
これら全て、放伐革命やクーデターやテロや、他国からの侵略のような、
外的な危害によって国が崩壊する場合ではなく、
致命的な失政による純然たる自壊の場合に限って妥当となる話である。
歴史上に成功して来たような革命というのは、同様な内情を帯びているような
ものがほとんどであるわけだが、それが民主制国家で起きる場合のシミュレーションを
試みれば、このようになるであろうという話。封建国家などでの革命と比べれば、
自業自得の自滅であることをより明白化する必要がある、といった差異がある。
なんならその分だけ、より破滅を極めた上での政変にすらなり得る。
殷に対する周のような、別個の勢力による淘汰を許すこともなく、
完全なる自滅を待つ必要があるぶんだけ、国力全体の疲弊もよりひどくなり、
政変の隙に他国に攻め入られる危険などもより高くなる。
だからこそ、「民主主義こそは実施国に最大級に致命的な崩壊をもたらすイデオロギー
だった」というような歴史的評価が定着することにもなりかねないし、もうこれ以上は
ダメだという、どこかの段階で早急に崩壊を宣言でもしたほうがまだマシともなろう。
それがまたちゃんと、情状酌量の材料ともなろうからな。
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