
ニーチェがその遍在を指摘していた、愚民が抱きがちなルサンチマンなども、
別にそれだけで必ずしも害悪さを帯びるわけではなく、さような濁念に苛まれやすい凡夫
としての身の程をわきまえさせる念仏信仰などによっては救い取ることも可能なものである。
度し難いのは、ルサンチマンを好き放題に増長させてやった挙句に、無根拠なマウント意識までをも
確固ならしめて、仮に自分が女とあらば、男は全員下に見るのが当然みたいな固定観念にまで
囚われ始めた時である。そういったフェミ女がに白い目で見られたりする風潮も未だにあるが、
「自分が民間人とあらば、公務員を下に見るのは当然」とかいったぐらいの固定観念であれば、
多くの民主主義国で当たり前の常識のように一般化しているもので、そのせいで余計に
無能や悪党ばかりを公職者、特に政治家に抜擢しては失政を招くような過ちをも犯し続けている。
女のマウント意識が容易に、旭川や江別の事件の加害者なみの残虐さへと結実しやすいのと同じように、
民間人が公職者に対して抱くマウント意識もまた、所詮は公儀に多くの生命線を握られている身の程の下では
どこまででも激化して行きやすいもので、それ故に吐きかけられる民主主義国の政治家への悪口雑言なども、
金儲けさえできればなんでもやる外道ぐらいしか、もはや政治家なんかになろうともしなくなる域たる。
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