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文弱の、ヒスとコミュ力による派閥争い 偉大なる生存の報告 Part310
▼ページ最下部
特に、文系による理系排除や、中抜きピンハネなどが問題化し始めて
以降の日本社会で深刻な蔓延を来たしている上に、日本以外の世界中や、
太古からの歴史上においても、亡国級の危難を招く一大元凶となり続けて来た病理。
ヒステリーは基本、百害あって一利もない精神薄弱者の心の病扱いではあるが、
そのヒスこそが逆に、派閥争いで勝ち抜くための有用な道具へと成り代わる。
ヒス持ちの人間に特有の心理として、天邪鬼の思考回路が激化するというのがあり、
これと決めた敵対相手の言うことを何も聞かず、できる限り何もかも逆を行こうとする
思考規範や言動規範が盤石化して、ほとんど自動的にそれを試みるようになる。
その状態で、味方にしたい相手との同調を図り、敵対相手を孤立に追い込む。
それが、ヒスなど患ってない人間以上に派閥争いでの勝利を得る決め手となる。
ヒスでありながらコミュ力もあるという部類の人間が、企業や官公庁や
大学、病院などの各種組織における一番の勝ち組となって、おごり高ぶる。
そこには仁義もなければ、能力の高低に基づく適材適所を尽くすような合理性もなく、
ただひたすら社会的な成功を謳歌したいだけの見栄っ張りがそれに与る虚栄のみがある。
これが組織腐敗の大元凶となる上に、対外戦で敗れる脆弱さの呼び水ともなるのである。
以降の日本社会で深刻な蔓延を来たしている上に、日本以外の世界中や、
太古からの歴史上においても、亡国級の危難を招く一大元凶となり続けて来た病理。
ヒステリーは基本、百害あって一利もない精神薄弱者の心の病扱いではあるが、
そのヒスこそが逆に、派閥争いで勝ち抜くための有用な道具へと成り代わる。
ヒス持ちの人間に特有の心理として、天邪鬼の思考回路が激化するというのがあり、
これと決めた敵対相手の言うことを何も聞かず、できる限り何もかも逆を行こうとする
思考規範や言動規範が盤石化して、ほとんど自動的にそれを試みるようになる。
その状態で、味方にしたい相手との同調を図り、敵対相手を孤立に追い込む。
それが、ヒスなど患ってない人間以上に派閥争いでの勝利を得る決め手となる。
ヒスでありながらコミュ力もあるという部類の人間が、企業や官公庁や
大学、病院などの各種組織における一番の勝ち組となって、おごり高ぶる。
そこには仁義もなければ、能力の高低に基づく適材適所を尽くすような合理性もなく、
ただひたすら社会的な成功を謳歌したいだけの見栄っ張りがそれに与る虚栄のみがある。
これが組織腐敗の大元凶となる上に、対外戦で敗れる脆弱さの呼び水ともなるのである。
窪塚洋介や能年玲奈が、芸能界の一線から追い出された時にも、
ジャニーズやバーニングの内輪では、まさにそのような結託が試みられていたのである。
俳優としての才能などでは、むしろ自分たちのほうが負けているぐらいでも、
多数派工作でだけは自分たちのほうが勝って、既得権益を牛耳ったままであり続ける。
そこでは、追い出す側と追い出される側との間にも圧倒的な空気の差が生じている。
追い出す側はある種の集団ヒステリーに駆られていて、追い出される側はそれに圧倒されるか、
無理に抵抗したところで狂乱具合では敵わなくての敗走を喫する。
その多数派工作のための勢いの核となるのが、派閥のリーダー格のヒステリーで、
ジャニーズやバーニングにかけては、喜多川や周防こそがその役割をも果たしていた。
その「ヒスの中核」としてのカリスマ性が圧倒的であったが故に、
喜多川死後のジャニーズなども総崩れの体になっているのである
ジャニーズやバーニングの内輪では、まさにそのような結託が試みられていたのである。
俳優としての才能などでは、むしろ自分たちのほうが負けているぐらいでも、
多数派工作でだけは自分たちのほうが勝って、既得権益を牛耳ったままであり続ける。
そこでは、追い出す側と追い出される側との間にも圧倒的な空気の差が生じている。
追い出す側はある種の集団ヒステリーに駆られていて、追い出される側はそれに圧倒されるか、
無理に抵抗したところで狂乱具合では敵わなくての敗走を喫する。
その多数派工作のための勢いの核となるのが、派閥のリーダー格のヒステリーで、
ジャニーズやバーニングにかけては、喜多川や周防こそがその役割をも果たしていた。
その「ヒスの中核」としてのカリスマ性が圧倒的であったが故に、
喜多川死後のジャニーズなども総崩れの体になっているのである
世間の話題に乗っかろうとするも乗り切れない文妄
ホモやオカマにヒスが多いのは、
ここでも何人かのコテハンが最大級の体現によって示してくれていることだが、
そのような男の色情狂としてのヒス加減を最大級に利用することで、
日本の芸能界の男性アイドル部門を牛耳って来たのが、他でもないジャニーズである。
ヒスの中核は、やはりジャニー喜多川自身だったが、
そこに付いていけるキムタクみたいな男ほど厚遇し、そうでない者は冷遇。
ヒスに同調できる色男こそを精選しての派閥形成に何十年もの間、取り組んできた。
それは、いざとなれば窪塚討伐の時のように、一丸となっての異分子排除に乗り出す、
チームワークの盤石さを保つ一番の秘訣ともなって来たのだが、同時に、
ヒスのせいで何事もろくに上達できない半端男ばかりを芸能界にのさばらせる原因ともなった。
近ごろ外圧もあって、そのジャニーズが瓦解の危機に陥っていることからも分かるように、
あくまでタコツボ的な業界内での派閥争いに勝てる気勢が育まれるだけで、
業界全体を揺るがす域の外的要素に対しては全くの無力という側面も持ち合わせている。
ジャニー喜多川がCIAの庇護下などでもあったればこその、ギネス級の長期政権の樹立であり、
あくまで何かに守られている範囲での、井の中の蛙的な強大化でしかあり得ないのでもある。
ここでも何人かのコテハンが最大級の体現によって示してくれていることだが、
そのような男の色情狂としてのヒス加減を最大級に利用することで、
日本の芸能界の男性アイドル部門を牛耳って来たのが、他でもないジャニーズである。
ヒスの中核は、やはりジャニー喜多川自身だったが、
そこに付いていけるキムタクみたいな男ほど厚遇し、そうでない者は冷遇。
ヒスに同調できる色男こそを精選しての派閥形成に何十年もの間、取り組んできた。
それは、いざとなれば窪塚討伐の時のように、一丸となっての異分子排除に乗り出す、
チームワークの盤石さを保つ一番の秘訣ともなって来たのだが、同時に、
ヒスのせいで何事もろくに上達できない半端男ばかりを芸能界にのさばらせる原因ともなった。
近ごろ外圧もあって、そのジャニーズが瓦解の危機に陥っていることからも分かるように、
あくまでタコツボ的な業界内での派閥争いに勝てる気勢が育まれるだけで、
業界全体を揺るがす域の外的要素に対しては全くの無力という側面も持ち合わせている。
ジャニー喜多川がCIAの庇護下などでもあったればこその、ギネス級の長期政権の樹立であり、
あくまで何かに守られている範囲での、井の中の蛙的な強大化でしかあり得ないのでもある。
http://bbs0.meiwasuisan.com/toriaezu/1694140419...
