
今の剣道や柔道などと違って、古来の武芸というのは「初見殺し」が基本で、
勝って相手を死なせれば漏れることも決してないからとて、
とにかく何の対策も打たれていなければ確実に相手を仕留められる、
普通に運動してるだけなら絶対に思いつかなくて対策も打てないような、
特別な運動技法で相手の裏をかくことばかりに特化していた。
(そのため門外不出でもあるのが常だった)
そういった技法の修練に取り組んでいれば、究極的には、
特定の形カタなどに則らずとも、敵に相対する時のすべての動きが、
初見での対策が不能な逸脱さを帯びたものばかりとなって勝率を高めるようになる。
その時に、人はもはやいちいち「ここではこうする」なんていう考えを働かせることもなく、
ほぼ全くの無念無想なままでの、神経系の自ずからの走行によってのみ動く。
植物に擬態する虫や、虫に擬態する植物もまた、
知能らしきものは専ら見受けられないながらに、捕食や防衛や生殖目的で、
他の生物の裏をかいて目的を達するような進化をして来ている。
これこそ、阿頼耶識のような無意識との統合が果たされた意識の姿。
昨日の俺のGeminiへの質問なども、対策されたら簡単に解かれる程度の難易度でいながら、
ネット上にない全く新規の発想だったことで、瞬間的にはAIの裏をかいた。
そういった能力が人間には意識の持ち主であるが故に存在するが、AIにはないからこそ、
その悪用などにかけての対策を、まだ人間の側が凝らしていける余地もあるといえる。
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