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>>44の続き)
キリスト教は、発祥直後はイエスを真似ての信者の集団自殺が相次いだために、
信者の減少を憂えたカトリック司教のアウグスティヌスが、
マニ教を通じて上座部仏教から自害禁止の戒律をパクってキリスト教の
根本教義に据えたために、今では反カトリックのプロテスタントに至るまで、
「自分たちには優しく他者、特に異教徒には厳しい」
というのがそれ以降の基本的な信仰姿勢でもあり続けて来た。
どんなに残虐であっても、その銃口を自分自身に向けるのを避けて、
他人にだけ向けるように心がけていれば自滅系の脆弱さは避けられる、
などという思い込みが現代の日本人にもあって、それこそはキリスト教国としての
アメリカや韓国からの洗脳支配によって植え付けられてしまった悪癖でもある。
そうでさえあれば残虐さが弱さと別物であり続けるなんてのも、全くの虚偽であり、
たとえばここにいる旧世代の年寄りなども、明和の管理人さんが年下の次世代とみれば、
もはや敵とみなして攻撃対象にしようとする。それでアク禁などの損をするのは
自分たち自身なのに、他人への攻撃だからといってまったく躊躇を抱かない。
旧世代の日本人全体が、そういった次世代全体を赤の他人の如く見なしての執拗な
迫害を繰り返してきたればこそ、日本社会全体が少子高齢化による凋落を来たし、
今では旧世代ごと破滅に陥れるような亡国の危機にも陥ってしまっている。
残虐さが他者に向いていようとも、自滅を招く弱さとなった典型となっているのである。
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