ここで今燃え盛っている、俺への罵詈雑言などはまさに、
ヒスを燃料として書きなぐられているものであり、
これと全く同様な事態がジャニーズ事務所などでもよく起きていたのに違いない。
難癖、詭弁、言いがかり、誤解、ありとあらゆる暴挙を弄してでも
敵対者を降し、自分たちの権益を守ろうなどと志せるのは、
それこそヒス持ちの人間ぐらいでしかなく、その組織化までをも
体系化させられるのは、性加害級の汚濁を帯びた派閥に限られることともなる。
そういう派閥の存在が黙認されている世の中では、どうあってもそれが最強となる。
それもまた一つの普遍法則であり、解決策は世の中全体の是正にしか認められないのである。
ここで今燃え盛っている、俺への罵詈雑言などはまさに、
ヒスを燃料として書きなぐられているものであり、
これと全く同様な事態がジャニーズ事務所などでもよく起きていたのに違いない。
難癖、詭弁、言いがかり、誤解、ありとあらゆる暴挙を弄してでも
敵対者を降し、自分たちの権益を守ろうなどと志せるのは、
それこそヒス持ちの人間ぐらいでしかなく、その組織化までをも
体系化させられるのは、性加害級の汚濁を帯びた派閥に限られることともなる。
そういう派閥の存在が黙認されている世の中では、どうあってもそれが最強となる。
それもまた一つの普遍法則であり、解決策は世の中全体の是正にしか認められないのである。
スレタイに「文弱の~」と書いているのは、
そのようなヒス衝動を原動力とした多数派工作などが、
文弱の範疇の派閥争いでは相当な勝率を稼ぐ一方で、
武闘が絡み始めるとまったくそうではなくなるからである。
その典型的な実例が、戦前の日本軍の体たらくで、
上層部に行けば行くほど、庄屋や豪商のような文弱の血筋の出身者たちが、
ヒスをも原動力としたような派閥争いを繰り広げていたのが、
それと共に戦略構築などは完全に形骸化して行き、
古来の孫子の兵法などにおいても禁忌とされているような
下手ばかりを打ちまくっての敗亡に追い込まれることとなったのである。
ヒスの源が、過度の死への恐怖だからこそ、自らの直接的な生死が絡む領域においては、
より判断を見誤る原因ともなり、しかもそれが派閥集団規模での陥りであるがための、
同調圧力による修正の不能さまでをも帯びての、ネズミの集団自殺の如き狂態に至るのである。
その険難を排するために、孫子も文弱の側近が多く侍っているような王君からの命を、
現場の将軍らが必ずしも聞き入れるべきではないとすら断言したのだった。
「将在外,君命有所不受」主には王君が現場の事情をよく知らないことを見越した
発言だという風に考えられているが、それだけなら情報網の充実などによっての
解消も可能なところ(情報伝達の遅れなども)。ネットによる情報網が確立されている
現代にはさほど重大でもない教えかと思いきや、そうともいかない理由があるのである。
そのようなヒス衝動を原動力とした多数派工作などが、
文弱の範疇の派閥争いでは相当な勝率を稼ぐ一方で、
武闘が絡み始めるとまったくそうではなくなるからである。
その典型的な実例が、戦前の日本軍の体たらくで、
上層部に行けば行くほど、庄屋や豪商のような文弱の血筋の出身者たちが、
ヒスをも原動力としたような派閥争いを繰り広げていたのが、
それと共に戦略構築などは完全に形骸化して行き、
古来の孫子の兵法などにおいても禁忌とされているような
下手ばかりを打ちまくっての敗亡に追い込まれることとなったのである。
ヒスの源が、過度の死への恐怖だからこそ、自らの直接的な生死が絡む領域においては、
より判断を見誤る原因ともなり、しかもそれが派閥集団規模での陥りであるがための、
同調圧力による修正の不能さまでをも帯びての、ネズミの集団自殺の如き狂態に至るのである。
その険難を排するために、孫子も文弱の側近が多く侍っているような王君からの命を、
現場の将軍らが必ずしも聞き入れるべきではないとすら断言したのだった。
「将在外,君命有所不受」主には王君が現場の事情をよく知らないことを見越した
発言だという風に考えられているが、それだけなら情報網の充実などによっての
解消も可能なところ(情報伝達の遅れなども)。ネットによる情報網が確立されている
現代にはさほど重大でもない教えかと思いきや、そうともいかない理由があるのである。
文民統治でも軍人差別でも軍部腐敗でも、
なんらかの理由で文弱が好き勝手できる隙が生じた時に、
そこでスレタイのような不毛な争いが蔓延し始めることとなる。
「武を教わらず」と自称していた孔子を教祖として崇め立てる
儒教を国教化した時代の中国や朝魚羊なども、まさにその部類で、
その頃に最上の儒者として名をはせた朱子などにもヒスの気(癇癖)があったという記録がある。
朱子は官僚としての派閥争いには敗れた上での、学者としての大成で歴史に名を遺す人物だが、
それでも多少はヒスがあったというぐらいだから、当時の官僚界がいかに
文弱特有のヒステリーに覆い尽くされていたのかまでもが知れるものである。
当時の中国の権力者たちのヒス加減は、凌遅刑のごとき残虐刑の乱発などからも知れる。
どうせ死ぬ相手をそんなに苦しめたところでただの悪趣味にしかなるまいに、
鋭利な刀での瞬間的な断首のごとき合理性も損ねてのサディズムに酔い痴れていたのは、
当時の公職者たちこそが極度のヒス状態に陥っていたからにも違いないのである。
中国史上で最も陰惨な、文弱による派閥争いを元凶とした破滅といえばやはり、
南宋の名将岳飛の、宰相秦檜による失脚からの、中国全土への異民族支配の始まりだろうが。
これがやはり、文弱のヒスなどが蔓延する世の中が総体としては貧弱化してしまう証拠ーー
それこそ世界史上最大級の証拠にまでなっているといえるし、中国人の大半は、
未だにその頃の病理から完全にまでは脱却できないままでいるのである。
なんらかの理由で文弱が好き勝手できる隙が生じた時に、
そこでスレタイのような不毛な争いが蔓延し始めることとなる。
「武を教わらず」と自称していた孔子を教祖として崇め立てる
儒教を国教化した時代の中国や朝魚羊なども、まさにその部類で、
その頃に最上の儒者として名をはせた朱子などにもヒスの気(癇癖)があったという記録がある。
朱子は官僚としての派閥争いには敗れた上での、学者としての大成で歴史に名を遺す人物だが、
それでも多少はヒスがあったというぐらいだから、当時の官僚界がいかに
文弱特有のヒステリーに覆い尽くされていたのかまでもが知れるものである。
当時の中国の権力者たちのヒス加減は、凌遅刑のごとき残虐刑の乱発などからも知れる。
