
画像の作品で、表紙のプロレスラーが、相手の攻撃をすべて受け止めてかかることを
ポリシーとする強キャラとして描かれていて、その描写も迫真であるものだから、
読んでるうちは本当にそんなこともあるのかも知れないなどと思わされるものだが。
少なくとも武器戦闘ではそんなことも決してなく、
格闘技の中でも特に有効な打撃や関節技を禁止している相撲やレスリングなどで
辛うじて通用することがあるだけな上に、結局、所謂「横綱相撲」などに徹するよりも、
姑息扱いされるような技巧なども駆使したほうが優勝記録などを伸ばせるのを、
現役後期の白鵬などが総スカンを受けながらでも示してくれたものである。
ただ、そういう横綱相撲的な振る舞いにある種のヒロイックさを見出して、
白鵬的なやり方よりも羨望を抱きやすいというのも事実であり、
プロレスだけでなく日本古来の相撲などもまた、真剣勝負ではない
興行であることを念頭に置いたうえで、それを持て囃していた。
本物の戦いはそれとは別物であるからして、古来の剣術などは基本、一般公開を控え、
特に奥義の部類などは門外不出とするのが常であった。明治初期に今の剣道の源流に
あたるような撃剣の興行が開かれた時にも「目垢で汚ケガれる」のが大変な批判を
浴びていたというし、真剣勝負と横綱相撲はまさに、仏教でいうところの
密教と顕教のような相違性を根本から帯びているものなのである。
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