定派なんだろう?

おまえが持ち込んで来た資料の何一つとして、それを承認するようなものではなく、
むしろ悪党の虚栄か、貧窮に駆られてのやむない必要悪として、人身売買や奴隷的使役が
武家時代にも残存していたという、おまえのような考えの持ち主を非難すべき証拠でしかない。

むしろおまえのほうが、昔の日本人の事績を見誤るかあえて曲解して、今の一部の権力者
などが望んでいるような奴隷的使役の増長の正当化を目論んでいるならず者なのに違いない。

返信する

153 2024/08/03(土) 19:07:23 ID:F4zgBMx1N.
”""""""で、おまえは俺の、奴隷制の廃絶に一貫して取り組んで来た、武家政権への肯定的な意識を
世迷言扱いして否定してかかるぐらいなんだから、奴隷的使役肯定派なんだろう?””"""""

違うだろ。正しい歴史を語るべきだという意見だろ。
バカだねえ。お前とは違うんだよ彼は。

返信する

154 2024/08/03(土) 19:10:44 ID:F4zgBMx1N.
>>152
後半は何言っているのかわからない。文法的に。

返信する

157 2024/08/03(土) 19:21:51 ID:P4q8TU.3Rk
>>151
秀吉の事績であれ、それ以前や以後の大多数の武家政権の事績であれ、
奴隷制の廃止を宣言した鎌倉幕府の意向にできる限り沿おうとして
来たと考えるべき様な史実ばかりしか、残されていない。

俺の考えは俺の考えだけれども、それこそが厳格な史実に根差している。
「武家政権も奴隷的使役の増長を望んでいた!」なんていうどこぞやのならず者の
考えのほうが、ただ独自なだけじゃなくて、史実にもまったく合致していない。

そもそもが鎌倉期までの武士は、人斬りも人さらいも挨拶ぐらいに平気で
繰り返すような暴徒だらけだったればこそ、さような無法者たちを十全に
取り仕切るための対抗措置として、奴隷制の廃止までもが宣言されたわけで、
別に綺麗ごとなわけでもなく、現実問題として必要だったことでもある。

自分たちがただのならず者であることと袂を分かつための誓いとして、
それぐらいの名分は立てねばならなかったことも、史実を直視すればこそ分かることだ。
幻想の捏造史に酔い痴れてるような連中には務まらぬことであるにしろ。

返信する

159 2024/08/03(土) 19:36:10 ID:P4q8TU.3Rk
武家時代の歴史を正しく直視すればするほど、どこぞやのならず者みたいな
考えよりは、俺のような考えを抱くべきだという結論ばかりに行き着く。

近代以降の日本で、財閥や政財界の重鎮なぞが、
武家時代以上の苛政で人々への奴隷的使役を増長させ、
それと引き換えにお武家様以上の富裕を謳歌していた史実などを、
「羨ましいなあ、俺もそんな風になりたいなあ」などと思うのなら、
「奴隷的使役はどんどん増長させて行くべきだ」などとも考えるだろう。

魂胆の良し悪しはともかくとして、そういうのが史実に即した考えってものだな。

返信する

161 2024/08/03(土) 20:26:39 ID:F4zgBMx1N.
文法的に何言ってんのかわからない

返信する

162 2024/08/03(土) 21:15:16 ID:DmtLXRtjZE
>>157
第41条:「奴婢(ぬひ)や雑人(ぞうにん)のことについて」

 「頼朝公の時に定めたように、10年以上使役していない奴婢や雑人は自由とする。次に、奴婢の子については男子の場合は父に、女子は母に属すこととする。」

1239年には、追加法で、飢饉の際には例外とした。この現実主義が歴史。

「寛喜三年(1231年)の餓死のころ、飢人として出来の輩は、養育の功労につきて、主人御計らいたるべきの由、定め置かれおわんぬ。およそ人倫売買の事、禁制ことに重し。しかれども飢饉の年ばかりは、免許せらるるか。」