どうせ死ぬ相手をそんなに苦しめたところでただの悪趣味にしかなるまいに、
鋭利な刀での瞬間的な断首のごとき合理性も損ねてのサディズムに酔い痴れていたのは、
当時の公職者たちこそが極度のヒス状態に陥っていたからにも違いないのである。
中国史上で最も陰惨な、文弱による派閥争いを元凶とした破滅といえばやはり、
南宋の名将岳飛の、宰相秦檜による失脚からの、中国全土への異民族支配の始まりだろうが。
これがやはり、文弱のヒスなどが蔓延する世の中が総体としては貧弱化してしまう証拠ーー
それこそ世界史上最大級の証拠にまでなっているといえるし、中国人の大半は、
未だにその頃の病理から完全にまでは脱却できないままでいるのである。
日本の実写映画の長期低迷状態なども、
ジャニタレの執拗な起用が最大級の原因に違いないと、
多くの人間に認められるようになってからすでに久しいが。
俳優としての才能なんかがなくたって、お尻の具合でジャニーさんに好かれれば、
それだけで実力者なども押しのけて邦画の第一線にのさばり続けられるとあらば、
ごく自然なこととして、無能ほどそれを志し、有能はまた別の分野に活路を求める、
「内小人にして外君子(易経・天地否)」の潮流が定着することとなる。
それが、国産の漫画アニメがどんなに世界的な人気を博そうとも、
実写映画だけは、原作が漫画アニメだろうとも絶対に世界的な評価を得られない
という所にまで、業界規模での圧倒的な雌雄を確立することとなったのである。
戦後の日本社会では、全体的にヒスとコミュ力頼みな派閥が優勢であり続けて来たが、
たまたま実写映画と漫画アニメが、そうであるか実力主義かという点で極端な温度差を
帯びてきたために、ヒスとコミュ力頼みによる派閥的勝利などというものがいかに、
無能ののさばりからの業界規模での弱体化を助長してしまうのかの好例となったわけである。
ジャニタレの執拗な起用が最大級の原因に違いないと、
多くの人間に認められるようになってからすでに久しいが。
俳優としての才能なんかがなくたって、お尻の具合でジャニーさんに好かれれば、
それだけで実力者なども押しのけて邦画の第一線にのさばり続けられるとあらば、
ごく自然なこととして、無能ほどそれを志し、有能はまた別の分野に活路を求める、
「内小人にして外君子(易経・天地否)」の潮流が定着することとなる。
それが、国産の漫画アニメがどんなに世界的な人気を博そうとも、
実写映画だけは、原作が漫画アニメだろうとも絶対に世界的な評価を得られない
という所にまで、業界規模での圧倒的な雌雄を確立することとなったのである。
戦後の日本社会では、全体的にヒスとコミュ力頼みな派閥が優勢であり続けて来たが、
たまたま実写映画と漫画アニメが、そうであるか実力主義かという点で極端な温度差を
帯びてきたために、ヒスとコミュ力頼みによる派閥的勝利などというものがいかに、
無能ののさばりからの業界規模での弱体化を助長してしまうのかの好例となったわけである。
人の命を左右するような領域であっても、
あくまで他者の命を左右するだけであれば文弱にも務まるために、
医療界などでも同様な腐敗が広く蔓延しているのである。
無論、人の命を救うことに使命感を抱いているような医者もまたいようとて、
目の前で多くの患者が亡くなって行く現実を目の当たりにし続けても、
そうであり続けられる者などもそうはおらず、むしろ人の死に対して
人並みほどにも感傷を抱けなくなってしまう精神病質のほうが増長し、
大病院などであれば、かえって患者の寿命をより縮めかねないような
弊害を帯びた派閥争いにまで興じるようになる。
そしてそのような連中のほうが、ヒスとコミュ力の相乗によって
大派閥を形成し、志しある名医などをも冷遇、失脚に追い込んでの強権を得る。
銭ゲバ目的という面もあるにはあるが、総じて高給職である医者などの場合には、
自分個人の稼ぎよりも、病院全体を金満で繁栄させることのほうに、
より一層の気概を抱くようなこともあるだろうし、病気や怪我のような
人の不幸で組織を肥え太らせることに紛い物の仁義を抱いたりするのは、
前スレで論じたオナニーメンタルの固陋化などが一役を買っている側面もある。
つまり、ヒスとコミュ力で派閥争いに勝とうなどという志向性自体が、
オナメン級の不真面目さと共に増強されるという面もあるわけである。
あくまで他者の命を左右するだけであれば文弱にも務まるために、
医療界などでも同様な腐敗が広く蔓延しているのである。
無論、人の命を救うことに使命感を抱いているような医者もまたいようとて、
目の前で多くの患者が亡くなって行く現実を目の当たりにし続けても、
そうであり続けられる者などもそうはおらず、むしろ人の死に対して
人並みほどにも感傷を抱けなくなってしまう精神病質のほうが増長し、
大病院などであれば、かえって患者の寿命をより縮めかねないような
弊害を帯びた派閥争いにまで興じるようになる。
そしてそのような連中のほうが、ヒスとコミュ力の相乗によって
大派閥を形成し、志しある名医などをも冷遇、失脚に追い込んでの強権を得る。
銭ゲバ目的という面もあるにはあるが、総じて高給職である医者などの場合には、
自分個人の稼ぎよりも、病院全体を金満で繁栄させることのほうに、
より一層の気概を抱くようなこともあるだろうし、病気や怪我のような
人の不幸で組織を肥え太らせることに紛い物の仁義を抱いたりするのは、
前スレで論じたオナニーメンタルの固陋化などが一役を買っている側面もある。
つまり、ヒスとコミュ力で派閥争いに勝とうなどという志向性自体が、
オナメン級の不真面目さと共に増強されるという面もあるわけである。
戦後、日本社会が軍備を解かれて、憲法9条の鎖によって、
武闘的、武断的であること全体を禁忌とするようになったために、
それでも人の命を直接的に左右する立場にあり続けている医療界が、
国内で最高峰の権威となった経緯もあって、医者が古来の聖職扱いのみならず、
天皇をも上回るような現人神としての扱いまでをも受けるようになったのが、
これまたヒスによってまで自分たちの強勢化を図る気概になって来た所もあるだろう。
本当は、なってしまった怪我や病気を治療することよりも、
まず病気や怪我にならないことのほうをより優先すべきなのだが、
それは「無事是貴人」を重んじられるだけの精神的な成熟と共にのみ
成し得ることであるために、愚民化をも同時に強いられて来た戦後の日本人からは、
近代医療ほどの権威性や羨望性を認められることがないままであり続けている。
人々の不注意からの疾患自体はむしろより野放しにするような体でいながら、
