あくまで過去形であって、現在進行形とはできない話ではあるが、
それはそれで史実としてわきまえておくべき事柄。
「日本人はみんな宗教心が薄い」という外国人からの指摘に、
「一神教的ではない独自の宗教心がある」などと反論されることが多いが、
実際問題、現代日本人の宗教心が軒並み薄いのにも違いはない。
そんな状態でも、下手に信教に敬虔な外国人などよりも、総員で
はるかに善良な人間でいられているのが、外国人からは不思議に思われる。
それは、明治期以降に徹底弾圧された古来の仏神信仰が、
人々に善徳を具わらせることにかけて超特級の効能を持ち合わせる最上級品
であったために、その威徳が未だに人々を律し続けられているからである。
善徳修養のための信教として世界最高峰だったから、廃仏毀釈やアメリカナイズ
などを通じて、その威徳が薄まりに薄まり抜いた昨今においても、日本人の徳性は
世界最上級でいるし、それゆえ当の日本人たち自身も、改めて宗教なぞに帰依して行く
必要性をほとんど感じず、新興宗教なども軒並みカルト止まりとしか思わない。
故に、日本人が宗教信仰を見直していくとしても、そこには古来への回帰ぐらいしか
選択肢がない。今や浄土門以外でも当たり前と化している生臭坊主が嫌だというのなら、
本格出家の寺門を復興して行くべきのみであり、別の信教なぞを望むべくもないのである。
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