
今の日本などでは、個人としての才覚に秀でるような人間はむしろ権力から遠ざけられて、
集団としての威力の誇示にこそ最大級の愉しみを感じるような匹夫小人の類いこそが、
政官財の上層部を占めるにも値するような人材として重用されるようなことにもなっている。
なればこそ、日本という国が独立自尊を果たすことなども始めから志しもせず、
アメリカの犬か中国の犬かなどという、卑屈止まりな外交姿勢などにも終始しようとする。
仮に日本という国が完全な独立を果たせたところで、自分たちの全体主義的な精神性の卑しさが
仇となって、すべてを天皇陛下万歳に帰して暴走を開き直る戦前のような狂態にも陥りかねない。
元より、個人としても自ずからの満足を得られるほどの才覚の持ち主と、
虚無や劣等感や団結への渇望しかわかないような人間というのは、思考や言動の波長が
何もかも合わないのが茶飯事であるからして、どちらか一方が組織派閥の大多数を占めている以上は、
もう一方が嫌悪によって疎外され、はじき出されて行く傾向を帯びがちなものである。
組織集団で群れたがる意欲は概ね匹夫小人のほうが高いために、世の中が好き勝手な組織化を
際限なく許容しているようなら、小人たちの迷惑集団が幅を利かせて行くのが自然な流れともなる。
ゆえに基本的に人間社会における組織集団の跋扈といった真似全般を最小限に食い止めて行くのが、
まず何より第一の取り組みとされて行かねばならない、ということも言えるのである。
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