それをマッチポンプ的に救い上げる医者こそが神様も同然の扱いを受けているのは、
それ自体が非常にふざけた状態であるために、人々のオナメン化もまた非常に捗り、
それがヒスによって派閥争いに興じるような不毛さを助長する一因ともなっている。
そもそもが、医療界の隆盛という事象自体がふざけているのだから、
そこで真面目ぶって仁術を志そうなどとする側が劣勢に追い込まれるのも当たり前。
ヒスへの同調で仲間を募るぐらいが一番の王道となるのも、自然なことなのである。
武闘的、武断的であること全体を禁忌とするようになったために、
それでも人の命を直接的に左右する立場にあり続けている医療界が、
国内で最高峰の権威となった経緯もあって、医者が古来の聖職扱いのみならず、
天皇をも上回るような現人神としての扱いまでをも受けるようになったのが、
これまたヒスによってまで自分たちの強勢化を図る気概になって来た所もあるだろう。
本当は、なってしまった怪我や病気を治療することよりも、
まず病気や怪我にならないことのほうをより優先すべきなのだが、
それは「無事是貴人」を重んじられるだけの精神的な成熟と共にのみ
成し得ることであるために、愚民化をも同時に強いられて来た戦後の日本人からは、
近代医療ほどの権威性や羨望性を認められることがないままであり続けている。
人々の不注意からの疾患自体はむしろより野放しにするような体でいながら、
それをマッチポンプ的に救い上げる医者こそが神様も同然の扱いを受けているのは、
それ自体が非常にふざけた状態であるために、人々のオナメン化もまた非常に捗り、
それがヒスによって派閥争いに興じるような不毛さを助長する一因ともなっている。
そもそもが、医療界の隆盛という事象自体がふざけているのだから、
そこで真面目ぶって仁術を志そうなどとする側が劣勢に追い込まれるのも当たり前。
ヒスへの同調で仲間を募るぐらいが一番の王道となるのも、自然なことなのである。
どうして悪人というのはシラを切りどこまでも嘘をつくのでしょうかねー
↓
ボンは他者の気持ちを考えられない
ボンは目立ちたがりで頑固で意地っ張り
物事を損得でしか考えないから自己中心的、わがまま
そしてプライドが高く、そのくせ寂しがり屋で甘ったれ、もう最低でキモいでしょw🤣女々しいでしょw🤣
↓
ボンは他者の気持ちを考えられない
ボンは目立ちたがりで頑固で意地っ張り
物事を損得でしか考えないから自己中心的、わがまま
そしてプライドが高く、そのくせ寂しがり屋で甘ったれ、もう最低でキモいでしょw🤣女々しいでしょw🤣
どうしてMボンという悪人はシラを切りどこまでも嘘をつくのでしょうかねー
↓
笠ボンは他者の気持ちを考えられない
笠ボンは目立ちたがりで頑固で意地っ張り
物事を損得でしか考えないから自己中心的、わがまま
そしてプライドが高く、そのくせ寂しがり屋で甘ったれ、もう最低でキモいでしょw🤣女々しいでしょw🤣
大事なことだからもう一度言いました😂
↓
笠ボンは他者の気持ちを考えられない
笠ボンは目立ちたがりで頑固で意地っ張り
物事を損得でしか考えないから自己中心的、わがまま
そしてプライドが高く、そのくせ寂しがり屋で甘ったれ、もう最低でキモいでしょw🤣女々しいでしょw🤣
大事なことだからもう一度言いました😂
(>>21の続き)
文治、文民を偏重する社会が文弱のヒスによる強勢化からの腐敗を招きやすい
というのは事実だが、かといって武闘偏重では軍国化のような殺伐さにも陥りかねない。
「入りては則ち法家払士なく、出でては則ち敵国外患なきものは国恒に亡ぶ。
然る後に憂患に生じ安楽に死するを知るなり」(孟子・告子下)
文治を重んじながらも敵国外患からの防衛に気を配り、
あるいは軍政状態にありながらも法家払士の権限を重んじるのであれば、
それが自然と文武の均衡を取ることによる治世の盤石化に繋がるし、
そこではヒスによる多数派工作で甘い汁を吸おうとする連中もまた自然と排除される。
その手の連中がヒスとなるのは、死への多大なる恐怖に駆られているからである一方、
上の孟子の言葉のような取り組みのためには、死を安楽への帰還と見なせるほど、
注意の限りを尽くした生涯を送るのでなければならないために、自然と人事が排他性を帯びて、
生に現を抜かし死を恐れるような輩が虚栄をむさぼる余地も絶たれるのである。
文治、文民を偏重する社会が文弱のヒスによる強勢化からの腐敗を招きやすい
というのは事実だが、かといって武闘偏重では軍国化のような殺伐さにも陥りかねない。
「入りては則ち法家払士なく、出でては則ち敵国外患なきものは国恒に亡ぶ。
然る後に憂患に生じ安楽に死するを知るなり」(孟子・告子下)
文治を重んじながらも敵国外患からの防衛に気を配り、
あるいは軍政状態にありながらも法家払士の権限を重んじるのであれば、
それが自然と文武の均衡を取ることによる治世の盤石化に繋がるし、
そこではヒスによる多数派工作で甘い汁を吸おうとする連中もまた自然と排除される。
その手の連中がヒスとなるのは、死への多大なる恐怖に駆られているからである一方、
上の孟子の言葉のような取り組みのためには、死を安楽への帰還と見なせるほど、
注意の限りを尽くした生涯を送るのでなければならないために、自然と人事が排他性を帯びて、
生に現を抜かし死を恐れるような輩が虚栄をむさぼる余地も絶たれるのである。
地元密着系の血筋上の由緒があるぐらいには、
俺との共通点も実際あるみたいだがな。
戦後も土地転がしでいい思いをして来た側の
血筋か否かぐらいの違いはあるみたいでな。
寄生地主制の廃止でほぼ平民側に追い込まれた、
本物の元士族(特に上等)の事情を知らないあたりが、
やっぱり決定的に違う所もあるんだろうな、と。
明治以降は自然と平民に溶け込んで行った、
元下士の実情などもほとんど知らんようだしな。
俺との共通点も実際あるみたいだがな。
戦後も土地転がしでいい思いをして来た側の
血筋か否かぐらいの違いはあるみたいでな。
寄生地主制の廃止でほぼ平民側に追い込まれた、
本物の元士族(特に上等)の事情を知らないあたりが、
やっぱり決定的に違う所もあるんだろうな、と。
明治以降は自然と平民に溶け込んで行った、
元下士の実情などもほとんど知らんようだしな。
「入りては則ち法家払士なく、出でては則ち敵国外患なきものは国恒に亡ぶ。
然る後に憂患に生じ安楽に死するを知るなり」(孟子・告子下)
「孟子の言説に易への論及は皆無だが、それでもその言動規範が易に厳密に合致している」
とは朱子の言であるが(朱子は長らく評価が低かった孟子を推薦した第一人者でもある)、
