(
>>75の続き)
しかしそれは、キリスト教のようなカルト信仰はおろか、
民主主義のような、今の世で最善扱いをされているイデオロギーに
よっても十分に実現されることはなく、殊更に悪念をため込んでいる
ような連中を悪党扱いに処して済ませるような怠慢が横行してやまない。
民主主義というイデオロギー自体が、キリスト信仰などと同じように、
実態以上に物事を肯定してかかることを強いる志向性を帯びているために、
その無理が塵も積もれば山となっての破綻を招くことが免れ得ない。
まず以て、今自分が暮らしている国が民主制だったりする時点で、
封建性や共産制よりは完全によりマシ以上な人生が送れているという
妄信に駆られている人間が多くに上り、その浮ついた感情があらゆる
言動を過度に肯定的ならしめることが避けられないようにもなっている。
(これはソ連崩壊以前の共産主義国などにも見られた傾向だけれども)
「イデオロギー」というもの自体が、世の中をより良くしていく
紋切型の手形であるために、それが国是などに据えられているだけで、
人々が無闇やたらと肯定的な社会人であることを強いられるようになる。
ゆえに人々が冷静な是非の分別を持ち合わせるためには、イデオロギー
なんかを世の中の支配原理なんかにしないことが一番なのである。
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