「為さざるあり」の部分がどうあっても理解できず、
基本的に人の仕事の結果しか見ないのはもちろんのこと、
そこまでの過程においても「何をやったか」「そこでどれぐらい努力したか」
のような作為の部分しか眼中になく、「何をしないでおいたか」
「それをしないことにかけてどれほどの努力を費やしたか」
なんてことは評価しないか、挙句には非難の対象にまでする。
「為さざるあり」なくして「為すこと有るべし」となれば、
そうやって真逆の方向へと人様への評価が振り切れて、
上の者として下に寄り添おうとすることまでもがかえって、
有能を遠ざけて無能を近づけ、大事を退けて小事に終始する悪循環に陥る。
ゆえに人の上に立って全体を取り仕切ろうとする者が、
そんな連中で占められるのはもちろんのこと、「為さざるあり」を
尊べる賢者と上位で共存することすら奨められたものではない。
必ずやそういった連中が多少足を引っ張る程度のことですら済まず、
「為さざるあり」と共になし得た偉業のすべてを帳消しにするほどもの
害悪を以て、組織全体を自滅の事態に陥れるのに違いないから。
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