たとえば上の文句と、画像の易経・地山謙の文言などがまさにその合致例だといえる。
内憂外患への注意に心を労するのも、謙譲を尽くして人を立てるのも、
何か自分自身への果報までもがあることを企図して心がけるものであるが、
易の記述も孟子の論説も、安楽な死、命の終わりこそをその果報と認定しているのである。
存命中における、なんらかの富貴栄達などが目的ではなく、
生涯を苦労し抜いたがために、生よりも安楽な死に与れることこそが果報であると。
その域にある人間が、死への恐怖に駆られてヒスを患うようなこともあるわけがないし、
存命中の栄華ばかりを欲するが故にそうなってしまうような連中とは、
あらゆる思考や言動が食い違い、傍らを共にすることもままならないであろう。
ゆえに、権力中枢が「内君子にして外小人(地天泰)」であることと、
「外小人にして内君子(天地否)」であることは、易の法則のように相容れることがなく、
ヒスの派閥的勝利なぞが許される状態と、そうでない状態もまた排他的たるわけである。
然る後に憂患に生じ安楽に死するを知るなり」(孟子・告子下)
「孟子の言説に易への論及は皆無だが、それでもその言動規範が易に厳密に合致している」
とは朱子の言であるが(朱子は長らく評価が低かった孟子を推薦した第一人者でもある)、
たとえば上の文句と、画像の易経・地山謙の文言などがまさにその合致例だといえる。
内憂外患への注意に心を労するのも、謙譲を尽くして人を立てるのも、
何か自分自身への果報までもがあることを企図して心がけるものであるが、
易の記述も孟子の論説も、安楽な死、命の終わりこそをその果報と認定しているのである。
存命中における、なんらかの富貴栄達などが目的ではなく、
生涯を苦労し抜いたがために、生よりも安楽な死に与れることこそが果報であると。
その域にある人間が、死への恐怖に駆られてヒスを患うようなこともあるわけがないし、
存命中の栄華ばかりを欲するが故にそうなってしまうような連中とは、
あらゆる思考や言動が食い違い、傍らを共にすることもままならないであろう。
ゆえに、権力中枢が「内君子にして外小人(地天泰)」であることと、
「外小人にして内君子(天地否)」であることは、易の法則のように相容れることがなく、
ヒスの派閥的勝利なぞが許される状態と、そうでない状態もまた排他的たるわけである。
畢竟、俺とおまえらがどうあっても心が通じ合わず、
それなりに会話も出来てるのに、言葉すら通じてないようにまで
思われたりする根本原因もまた、そこにあるのである。
おまえらは「人間いつかは死ぬんだから、人生楽しんだもん勝ち」を信条とし、
俺は「人間いつかは死ぬんだから、安楽な死を迎えられたもん勝ち」を信条としている。
一見似ているように思われるが、実はこれで全く真逆の思考規範や言動規範となる。
おまえらはそのような信条でいるからこそ、できる限り早くからの、
末永き個人としての幸福や成功ばかりを欲し、そのためには他者を踏み台にしたり、
世間様に迷惑をかけたりすることも厭わない。そのせいで内心では罪悪感を募らせ、
殊更に生の栄華ばかりを追い求めたがための、死への恐怖をも募らせて行く。
そういう人間は総じて見栄っ張りだから、表向きにはそうであることを隠そうとするが、
内実そうであることには変わりないせいでのヒスを募らせ、死に近づくほどその程度もひどくなる。
それなりに会話も出来てるのに、言葉すら通じてないようにまで
思われたりする根本原因もまた、そこにあるのである。
おまえらは「人間いつかは死ぬんだから、人生楽しんだもん勝ち」を信条とし、
俺は「人間いつかは死ぬんだから、安楽な死を迎えられたもん勝ち」を信条としている。
一見似ているように思われるが、実はこれで全く真逆の思考規範や言動規範となる。
おまえらはそのような信条でいるからこそ、できる限り早くからの、
末永き個人としての幸福や成功ばかりを欲し、そのためには他者を踏み台にしたり、
世間様に迷惑をかけたりすることも厭わない。そのせいで内心では罪悪感を募らせ、
殊更に生の栄華ばかりを追い求めたがための、死への恐怖をも募らせて行く。
そういう人間は総じて見栄っ張りだから、表向きにはそうであることを隠そうとするが、
内実そうであることには変わりないせいでのヒスを募らせ、死に近づくほどその程度もひどくなる。
俺は逆に、自分自身がそのような事態に陥らないような生き方こそを心がけているから、
そういう連中と話をしてみた所で何もかもが食い違い、何も通じ合わないようなことにもなる。
ただ死の直前に死への恐怖、無明の闇に苦しめられたりすることだけを忌んでいるのではない。
常日頃から、生涯全体が死こそを安楽への帰還=寂滅為楽となるのを心がけ続けることで、
人生が総じて無明の闇から遠ざかり、結果的に個人的栄華ばかりを貪る場合以上に、
苦悩以上の安楽、幸福の総量がより上回るように企図しているのである。
上記の事例に照らし合わせてみれば、他者を踏み台にしたり、世間に迷惑をかけたりする
ことによる個人的な栄華などは生涯を通じて避け抜いたうえで、この世の最底辺付近の人々とも、
共に楽しめるようなことに限って楽しむし、それがないようなら楽しみなどなくてもいい。
人生、むしろ苦労や不遇の連続であればこそ、死を安楽と見なせて、故にその生涯もまた
死への恐怖に苦しめられ抜くような惨めなものでなくて済むというのに、そこから外れた道を好んで
歩んだりするのは、副作用による苦痛のほうがはるかに多い麻薬の中毒者とも変わりがないのである。
そういう連中と話をしてみた所で何もかもが食い違い、何も通じ合わないようなことにもなる。
ただ死の直前に死への恐怖、無明の闇に苦しめられたりすることだけを忌んでいるのではない。
常日頃から、生涯全体が死こそを安楽への帰還=寂滅為楽となるのを心がけ続けることで、
人生が総じて無明の闇から遠ざかり、結果的に個人的栄華ばかりを貪る場合以上に、
苦悩以上の安楽、幸福の総量がより上回るように企図しているのである。
上記の事例に照らし合わせてみれば、他者を踏み台にしたり、世間に迷惑をかけたりする
ことによる個人的な栄華などは生涯を通じて避け抜いたうえで、この世の最底辺付近の人々とも、
共に楽しめるようなことに限って楽しむし、それがないようなら楽しみなどなくてもいい。
人生、むしろ苦労や不遇の連続であればこそ、死を安楽と見なせて、故にその生涯もまた
死への恐怖に苦しめられ抜くような惨めなものでなくて済むというのに、そこから外れた道を好んで
歩んだりするのは、副作用による苦痛のほうがはるかに多い麻薬の中毒者とも変わりがないのである。
