
グロキモを以てグロキモを制す。
このほうがまだ人間的、文明的な嗜みかな。^^
(
>>152の続き)
よく「生理臭」なんて言葉で"それ"が暗示されていることもあるが、
漫画やアニメにだって、まだ生理そのものの描写が出て来ることはある。
昨今の作品で、"それ"そのものが主題に掲げられたのなんて、それこそ
みい山が初ぐらいのもので、その途端に蜂の巣を突いたような大騒動からの非難囂囂に。
宮崎駿以来のサブカルが徹底排除の対象としてきた一方、オールドメディア謹製の
実写作品や小説などもまた"それ"そのものをちゃんと実像に沿って描くことは避け、
何らかの無理やり込みな正当化なり美化なりと共に話に織り込んだりしながら、
どんどん人気を落として行ったというのが実情だった。
それで結局、"それ"そのものを包み隠すことなく赤裸々に描き立てることにも、
漫画のほうが一番乗りした上で、「もういいかな・・・」的な雰囲気が漂っている。
これからも"それ"系の作品が連発されまくったりする必要はないが、
かといってこのまま「なかったこと」扱いにされるのでもなく、
昔は男尊女卑のわきまえによって表社会から徹底排除されていた"それ"を、
これからの現実社会においてどうして行くべきなのかを考える一大材料とはすべきである。
返信する