返信する

163 2024/08/03(土) 21:34:04 ID:P4q8TU.3Rk
賢聖の志したるや、非業の現実の前ではそう実現しきれる代物でもなきが故に、
「志しは毘盧頂上を突き、行いは童子の足下を拝む」という程でもなくばならぬ所もあろうな。

その心がけを600年以上にわたって欠かさないで来た偉人たちによって作り上げられて来た
この国において、その志し以上の業績を挙げることや、同等の業績を挙げる以下の振舞いが
許されていいはずもあるまい。これまた史実への直視に根差した純正な考えの一つだと言えるな。😌

返信する

164 2024/08/03(土) 21:41:02 ID:DmtLXRtjZE
>>162
これが御成敗式目1232年な。
つまり、10年以上使役し続けているならば奴隷身分継続だ。奴隷廃止令の訳がない。

返信する

165 2024/08/03(土) 21:50:27 ID:DmtLXRtjZE
>>163
へぇー、制約が課されているんだ。知りませなんだ。
>その志し以上の業績を挙げること(中略)が許されていいはずもあるまい。
先人に頭を抑えられてるのね?迷惑な先人やな。

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166 2024/08/03(土) 21:51:28 ID:IGVPdGGXzQ
>>159
別にそれならそれで良いけど根拠は?ってなんのよ
根拠は出さないけど信じてくださいと言うなら
名無しの意見も須く正しいと言わないとおかしい
俺は良いけどお前らは駄目!
ガキの戯言にしかならん

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167 2024/08/03(土) 22:02:30 ID:P4q8TU.3Rk
人類史上初めて実施された奴隷解放宣言、
まるで三日月宗近の切っ先ほどのか細さから始まりながら、
人類史の両端を雲泥ほどにも分かつ一大潮流となっていったのだなあ。
雲側として泥側に迎合して行く、多少ほどの根拠も見つからんよ。🤣

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170 2024/08/03(土) 22:42:37 ID:hKSu.epOjY
173 2024/08/04(日) 09:13:57 ID:OCstO8ub.g
滝川政次郎「日本法制史」には、そもそも武家という身分自体が
「朝廷の奴隷」として発祥したものとあり、最上級の元皇族たる源氏や平氏といえども、
自分たちが奴隷並みの身分となることへの入念な誓いを立てた上で武家に転向したものとされる。

>>157に挙げたような鎌倉武士の野卑さなども、「所詮は自分たちもまた奴隷」という
性根からの開き直りによって来していたものであり、さような当時までの武家のあり様を
「粗にして野だが卑ではない」という程度の域にまで引き上げることをまず第一の目的として
講じられたのが、鎌倉幕府による奴隷制の廃止という施策であった。

平将門や藤原純友による朝廷への反乱や、平清盛や織田信長による朝廷での専横などは、
もはや武家の領分を完全に逸脱した暴挙であったために殲滅の対象とばかりなったものだが、
北条執権家によるさような試みはちゃんと実を結び、武家身分から奴隷根性による野卑さだけが
的確に抜き取られて、江戸期には武士こそが最も誇り高き身分であるとまで見なされるようにもなった。

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174 2024/08/04(日) 09:17:26 ID:OCstO8ub.g
[YouTubeで再生]
バテレンが聖職者でいながら奴隷売買に手を染めていたのも、キリスト教自体が信者を
「神の奴隷」ならしめることを本分としたカルト信仰だったからだし、大航海時代以降の
イギリス人が世界中で残虐な侵略征服の限りを尽くしたのも、そもそもが自分たちもまた
「女王の奴隷」であるというような考えからの、野卑さの開き直りに及んでいたからである。

さような、身分上からの奴隷であるか否かに関わず、あったりなかったりする
奴隷根性を開き直っての野卑三昧こそが、武家時代の日本社会では廃絶され、
やむなく残存していた奴隷的使役なども恥ずべき醜態の範疇に止め置かれ続けた。そこにこそ
日本人の卓越した精神性の源流が垣間見られるものであり、決して疎かにすべきところでもない。