感情移入しながら読める言葉はどんなに難しくとも理解できるし、
それが無理な言葉は単純明快なはずであろうとも理解できない。
根本的な思想信条が、
「人間いつかは死ぬんだから、人生楽しんだもん勝ち」であるようなら、
「人間いつかは死ぬんだから、安楽な死を迎えられたもん勝ち」である
相手の言葉などは何も理解ができず、言葉が通じないようにまで感じてしまう。
全ての言葉を、際限なく人生を楽しみ尽くすために用いたいのに、
それを阻害するための言葉ばかりを発するのだから、理解しようのある所がない。
「人生楽しんだもん勝ち」な信条の持ち主のほうが、
「安楽な死を迎えられたもん勝ち」である者よりも、
欲に溺れるほど心が弱い分だけ、後者の言うことがより理解できない一方、
後者は相手の心情を考慮さえすれば、言うことも理解できるという非可換性はあるが。
片方が一方の言うことを理解できないのには変わりないために、
少し言葉を覚えた幼児と大人のように、話が通じないままであり続けるのである。
それが無理な言葉は単純明快なはずであろうとも理解できない。
根本的な思想信条が、
「人間いつかは死ぬんだから、人生楽しんだもん勝ち」であるようなら、
「人間いつかは死ぬんだから、安楽な死を迎えられたもん勝ち」である
相手の言葉などは何も理解ができず、言葉が通じないようにまで感じてしまう。
全ての言葉を、際限なく人生を楽しみ尽くすために用いたいのに、
それを阻害するための言葉ばかりを発するのだから、理解しようのある所がない。
「人生楽しんだもん勝ち」な信条の持ち主のほうが、
「安楽な死を迎えられたもん勝ち」である者よりも、
欲に溺れるほど心が弱い分だけ、後者の言うことがより理解できない一方、
後者は相手の心情を考慮さえすれば、言うことも理解できるという非可換性はあるが。
片方が一方の言うことを理解できないのには変わりないために、
少し言葉を覚えた幼児と大人のように、話が通じないままであり続けるのである。
もちろん、キリスト教やその他のカルト信仰で、
死後の復活だ永遠の命だを信じ込んだ上でのことでもない。
人は皆いつかは必ず死ぬ上に、死ねば二度と生き返ることもないという
厳格な物理法則をわきまえてなお、死こそは安楽の時であるように。
死ぬのが怖くなるほど過度の享楽に酔い痴れたりすることは避けて、
むしろ死の瞬間に重荷を降ろすような主に至れるほどにも、
労苦を本位とした生き方に徹して行くのである。
とはいえ決して、一切楽しみなどない人生に徹しようというのでもない。
森羅万象、山川草木花鳥風月とも分け隔てのない、万物斉同の楽しみを
抱けるようなことがあれば、それは死後土に還った時にも、その一員として
与れるような楽しみに違いないので、その楽しみぐらいは拒むこともないのである。
人の内でいえば、死んだほうがマシと自他共に認めるほどにも、
人生を苦しみ抜いているような困窮者などと共にこそ、楽しみを得るなど。
それはそのような相手のためというよりも、自分自身のための心がけとなるのである。
死後の復活だ永遠の命だを信じ込んだ上でのことでもない。
人は皆いつかは必ず死ぬ上に、死ねば二度と生き返ることもないという
厳格な物理法則をわきまえてなお、死こそは安楽の時であるように。
死ぬのが怖くなるほど過度の享楽に酔い痴れたりすることは避けて、
むしろ死の瞬間に重荷を降ろすような主に至れるほどにも、
労苦を本位とした生き方に徹して行くのである。
とはいえ決して、一切楽しみなどない人生に徹しようというのでもない。
森羅万象、山川草木花鳥風月とも分け隔てのない、万物斉同の楽しみを
抱けるようなことがあれば、それは死後土に還った時にも、その一員として
与れるような楽しみに違いないので、その楽しみぐらいは拒むこともないのである。
人の内でいえば、死んだほうがマシと自他共に認めるほどにも、
人生を苦しみ抜いているような困窮者などと共にこそ、楽しみを得るなど。
それはそのような相手のためというよりも、自分自身のための心がけとなるのである。
https://twitter.com/kyodonewsosaka/status/17023490...
俺は別に阪神ファンではないし、
関西人かどうかも身元特定を避けるために明言しないが。
そもそも道頓堀飛び込みは犯罪行為なわけでもないんだし、
たとえ死傷者が出ようとも自己責任なわけだし、
いうほど目くじらを立てるべきことでもないわなあ。
住友屋のような豪商もとうの昔から東京に本拠地を移し、
戦後はさらに東京一極集中が進んで劣勢に追い込まれた、
今の関西民などはまさに弱者の濃縮還元状態なわけで。
(それが阪神の弱さへの感情移入源にもなって来たのである)
そこに嫌悪感を抱いたりすることもなく、もしも自分が社会的な栄華に
与るというのであれば、このような人々とも共にと志せる者こそは、
死への恐怖とも関わりのない純然たる福徳に与れるのかもしれない。言い過ぎか。🤗
俺は別に阪神ファンではないし、
関西人かどうかも身元特定を避けるために明言しないが。
そもそも道頓堀飛び込みは犯罪行為なわけでもないんだし、
たとえ死傷者が出ようとも自己責任なわけだし、
いうほど目くじらを立てるべきことでもないわなあ。
住友屋のような豪商もとうの昔から東京に本拠地を移し、
戦後はさらに東京一極集中が進んで劣勢に追い込まれた、
今の関西民などはまさに弱者の濃縮還元状態なわけで。
(それが阪神の弱さへの感情移入源にもなって来たのである)
そこに嫌悪感を抱いたりすることもなく、もしも自分が社会的な栄華に
与るというのであれば、このような人々とも共にと志せる者こそは、
死への恐怖とも関わりのない純然たる福徳に与れるのかもしれない。言い過ぎか。🤗
特に東日本民などは、関西といえば在日の巣窟というレッテル貼りを
昔から植え付けられての嫌悪感を抱かされて来た場合も多かろうが。
実際、東日本よりは在日の人数が多いし、すでに日本国籍であろうとも、
朝魚羊部落の出身者だったりするようなガラの悪い人間が多いのも確か。
ただ、決して全員がそうなわけではないし、そんなのは関西と雖も少数派だし、
全てをそこに還元しての反感を抱いたりするのは偏見に基づくものである。
ただ、純血の日本人な関西人に限っても、上記の通り富裕層は早くの内から
東京などに移住しているせいでの、下層民の率が高いのも確かである。
そのために、日本人と雖も下層民なら見下すような連中からすれば、
やはり好意を抱きづらい相手ばかりなのも確かである。
