「戦争」というのは、広義には国同士の大規模戦闘全般を指す言葉であり、
そういった争いは太古の昔から幾度となく繰り広げられて来たとも言えるわけだが。
戦後の日本などで、一部の左翼等に限らず、多くの日本人が「戦争だけはダメ、絶対!」
などと主張して来た部類の「戦争」は、それとまた違った狭義の意味合いを帯びている。
国同士の全面戦争のために、徴兵制で国中の男たちが有無を言わさず根こそぎ戦場に
連れて行かれて、機関銃砲や爆弾の雨あられな攻撃に晒されて、なす術もなく死んで行く
なんてことが常態化してしまった、近代以降にこの世に出現した部類の「戦争」。
まさにそういった戦争を、この世にもたらした主要国であるイギリスの
首相だったチャーチルですら、もはや騎士道精神などがどこにも通用しなくなった
ことを嘆くような文書を遺しているぐらいには、大昔から世界一の戦乱続きで来た
西洋においても、戦争がそこまでもの惨状を極めるのは未曾有の事態だったのである。
近世までは、ただ武器や兵器が貧弱だっただけでなく、民間人まで強制徴発
しての争いが国全体の疲弊を招き、その勝敗に関わらず両者共倒れの敗亡状態に
陥ってしまうことを忌み避け、プロの武人同士限定の戦いに専念するのが
常識的であった。そのタガが外れて、国家総動員での全面戦争にまで平気で手を出す
ようになった近代以降の風潮は確かに、明らかな狂乱状態なのであり、そこは核攻撃
などと同じように、全世界共通の禁忌の選択肢に据え直して然るべきものだといえる。
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