
痴呆でも耄碌でもヒスでも統失でも幼児でも、
何らかの理由で大きく分別を損ねてしまっている人間というのは、
明確に否定的な言葉だけでなく、「明確に肯定的でない言葉」もまた
勝手に否定的に受け止めて不快感を抱くことがよくある、といった法則もある。
肯定的に受け止めるべきことも、否定的に受け止めるべきことも
両方あるのが世の常であるからして、物事の本質を正しく把握するためには、
肯定否定を織り交ぜた中正な考察からの言及などに勤めなければならぬ。
然るに、分別を欠いた人間はそういった、肯定的でない部分が少しでも
混在しているような発言がただそれだけでもはや受け付けられなくなり、
たとえその言及の総論、結論が肯定的なのであろうとも許せない、となる。
だから、そういう人間には決して真実そのものを見定めることができないし、
機嫌を損ねずに付き合ってやろうとする側もまた、事実誤認まみれとなることも
辞さない勢いで、明らかに肯定的な言葉だけを発するようにしなければならない。
いまトランプの周囲などで起きているのもそういう事態であろうし、
ヒス嫁の尻に敷かれている旦那あたりなら、身に覚えのあり過ぎる話でもあろう。
自らが分別を欠くだけでなく、周囲にまでそれを伝播させて行く狂乱。
まさに火が燃え移りやすいのと同じ姿で、用心もまた火に対するが如くでなくばならぬ。
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