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>>127の続き)
闇バイトに走る若者などに限らず、死にかけの60代であるひろしなどにもその片鱗が
容易に確認できるもので、あれもまた宗教全般を正統かカルトかを問わず否定したがるような
典型的現代人でいながら、何かにかけて独自の倫理観を振りかざして説教的であろうとする
という人種でもあった。ただその倫理観もまた快楽主義などに誑かされた杜撰さでいたから、
老病のせいでその快楽にも与れなくなった今では、大いなる苦悩に苛まれることともなっている。
非宗教的かつ道徳的であることが、それだけでは健全な存続もままならぬ典型例となっていたのであり、
最低でもお念仏で煩悩愚縛の凡夫としての身の程をわきまえた上で、誰に説教的なものを言うにしても、
共により上を目指して行くような恭しさを帯びているぐらいでなければ、その説教に耳を傾ける者も
いなくなるし、そもそもその説教内容自体が自他の不幸をより招くような世迷言としかならない。
ひろしに限らず、戦後旧世代の次世代への上から目線な応対の何もかもが、パワハラカスハラブラック
などと理由をつけてシャットアウトされるようになったのも、別に次世代が意気地なしだからではなく、
そうやって対処しておくことに利益はあっても何らの損害にもならないような域に、旧世代のあらゆる
振る舞いが終始してしまっているからなのであり、それもまた確かな原因があってのことなのである。
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