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>>60の続き)
他者への過度な残虐さを、自国の他人へと振り向けた結果、国を挙げての衰亡によって
自らを窮地へと陥れるというのは、日本に限らず欧米キリスト教圏全体にとっての
茶飯事でもあり続けて来たために、欧米こそはひっきりなしの戦乱や困窮に見舞われ続け、
以て旧仏教圏やイスラム圏などと比べても人口力から矮小とならざるを得なかった。
自由主義や民主主義のような聞こえのいいイデオロギーを掲げようとも、
それらの実現のためには莫大なコストがかかるからといって、
ユダ金頼みの資本主義にまで依存し、植民地支配や経済戦争で世界中から莫大な富を巻き上げて、
特にブラックアフリカなどを飢饉や戦乱の蔓延する荒廃地帯に追い込むのみならず、
自国内でも極度の格差拡大を招き、特にリーマンショック以降に苦肉の策として
講じられた大規模金融緩和以降は、億り人か高学歴でもなければまともな人生も送れず、
子供を産み育てるなんてもはや茨の道というほどの惨状を招いて今に至る。
他者への過度な攻撃性自体を控えることなく、ただそのやり場をどこに持って行くかだけを
執拗にこねくり回した挙句に、大雨で増水した河川の足場の如く、自分たちの安穏をも損ねた。
キリスト教国にとっては2000年前からの伝統であり、フランス革命以降の政教分離な政治体制に
よってもやはりその悪業からは逃れらず、遂には三度目の世界大戦勃発の危機にまで陥っている。
「残虐すぎて脆弱」という、その性根の部分から正さないことには、どうにもならなかったのである。
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