メディアの吉本芸人重用なども、連中の芸風に下劣なものが多いせいもあって、
決して関西人のイメージ向上に貢献して来たなどとは言い難いもの。
ただ、そのような「日本の底辺民」としての関西人のあり方をも、
一概な嫌悪の対象ではなく、一応は同じ国の人間としての尊厳ぐらいは認められる
日本人であればこそ、上に書いたような苦悩を孕まない福徳に与れるだろうし、
日本人同士を分断していがみ合わせたいような外患勢力への牽制ともなるであろう。
昔から植え付けられての嫌悪感を抱かされて来た場合も多かろうが。
実際、東日本よりは在日の人数が多いし、すでに日本国籍であろうとも、
朝魚羊部落の出身者だったりするようなガラの悪い人間が多いのも確か。
ただ、決して全員がそうなわけではないし、そんなのは関西と雖も少数派だし、
全てをそこに還元しての反感を抱いたりするのは偏見に基づくものである。
ただ、純血の日本人な関西人に限っても、上記の通り富裕層は早くの内から
東京などに移住しているせいでの、下層民の率が高いのも確かである。
そのために、日本人と雖も下層民なら見下すような連中からすれば、
やはり好意を抱きづらい相手ばかりなのも確かである。
メディアの吉本芸人重用なども、連中の芸風に下劣なものが多いせいもあって、
決して関西人のイメージ向上に貢献して来たなどとは言い難いもの。
ただ、そのような「日本の底辺民」としての関西人のあり方をも、
一概な嫌悪の対象ではなく、一応は同じ国の人間としての尊厳ぐらいは認められる
日本人であればこそ、上に書いたような苦悩を孕まない福徳に与れるだろうし、
日本人同士を分断していがみ合わせたいような外患勢力への牽制ともなるであろう。
底辺民の多い関西人を、だからといって忌み嫌ったりしないことが、
万人との福徳の共有による、死への恐怖の抑制手段になると共に、
外患勢力による日本人への分断工作をも退けるがごとく、
極力、安楽な死を迎えられるような生き方に勤めることこそは、
戦略的に強靭な、手堅い生き方ともなるのである。
太古の昔から、武士武将こそが好んで仏門に傾倒して来たのも、
安楽な死を本位とするその求道姿勢が、死への恐れなどに
囚われているようでは職務もままならない自分たちにとっても
非常に好都合なものであるために、積極的に享受してきたのである。
「安楽な死」というのは、別に「畳の上で」みたいな環境を意味するのではない。
法華経などには、菩薩がたとえ身を焼こうとも安楽なままであったとあるように、
むしろ死に方は焼死や戦死のように最大級に凄惨なのだろうとも、それを苦しまず、
死の瞬間まで正常で精緻な判断が尽くせるとされるが故に、好まれていたのである。
万人との福徳の共有による、死への恐怖の抑制手段になると共に、
外患勢力による日本人への分断工作をも退けるがごとく、
極力、安楽な死を迎えられるような生き方に勤めることこそは、
戦略的に強靭な、手堅い生き方ともなるのである。
太古の昔から、武士武将こそが好んで仏門に傾倒して来たのも、
安楽な死を本位とするその求道姿勢が、死への恐れなどに
囚われているようでは職務もままならない自分たちにとっても
非常に好都合なものであるために、積極的に享受してきたのである。
「安楽な死」というのは、別に「畳の上で」みたいな環境を意味するのではない。
法華経などには、菩薩がたとえ身を焼こうとも安楽なままであったとあるように、
むしろ死に方は焼死や戦死のように最大級に凄惨なのだろうとも、それを苦しまず、
死の瞬間まで正常で精緻な判断が尽くせるとされるが故に、好まれていたのである。
生死を左右するような事態においても、死への恐怖をヒスや心神喪失に頼ることなく
十全に抑制しての、冷静な判断を凝らして行くことも本来、日本人には可能なのであり、
ただその選択肢を明治以降は剥奪されたせいで不可能になってしまっているのである。
安楽な死への体系的な希求の元手となる仏道への傾倒が半ば禁止された上に、
それをより阻害する享楽志向が資本主義などによって助長されて、仏道も資本主義も
どちらも享受が不全なままでいる中国人などよりも、死を極度に恐れるようになったもの。
むしろ、その道を知った上で、それを禁じられ、そこへの反目を強いられているからこそ、
特別な歴史的素養もないような外国人など以上に、過度の臆病を植え付けられている。
洗脳支配がその一因にも数えられるが、今は自発的にも好き好まれている精神的退廃である。
十全に抑制しての、冷静な判断を凝らして行くことも本来、日本人には可能なのであり、
ただその選択肢を明治以降は剥奪されたせいで不可能になってしまっているのである。
安楽な死への体系的な希求の元手となる仏道への傾倒が半ば禁止された上に、
それをより阻害する享楽志向が資本主義などによって助長されて、仏道も資本主義も
どちらも享受が不全なままでいる中国人などよりも、死を極度に恐れるようになったもの。
むしろ、その道を知った上で、それを禁じられ、そこへの反目を強いられているからこそ、
特別な歴史的素養もないような外国人など以上に、過度の臆病を植え付けられている。
洗脳支配がその一因にも数えられるが、今は自発的にも好き好まれている精神的退廃である。
今の日本でいえば、阪神の活躍にご執心でいる関西の底辺民などのほかに、
病気で働けないでいるせいでの高齢無職ニートでいるような者もまた、
執拗なバッシングの対象になるのが、ここでの否定派への扱いなどからも知れる。
自分自身も別に社会的強者なわけでもないのに、より弱い立場にあるような者を
見下して馬鹿にして蹴落として悦に入る、そこにも一種のヒスによる派閥争いがあり、
この世に勝ち組と負け組を規定しての、差別構造の深刻化こそを結果的には求めている。
今の日本などはそれが表社会にまで深く根を張っている大前提の常識なものだから、
あまりにも職歴や学歴が低い者はただそれだけでも排除の対象となり、まともな仕事に
あり付こうにもあり付けないなどという人間が多くを占め始めてしまったがための、
少子高齢化や消費縮小からの景気低迷までをも招いてしまっている状態にある。
弱い者がさらに弱い者を叩いて悦に入る、ヒスのストレス解消こそが一大目的の
派閥争いなどを全国規模で許容しているような国は、自然と凋落の一途を辿る。
ゆえに、戦略的な発想によってはあえてそれを避けて行くのでなければならない。
病気で働けないでいるせいでの高齢無職ニートでいるような者もまた、
執拗なバッシングの対象になるのが、ここでの否定派への扱いなどからも知れる。
自分自身も別に社会的強者なわけでもないのに、より弱い立場にあるような者を
