
牧野富太郎が和服から洋服に着替えて、日本中の草花を
片っ端から収集分類して独自の植物学体系を構築していたような頃には、
日本人たち自身が西洋文化文明の範疇でも欧米に負けないことで、
一方的な連中からの侵略支配を防ぎ止めるといった洋化の意義が確かにあった。
今はもうないから。
ほとんどあらゆる面で西洋に拮抗や凌駕しておいた上で、
慰み物としてまだ一応享受してはいるが、どうせ大金持ちでもなければつまらない、
それでコスパを江戸の黄表紙なみに高めてかかった漫画アニメなんかにこぞって駆け込んでる。
国を挙げて西洋かぶれなままでは、そんな元来子供向けのサブカルなんかでしか
実現できないようなことが、もっと広範にわたって実現して行けばいいわけだけれども、
そのためにはこの世から退場してもらわなければ済まない「洋化の利権」というものが多くある。
洋学の大学こそが、人々に西洋かぶれの重篤化での出世を強いながら、莫大な学費を生徒から
巻き上げているが如き利権の解体によってそれが可能となると共に、若者の奨学金名目な
借金での雁字搦めによる少子化などもまた解消される、一石二鳥三鳥ともなろう。
そもそも牧野富太郎もまた、小学校中退で大学なんか出ちゃいなかったがな。^^
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