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東アジアの大陸民が、鹿を馬とすら言わせようとする度し難さを帯びた
強権支配に長年入れ込んで来たのにも、それなりの切実な事情がある。
古来、地政学的にも軍事面で劣勢な立地に暮らしている上に、
「軍旅の事は未だこれを学ばざるなり」(衛霊公第十五・一)のような、
孔子の個人的な自己紹介を盲目に偏重する儒教信仰による総員での文弱化によって、
モンゴル帝国のような暴力支配を好む異民族からの侵略征服に苦しめられ続け、
秦檜による軍神岳飛の謀殺以降は、特にそのような傾向が決定的となった。
どうせ武力では敵わない、金や元や清のような異民族からの征服下でも、
どうにか自分たち漢民族の主権を保ちたいがあまりに、文弱ならではの
強権行使の手段としての法家支配をどこまでも頑迷化させて行った結果、
鹿を馬とすら言わせる理不尽の押し付けこそが、伝家の宝刀扱いにまで成り上がった。
武力も仁義道徳もどちらも貧弱な、惨めな小人の集まりと化してしまった
東アジアの大陸民にとっての、自己防衛のための最後の手段としては、
まだ同情の余地があるとはいえ、外界を征服支配して行くための手段などにまで
するようなら、もはや許容の余地はなく、こんな奴らが決して今以上に
テリトリーを広げてはならない最たる証拠としての糾弾対象とすべきのみである。
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