
この、お大師様が提示された十住心の階梯のうちで、
仏門が司っているのは唯蘊無我心以上である一方、
現代社会を支配下に置いているカルトや無宗教文化はほぼ全て異生羝羊心止まりであり、
両者の間には2住心もの隔たりがあるために、総員で異生羝羊心側に
陥れられている現代人が、仏道に触れて即座に要領を得られるようなことも、まずない。
日本の場合は、近代以降に儒学が正規教育から廃絶されて、
愚童持斎心を率先して養うことが排された上に、廃仏毀釈の代わりとて
振興された国家神道などもまた、無為自然を尊ぶ嬰童無畏心の境地からは遠くかけ離れた
まがい物のカルト神道であったために、嬰童無畏心の養いもまた共に損なわれることとなった。
形の上での仏門自体は残り、宗教法人法による税制優遇や葬式仏教としての稼ぎなどで
それなりに経済的にもやって行けてるとはいえ、全くといっていいほど世の中に
特別な利益をもたらしているわけでもないのに悠々自適でいるその姿が、屡々嫉妬からの
非難の的ともなっているものだが。そもそもがどんなに本格の修業を積んだりしたところで、
その成果を世の中に反映できない絶対的な結界が世の中側に張られている状態なのだし、
その最たる元凶が、下から二番目と三番目の、最低劣の俗人と仏門の橋渡し役となる、
非仏門の範囲の正学聖教の完全な廃絶、形骸化でこそあるのである。
返信する