
古代ギリシャのソフィストや、白馬非馬説の公孫竜の頃から、
詭弁さえ駆使すれば、あらゆる論争での勝利が可能になるというのは、
人類におおむね認知されて来たことであり、ただあまりにも不毛で、
論考の意義を見失わせる障害にしかならないがために、排除の対象とされて来た。
そうでなくたって、人間にはそれなりの人道的な意識があるから、
あまりにも不毛な詭弁を弄し続けたりするのは空しさを感じて控えようとする。
AIにはそれがないから、頼まれたとあらばどこまででもやり込めて行くという差があるのみ。
そこに人間的な情緒などは一貫してないわけだけれども、
今ここに上みたいなコピペを連投している人間自身が、真夏だったら
熱中症で倒れるほどの俺への憎悪に身も心も焼き焦がしているような激情の塊
だったりするのにも違いはないから、そこはまた別物として捉える必要がある。
自らはさほどの労力も割かないままに、俺と機械を論争で闘わせることでの
体力的な疲弊を強いることが出来るようなら、ただそれだけでも本望なんていう
怨念の塊だったりもしようから、その思いを挫くためにも義務的に無視せねばならない。
別に、自分が論理的思考力が高いわけでもなく、AI依存のせいで余計に低能化まで
進んでしてしまっているような分際でいながら、俺を含む他者への危害意欲だけは、
チンパンのほかはトクリュウのメンバーだとか、近ごろ多い寺社への放火犯とかなみの
増長を来たしていたりもする、そういった精神的不衛生にも加担すべきではないから。
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