「そうだ、ア弾だ………。」


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001 2025/01/03(金) 12:09:41 ID:lEy.OHSEII
「オーイ、残弾を知らせろー」 と段裂のほうをふりかえったときだった。先ほど通ってきたばかりの部落が、もうもうと白煙をあげて燃えあがり、赤い炎が渦をまいて部落の上をはい回っているのが目にうつってきた。………

「そうだ、ア弾だ………。」 その瞬間、私の脳裡に、毒ガスにのたうちまわって苦しむ議士、まったく抵抗力を失った八路軍戦士を、芋刺しにして殺す歩兵の姿が浮かんで、もうなんの躊躇もなかった。 「大隊長殿!ア弾を撃ちましょう!。」

側方の大隊本部に向かってどなった私は、その返事も待たず、

「オーイ、ア弾を持ってこーい。」

と、後方の部落のかげにいる段列に向かって叫んでいた。

「ア弾の発射!五0増せー」と、準備ももどかしそうに、諸元の修正を命じた。空色の弾体に、太く赤線のはいったア弾。それは、特殊弾と呼ばれた毒ガス弾の秘匿名である。窒息性とクシャミ性の混合ガスの放射と同時に、弾体炸裂時、榴弾同様の殺傷力を持つという凶悪なガス弾であった。

私は、そのときこのガス弾が、人道主義を蹂躪し、国際法に規定された最小限の戦争道徳さえ破壊した残忍非道なものとして、世界の人びとから呪われた殺人兵器であることを知っていた。だが、日本軍国主義にすべての良心を失っていた私には、そのようなものは、まったく眼中になければ、殺戮のためには、いかなる手段も選ばなかったのである。
 

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