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>>412の続き)
それこそ、不仁なるものはどこまで行っても不仁を極め続けるしか能がないという、
仁と不仁の二律背反性を致命的に体現した法則ともなっているもの。
古代の中国で徐々にその国力を増し、ついには全国を制覇した秦帝国が、
敵対国のいるうちはまだ大量虐殺や奴隷使役を必要とする面があったにしても、
統一後にまでその悪癖を引き伸ばしにし続けた結果、自滅に陥ったが如く、強大化の
手法が不仁であるような国が、たとえ全世界の覇者として君臨しようとも、その性向を
改めること能わず、「いないほうがマシ」な癌細胞格としての性分を露わにするのみとなる。
だからアメリカも、全世界を完全な征服下に置くような真似は憚り、
それなりに競争相手もいる中でのナンバーワンを気取っていたいようだが、
そこでもやはり、際限なき奪い合いを土台とした上での勝ち誇りという不義が、全世界の
隅々に至るまで悪果をまき散らし続け、名目上はナンバーワンであるのと引き換えに、
全世界の大多数の国や人々は自分たちの敵対者側に回るという痴態が避けられないでいる。
それでも、単体の国としてのおごり高ぶりに陶酔していられるのは、
一定以上の人としての心の狭さや見識の低さの持ち主であるが故になのだし、
聖賢とまで行かずとも、人としてまともと言える域の正常さがあれば、
そんなものを好むことはない。そんなものに憧れさせられている今の日本人の多くが、
極端な蒙昧に駆られているのを見ても、それは察することができる所であろう。
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