褒賞もできない奴らの批判なんかを


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001 2026/03/31(火) 19:34:38 ID:aCPOX1MhY.
今や世間は、そのすべてを聞き入れていれば
身動きも取れなくなるほどの、他者への批判で溢れ返っている。
その中には社会的な道義性を帯びたものから、
名誉棄損罪や侮辱罪にまで該当するような誹謗中傷に至るまで様々あるわけだが。

間違いないのは、ただただ他者を批判するだけで何らの生産性もなく、
それ故に、その相手に認められて褒められたからといって、
何らかの利益が自分にあることなども皆無であるような連中からの
批判までをも真に受けたりするのは、全く価値がないということ。

「飴と鞭」といえば、人への厳しめの対応姿勢として捉えられることが多いけれども、
それは、批判以上に褒賞を重んじるのを常識とした場合の話であって、それとは裏腹に、
今や人に対して「鞭と鞭」、「鞭と無知と鞭と無知」で臨むのが当たり前と化してしまっている。

そんな真似には全く価値がないのみならず、世の中の公序良俗を損ねて
荒廃を招く元凶とまでなり得るが故に、道義として無視しなければならないもの。
人様への批評姿勢が、最低限「飴と鞭」以上である場合にのみ、耳を傾けるべきなのである。😤

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002 2026/03/31(火) 20:16:42 ID:aCPOX1MhY.
統一教会やその調教を受けた自民党議員などが、
「日本人はとりあえず謝っておけば許したい気持ちになる」
という性分を逆手に取って、何があってもとりあえず謝っておく代わりに、
絶対に何も改めずに同じ過ちを何度でも繰り返す、
といった真似を延々と続けて来たのと同じように。

「安易な褒賞ばかりを求めずに努力に励む」
という、これまた昔ながらの日本人にはありがちな性分を悪用して、
努力に相応の褒賞も怠ったまま、批判批判で給料を削り労働時間を増やし、
気に入らない奴はクビにするといった真似ばかりが横行して来たここ30年。

日本人が安易な褒賞を求めたがらないで来たのは、
目先の利益に目をくらまさずに、より大きな成果を挙げることを
目的として来たからであって、決して見返りを求めないからではない。

そういう姿勢に対して、本来あるべきだった報いもまた、
鞭以上に多大なる飴としての褒賞だったのであり、
それとは逆に、飴以上の鞭ばかりを見舞わせて来たのでは、
もはや誰も努力なんかしたがらなくなったのも必然でしかないのだ。

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003 2026/03/31(火) 21:20:15 ID:lLjqSoXMLo
批判と誹謗中傷の違いも分からんか
頭悪過ぎなオマエ

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004 2026/03/31(火) 21:30:25 ID:aCPOX1MhY.
「批判」っていうのがただの悪口に留まらない、
何らかの真理性を帯びようとしている嫌口であることについては、
カントの批判哲学などでそれなりに聞き知っては来たものだが。

今の世間には、道義性を帯びた利益目的の批判であるように
見せかけながら、その実ほぼただの誹謗中傷であるような嫌口を叩く
「正義マン」ってのも多いので、所謂批判めいた発言だからといって、
その総てを聞き入れてたら、やっぱり実害ばかりが多かったりするんだ。😅

それで思うのは、哲学的な批判性を帯びていようが、
そんなもの見るからになさそうな悪口雑言であろうが、
現実的な褒賞を見込めるようなら聞き入れて、そんなものなさそうなら
義務感からの無視によって、後ろめたさごと退けるべきだってことだよ。

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005 2026/03/31(火) 22:11:19 ID:aCPOX1MhY.
「褒賞もできない奴らの誹謗中傷なんかを」
「褒賞もできない奴らの罵詈雑言なんかを」

これじゃ意義ある主題のスレとして成り立たないだろ?
そんなものは無視しとけばいいって、今でも周知されてんだから。

いかにも哲学的、道徳倫理的に優れていそうな語り口の批判であろうとも、
実態が「飴<鞭」である以上は無視しとけってことだよ。

「始め吾れ人に於けるや、其の言を聴きて其の行を信ず。
今吾れの人に於けるや、其の言を聴きて其の行いを観る」(公冶長第五・一〇)

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