
今の日本語の言葉遣いに基づくなら、
もはや「愛国」なんてものを持て囃すのは、避けたほうがよい。
この言葉にはもう残念ながら、敵国と見なした連中への虐殺級の憎悪や
虫けら並みの蔑みと表裏一体な自国への溺愛といった意味合いが
少なからず込められてしまっているために、国家というものを
順当に尊ぼうとする人間もまた避けたほうがいい言葉遣いとなっている。
江戸時代にも、薩摩や長州のような全国規模で孤立状態に置かれていた反幕の外様国が、
そういった意味合いとしての忠君愛国を自国内で鼓舞していたし、倒幕以降はそれを
全国へと広めた挙句の、近代戦争への日本国民の没頭をけしかける筆頭格となったのだった。
どこの国がどう以前に、まず国という社会的単位の普遍的な重要さを尊び、
天下全土にさような国家が多く存在することをよくわきまえた上で、
自分自身は所属する自国やその主君を尊んで行くといった心がけは、
朱子学などを重んじていた佐幕派には存在していたし、なればこそ、
そこに敵対した反幕勢力は、不仁を帯びた愛国におぼれて行ったのでもある。
ヒステリーを開き直るような部類の武芸流派などと同様、
不仁の愛国もまた、江戸期のような十分に軍縮の行き届いた時代には、
まだ許容の余地があったが、今みたいな時代における近代戦争の抑止のためには、
より率先的な廃絶の対象として行かねばならない。そもそもそんなものが
ろくでもないのも普遍的なことなのだから、普遍的に避けるべきなのでもある。
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