レス数が 200 を超えています。残念ながら全部は表示しません。

権力犯罪の多くは「合法」である 偉大なる生存の報告 Part325


▼ページ最下部
001 2025/01/26(日) 12:52:56 ID:AFVip/HP7Q
裏金だ背任だ公選法違反だと、違法行為として摘発される権力犯罪もまた相当数あれど、
それらは権力犯罪のうちでは「しくじった部類」に入るものでしかなく、より重大な
権力犯罪のほうが、違法でもないままに野放し状態、ということがよくある。

たとえば、派遣法改悪以降に日本社会で横行し始めた奴隷使役などは、それ以前の終身雇用制
時代はおろか、はるか昔の江戸時代にも、お代官様と越後屋の口利き黙認賄賂譚のように
違法扱いされていた権力犯罪なのだけれども、今の日本ではあくまで合法なものである。

合法でいながら、この日本という国の屋台骨を根底から破壊し、亡国の危機をも招いている。
人間社会にはそういった、合法な権力犯罪というものが付き物なのである。

それは、法律上は問題なしとされる行為だから、法治主義者には十分な糾弾などできない。
「とにかく法律さえ守っとけばそれでよし」という怠慢は、法支配される側である庶民などに
とってはそれなりに良識的たり得るものなれど、自分たちで法律を変えられる権限をも
持ち合わせているような大権力者にとっては即、権力犯罪を黙認、推進する元凶となってしまう。

古来、儒家と法家の両輪統治できた中朝が、権力腐敗からの国家崩壊を繰り返して
来たのもそのためで、権力者たるや、誰一人として法治主義止まりなどではいけない。
些末な実定法よりも普遍的なものとしての、権力道徳をも守って行こうとする気風を
持ち合わせているぐらいで初めて、致命的な権力犯罪の廃絶も達せられるのである。

返信する

※省略されてます すべて表示...
093 2025/01/28(火) 10:30:06 ID:kDCm58AQTE
>>66
笠さんが認めない限り、その人は人間否定派ではありません。

返信する

094 2025/01/28(火) 11:43:54 ID:piCo2K1YsE
世の中における、最も「お堅い部署」が法曹止まりであるような世の中は、
その志しの低さによる必然として、不可避に権力犯罪の横行を招き入れる。

いつの時代も庶民からすれば、死刑すら時に執り行われることのある法治こそが、
この世における最も厳格で恐ろしい社会的取り組みであるように思われるものだけれども、
それは、自分たちでは法を改変する権限もないような立場の矮小さのせいでそのように思われるだけで、
その権限を持ち合わせているような権力者たちからすれば、法治主義こそを国家権力に至るまでの
統治原理に据えることが、より堅苦しい権力道徳や、仏道が提示する法律以上に厳粛な戒律なぞを、
一切合切無視して好き勝手できるようになる、甘くて美味しい利点ばかりにしかならないのである。

返信する

096 2025/01/28(火) 11:51:43 ID:piCo2K1YsE
財務官僚も財界のトップもみな、今の政治家以上に高確率での
東大法学部卒で、学歴面からも下に見やすい自民政治家なぞをこき使っての、
民草の声もろくに聞かぬ、実質的な独裁支配を世に敷いて来た。そこで、法学の
最高学府の卒業者であることなどが少しも仁政の助けにはならず、むしろより一層の傾国、
亡国級の苛政を助長する要因にしかなって来なかったのも、極めて必然的なことなのである。

それは、ただ偏に「日本人としてこの国を最大限好き勝手に引っ掻き回せる免罪符」でのみあり続けて来た。
三島由紀夫などもさような戦後日本の、学閥こそが招く地獄模様に失望して、暴挙の末に自死したのだけれども、
すでに儒仏玄その他の権力道徳に資する東洋の教学が正規教育から排されていた戦前にもすでに始まっていた
傾向ではあるのであり、それが敗戦や徳治時代の生き残りの絶滅と共に十成しただけなのである。

返信する

125 2025/01/29(水) 13:17:56 ID:q6PG98TlxQ
俺はよく、>>1画の図示などと共に、
「今は民主制という以上に、民間封建制の時代である」
という主張をして来たものだけれども。

所謂封建時代に敷かれていたような、官民上下の身分差別がなくなった代わりに、
民間での有力者と無力者の差別のほうが法外な域にまで極大化し、封建時代以上に
実質面からの圧倒的な差別構造が固定化してしまっているのが今という時代である。

国が儒説や仏法に基づくような権力道徳による統治を排し、
立憲制などの名目で官民を問わぬ法治主義支配を一律化したことが、これまた
官民を問わぬ支配層の放辟邪侈をより助長し、そんな事態を招くことともなった。

国が特定の主君などではなく、憲法のような法文によって頂点からの支配下に
置かれているのが、始めはより清廉なことのようにも思われていたが、現実には、
昔なかったような酷さの権力犯罪の繰り返しによる壊乱を招くばかりとなった。

そうなってしまったのも、昔の日本の支配層が、法治主義以上に厳格な徳治主義の
実践者でこそあったからで、さような人々の心がけがただの法文に取って代わられたのが、
より一層の社会的差別を増悪させることになったのも、必然でしかないのである。

返信する

153 2025/01/30(木) 12:41:11 ID:YbrP0qnhdY
「絶対的権力は絶対に腐敗する」
「有能な独裁者もいるとした所で、必ずしもそんなばかりではないぶん民主政のほうがマシ」
洋学ドップリの識者気取りが、政治体制の在り方についてよくこんな意見を言い張るものだが、
それは体系的な権力道徳学が存在しない洋学の知見だけでものを見ているからである。

封建時代だった頃の日本などにも、強権的で独裁的な支配者が一定数いたとて、
決してそんな連中が主流だったわけでもなく、むしろ、ただ儒説や仏法に基づく型にはまった
統治支配をつつがなく執り行うことだけに専念していたような人々のほうが大多数であった。

法律は善法か悪法かで、いくらでも権力道徳寄りや権力犯罪寄りかに振り切れるものだが、
権力道徳自体はそれなりに決まった型というものがあり、そこになるべく準拠すればするほど
人と世の平和や繁栄が実現されて行く一方、かけ離れればかけ離れるほどそこから遠ざかっていく。

四書五経あたりに代表されるような儒説こそが、そのひな形というべき内容になっているし、
仏法や老荘の教えなどが、よりその実現を促進して行くための有用なひな形ともなっている。

だから、そんなに我流の独裁支配などを凝らしたりする必要もなく、
「述べて作らず、信じて古えを好む」のほうが徳治の主流ともなっていた。
故に上記のような識者気取りの意見などに誑かされて、その選択肢を排する必要も全くないのである

返信する


▲ページ最上部

ログサイズ:215 KB 有効レス数:165 削除レス数:361





とりあえず掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

スレッドタイトル:権力犯罪の多くは「合法」である

レス投稿

未ログイン (ログイン

↑画像ファイル(jpg,gif,png)