
三島由紀夫が「豊饒の海・春の雪」で、
警視総監が高名な僧正に口論を挑んで撃退されるという、
何かの元ネタがあるのかもしれない話を書き留めているのだが。
昔からそれなりに禅門などにかけて、似たような伝説が多くある。
そこで説き伏せる仏僧の側が提示していたような論説もまた、
今ここで提示しているような意味での、雄大な知恵であったのに違いない。
東大法卒級のエリートが歴任する警視総監すら敵わなかったというのも、
ただの知識の多さの披歴などではない、茫漠たる叡智の大海を井中の蛙に
見せつけるが如き威容であったがために、どんなに知識だけはあるような
相手が立ち向かおうとも、茫然自失となって打ちひしがれ、屈するか逃げ出すか、
あるいは冤病のような言葉での暴行を含む暴力での反撃を試みるか、
ぐらいしか選択肢がなくなってしまうのである。
米山隆一みたいな学力エリートが、ひろゆきをどんなに論破したところで、
それとは裏腹な、知識量でのマウント止まりでしかなかったものだから、
ひろゆきあたりだと「でもネットの知識はおいらのほうが豊富なんですけどね^^(オメメパチパチ)」
みたいな屁理屈で返されて終わり。決して大いなる知恵の持ち主のようにはいかなかったのである。
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