
ロシアや北鮮みたいな見せかけだけではない、
十分な実効性を帯びた選挙を繰り返して来た民主国家が
自滅によって崩壊するという事態を、人類は未だかつて経験したことがないために、
その先にどういうことがあり得るのかがまだ想像も付いてないような人間が多い。
「どうせ政治責任なんて下民どもに丸投げなのだから、俺らは逃げるだけw」
などと思い込んでの暴政を繰り返して来たような権力者なども多かろうが、
実際問題、一番の失政の被害者でもある民衆たちがすべての責任を負うなんて
ことは不可能だから、そこでたとえば、民主制国家ならではの政治責任を、
「民責」と「公責」に分けて考えるような必要が否応なく出てくることになる。
選挙にも参加して来たような国民側としては、
その域にない不適格者ばかりを政治家などにして来た責任を取って、
それに該当する相手を全員、公職追放以上の厳重な処分下に置くことが民責、
さような処分を甘んじて受け入れることが、与党政治家などの側の公責となる。
酔狂であれ消去法であれ、こいつらこそを国家崩壊の道連れにしたいという
怒りによってであれ、体裁上は大多数からの支持によって就任した政治家などを
処分下に置いて行くことは、決して民意には沿わない一方で、民責の履行となる。
もうそこから後は、民主制を辞めてしまうという選択肢もまたあり得るが、たとえ
民主制を存続するとしても、そのような破産手続きに似た処分がなくては済まない。
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