
組織ぐるみでの老害化、過去の遺物化が著しい現代においても、
やはりオールドメディアこそが「人気:=有名(人気こそは有名そのものである」
ということにして、普遍的な偉大さなどによって有名たることをこの世から
亡き者にせんとする世の流れの、最大級の牙城のままであり続けている。
徳川幕府と比べれば、辺境の雑魚でしかなかった薩長を源流とする今の日本の
権力者にとっても、虚名こそが最大級の有名であることが、自分たちの政権掌握者
としての正統性のなさから衆目を逸らせる助けになって都合がいい。それ故に、
米韓の如き外敵のみならず、近代以降の日本の権力者たちもまた、電通のような
戦前生まれの組織を通じて、その流れに積極的に乗り続けて来たのだった。
水増しの人気による中身スカスカの有名、虚名こそが有名のすべてであるとする、
忌まわしき現代常識の暗雲が、上記のような内憂外患の横暴と共に晴らされたとき、
まだそういった常識の後遺症持ちのままでいる多くの人々が、この世から有名が
絶えたか、極端に矮小なところにまで削り落とされたような喪失感に苛まれるだろう。
ジャニタレが性加害問題のせいで大幅に活動の場を狭めただけでも、似たような
気分に陥っているおばさん等がかなりいるだろうが、虚名にかぶれてたならではの
熱狂からのクールダウンはそのままに、本当に偉大であるがゆえに有名たるような
人々の存在価値を、冷静な正気と共に見直していくのをそのリハビリとするのである。
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