
某おぢいちゃんも、俺の文章力の低さを事あるごとに非難するが、
別に巧言を頑張っているわけでもないし、低いなら低いで仕方がない。😅
ただ、「おまえの話はなんか重い」ともいうもんだから、
本当に不快に思ってるのは文章力の低さじゃない、
この世から不倶戴天級の対立を完全になくして行こうとする発言指針の生真面目さが、
そんなことはいくらでも野放しにしてて可ぐらいの不埒さでいる、
自分のほうからは受け入れ難いせいで、不快に感じてる可能性もあるのでな。
おぢいちゃもそうであるらしい琉球人は、空手のような喧嘩術を昔から好んでいる一方、
日本の本土人は、喧嘩は女子供や匹夫小人がやるものと見なし(武田信玄談)、
武芸も専ら武器術による確実な殺害を本位とし、徒手術も確実な殺害か護身を
目的とした柔術に限られた。それも結局、琉球人以上に残虐だったからじゃなくて、
緩慢とした対立がいつまでも持続してしまうのを許さなかったからなんだ。
それこそ、この世から不倶戴天級の対立をなくして行くことを、
夢物語の空想止まりにしないのであれば、喧嘩上等以上に厳しくて重苦しい
選択を強いられる証拠例ともなっているわけで、そこに任侠的な殺伐さばかりを
見出して、恐怖からの敬遠対象とするのも、不俱戴天級の対立を根絶して行く、
和の精神の実現のための過程であることを無視しようとする欺瞞に過ぎない。
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