コーラス部分の「ラメチャンタラ ギッチョンチョンで パイノパイノパイ」は、
日本の民謡の囃子言葉(はやしことば)のように、歌の調子を整える意味のない言葉。
「ラメチャン」の「ラメ」は、「デタラメ」の「ラメ」に由来している。
「ギッチョンチョン」は、お座敷歌『ぎっちょんちょん』から転用されたものか。
「パイ」は、大正時代の日本で当時新しかった洋食の一つ。後述の「フライ」も同様。
「パリコト」の「パリコ」とは、1918年に終結した第一次世界大戦の戦後処理として、1919年に締結
されたパリ講和会議を意味している。日本からは元老・西園寺公望が全権大使としてパリに派遣された。
「パナナ」とは、果物の「バナナ」をもじったものだろうか。当時はまだバナナは貴重品で、一般庶民には高嶺の花だった。
「フライ フライ フライ」は、大正時代の日本で流行した洋食の一例を取り上げたものと思われる。
当時は、ポークカツレツ(とんかつ)、コロッケ、カキフライ、エビフライなどのフライ物が流行っていた。
『東京節(パイノパイノパイ)』が発表される前年の1917年(大正6年)には、コロッケを題材にしたコミックソング『コロッケの唄』が流行している。
https://www.worldfolksong.com/songbook/japan/tokyo-bushi.ht...
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