
よく、江戸期の目付身分の元祖(初代江戸大目付)である柳生宗矩やその一味が、
非道なスパイ活動で幕府に盾突く者を容赦なく屠ってかかる非道の集団のように
フィクション作品などで描かれて来たものだが、これは反幕勢力を源流とする現日本政府と、
スパイのほうを英雄的に描きたい戦後の外患勢力の思惑が一致した結果のキャンペーンであり、
その真相はといえば、幕府の安定のための防諜活動にかけて模範的だったというばかりのこと。
乱世の室町期には、伊賀者甲賀者その他の忍びによる隠密行動が多々跋扈していたのが、
治世の江戸期以降は正規の武家身分である御目付役の侍こそがスパイ活動全般を担うことが
多くなったのも、その活動内容が乱世の助長も厭わぬ諜報>防諜状態から、治世の堅持のための
防諜>諜報へと様変わりしたからであり、故に御目付の武士こそは、今の世の中でスパイを
請け負っているような連中のならず者加減とは裏腹な、謹厳さのエキスパートでもあった。
先祖に多くが目付や大目付を歴任して来た血筋の者としての、親族との経験からも知れるのが、
目付の素質っていうのは、今の世の中などでは浮き果てて取り付く島もないようなほどの
自他への厳しさにこそ集約されるものであり、またそれぐらいの厳しさとともに防諜>諜報
という格付けを守り通せるものだけが、悠久の世の平和や繁栄をも司れるということである。
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