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175 2024/08/04(日) 09:50:37 ID:OCstO8ub.g
特に、欧米キリスト教徒たちの、異人種や異教徒への
人を人とも思わぬような残虐極まる歴史上の仕打ちの数々の裏手にはいつも、
「自分たちもまた神の奴隷だから」という信仰由来の卑劣さの開き直りがあったものである。

アメリカでもっとも苛烈な奴隷使役が講じられていた南部州域こそは、
毎週日曜日の教会での礼拝を欠かさないような、敬虔なキリスト教徒のたまり場
でもあり続けて来たように、信仰と奴隷文化の開き直りこそが比例関係でもあったもの。

日本の武士道は、さようなあり方こそをピンポイントに廃絶してかかった精神文化であり、
主君への忠義という形で上下関係を重んずる精神性だけは残しながらも、
自我や人権も喪失しての絶対服従という、奴隷的な卑賎さのほうは二度と許すまいとした。

それは誰よりも侍たち自身が矜持として確固たるものとならしめた志向性であり、
民間にまでその気高さが十全に広まるようなことまではついぞなかったのだけれども。
「奴隷的であることは恥」という観念は広く通用し続けていたために、あっても日陰者扱い、
奴隷貿易のような大々的な商売への発展なども以ての外、という世相が成熟していったのである。

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177 2024/08/04(日) 10:45:10 ID:OCstO8ub.g
おまえ、「歴史にたらればは禁物」とかいう、
洋学の歴史学のセオリーなんかも頑なに信じ込んでいるクチだろ?

「史記」にも司馬遷自身や登場人物のたられば論考が目白押しでな。
水戸黄門などの昔の為政者たちも、その記述に感銘を受けながらの
仁政によって戦乱や貧窮を低減ならしめていたわけで、
むしろそちらが歴史学の善用のための本分なぐらいだぜ。

史実の真偽を確かめる所までしか純正な歴史学として認めて来なかった
洋学がいったい何年、国家規模の戦乱を防げたことがあると思ってる?

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180 2024/08/04(日) 11:01:15 ID:OCstO8ub.g
で、信じ込んでるのか違うのか?

まるで図星だったせいでの当たり散らしのようだが。

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184 2024/08/04(日) 11:40:30 ID:OCstO8ub.g
で、おまえらが真に純正な歴史学だと思い込んで止まない、
史実の確認までに研究を完全限定する洋学流の歴史学が、
今までに何百年の無戦争状態をこの世にもたらしたことがある?

たらればも主観的な論考も凝らしてなんぼな儒学流の歴史学と共に、
日本や中国で何百年もの無戦争状態が幾度となく実現されて来たのも、史実だが。

史実に対してああだこうだの論考を試みる以前に、史実を直視すら
しようともしない連中などに見下される筋合いなども微塵もないのでな。

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188 2024/08/04(日) 13:18:34 ID:OCstO8ub.g
「史記」も主観的なたられば論考の記述などが多いことから、
近代以降に過去の遺物扱いで歴史学者などから軽視され始めたらしいが、
いざ発掘調査を始めてみれば、記述通りの遺跡が出るわ出るわ。

正しく史実を把握しておくなんて当たり前の大前提でしかなく、
そこから仁政の実現材料となるような論考を重ねて行くのが本番。

その論考が正しければ、今のここでの俺の考えのように、
自分がまだ知らないでいたような資料まで突き付けられようとも、
何一つとして論駁材料とならず、逆に論敵の自滅ばかりが進んで行くことともなる。

「武将たちもみな奴隷的使役の廃絶こそを本願としていた」
という考えもまた事実だからこそ、その証拠になるような資料ばかり出て来て、
致命的な反論材料までは一つも出て来ない。史跡級の証拠でなくとも、
それもまた一つの有意義な証拠となるわけである。

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190 2024/08/04(日) 14:56:59 ID:OCstO8ub.g
発掘調査なんかに及んだ時代の中国のほうが戦乱や苛政まみれ。
司馬遷のたらればに深く思いを致していた時代のほうが、世界最大の繁栄や無戦争状態に。

結局、おまえらみたいな懐疑主義者の望み通りにした所で、
何も良いことなんかないってことだな。

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