見下して馬鹿にして蹴落として悦に入る、そこにも一種のヒスによる派閥争いがあり、
この世に勝ち組と負け組を規定しての、差別構造の深刻化こそを結果的には求めている。
今の日本などはそれが表社会にまで深く根を張っている大前提の常識なものだから、
あまりにも職歴や学歴が低い者はただそれだけでも排除の対象となり、まともな仕事に
あり付こうにもあり付けないなどという人間が多くを占め始めてしまったがための、
少子高齢化や消費縮小からの景気低迷までをも招いてしまっている状態にある。
弱い者がさらに弱い者を叩いて悦に入る、ヒスのストレス解消こそが一大目的の
派閥争いなどを全国規模で許容しているような国は、自然と凋落の一途を辿る。
ゆえに、戦略的な発想によってはあえてそれを避けて行くのでなければならない。
無職ニートや阪神ファンが見下されているというのは、
あくまでここや5chやXのような匿名ネットなども含めた話であって、
表向き社会でもそのような悪意を剝き出しにするのは、
さすがに人権無視にも程があるという理由で控えられている処もある。
ただ、自分たちの本音が表向きではそう通ることもなく、
不登校児やナマポ受給の擁護もむしろ活況を呈していることに
憤りを抱いているからこその、ここなどでの怨念の曝け出しでもあるのに違いない。
では、仮にそんな奴らの意見が完全に通ればどうなるのかといえば、
北斗の拳やマッドマックスの世紀末社会なみにあからさまな弱肉強食が
この世を支配することになるわけで、そこで弱者を見下して悦に入るような
心の弱さを帯びたヒス患者などが、そう強い立場でいられるわけでもない。
現状、匿名ネットのような日陰の場でしか晒せない望みな上に、
その望みが実現されたところで、自分たちにとっての自滅行為になるという、
非常に脆弱で儚い存在でしかないのが、差別主義者なヒスたちの発言でもある。
特別な保護がなければ、これほどにも弱い存在だという体現にもなっているわけである。
あくまでここや5chやXのような匿名ネットなども含めた話であって、
表向き社会でもそのような悪意を剝き出しにするのは、
さすがに人権無視にも程があるという理由で控えられている処もある。
ただ、自分たちの本音が表向きではそう通ることもなく、
不登校児やナマポ受給の擁護もむしろ活況を呈していることに
憤りを抱いているからこその、ここなどでの怨念の曝け出しでもあるのに違いない。
では、仮にそんな奴らの意見が完全に通ればどうなるのかといえば、
北斗の拳やマッドマックスの世紀末社会なみにあからさまな弱肉強食が
この世を支配することになるわけで、そこで弱者を見下して悦に入るような
心の弱さを帯びたヒス患者などが、そう強い立場でいられるわけでもない。
現状、匿名ネットのような日陰の場でしか晒せない望みな上に、
その望みが実現されたところで、自分たちにとっての自滅行為になるという、
非常に脆弱で儚い存在でしかないのが、差別主義者なヒスたちの発言でもある。
特別な保護がなければ、これほどにも弱い存在だという体現にもなっているわけである。
笠地蔵の文章を読んだあとに感じるカレー味のウンコを食ったような感覚
糖尿病を患っている人間は、
常人よりも甘い食べ物を好むようになるように、
ヒスを患っている人間もまた、
甘い言葉でなければ気が済まないようになる。
硬くて面白みのない言葉であっても、
それを読み解いて深く検討してみれば、新たな気づきがあって
楽しいなんていうことも、もはやなくなってしまう。
それがまた、同様な傾向の持ち主との馴れ合いで
派閥を形成し、さらにはそうでないような相手までをも、
ヒス傾向へと引きずり込むことでの派閥の拡大までをも目論む。
ジャニー喜多川はノンケ食いだったというが、
元々その気ケがなかったような相手をも淫獄に引きずり込んでの、
闇のハーレムの形成こそが本望であったがごとく、
最大級に攻撃的である場合には、相手が同類であるか
などにも関わりなく、自ら派閥を拡大させて行くことにも特化する。
むしろそうであったほうが、芸能村やカルト教団のような
閉鎖集団として寄生虫、癌細胞的に多数派の一般社会から権益を
吸い上げる我田引水の共闘目的では有利に働くこともあるし、
自分こそが派閥の圧倒的長オサとして振舞えるような利点も生ずる。
常人よりも甘い食べ物を好むようになるように、
ヒスを患っている人間もまた、
甘い言葉でなければ気が済まないようになる。
硬くて面白みのない言葉であっても、
それを読み解いて深く検討してみれば、新たな気づきがあって
楽しいなんていうことも、もはやなくなってしまう。
それがまた、同様な傾向の持ち主との馴れ合いで
派閥を形成し、さらにはそうでないような相手までをも、
ヒス傾向へと引きずり込むことでの派閥の拡大までをも目論む。
ジャニー喜多川はノンケ食いだったというが、
元々その気ケがなかったような相手をも淫獄に引きずり込んでの、
闇のハーレムの形成こそが本望であったがごとく、
最大級に攻撃的である場合には、相手が同類であるか
などにも関わりなく、自ら派閥を拡大させて行くことにも特化する。
むしろそうであったほうが、芸能村やカルト教団のような
閉鎖集団として寄生虫、癌細胞的に多数派の一般社会から権益を
吸い上げる我田引水の共闘目的では有利に働くこともあるし、
自分こそが派閥の圧倒的長オサとして振舞えるような利点も生ずる。
言葉そのものを楽しもうなんてしてたら、
東洋古典なんてそのほとんどが読めたものではなくなる。
一応、詩歌やフィクション小説などの、
読者を読んで楽しませることを目的とした文学作品もあるにはあるが、
それは「経史子集」という文筆作品のランク分けの中では最下位に位置する
「集(詩文芸)」に該当する作品で、勉学的価値が最も低いともされている。
経書はより自己本位な修養のため、
史書は他力本願も織り交ぜた修養のため、
子書(諸子百家)は異学や反面教師への見聞なども織り交ぜた修養のため、
ただ読む以上の何かを得るための書であることを本分としているために、
文芸的な装飾なども皆無なものがほとんどで、読んだだけで
面白いなんてことはほぼ期待できないが、それでいながら長年、
洋学の文系にとってはほぼ全てである文芸全般以上のものとされて来た。
別に、無理してそういうものにまで傾倒しろなんてこともない。
文章はせいぜい文芸止まりなものまでしか享受する気も起きませんというのなら、
おまえはそれでよかろうが。そうでない領域もまたいくらでもあり、
最大級の益荒男ほどそこを楽しむという事実もまた、尊重してもらいたいものである。
東洋古典なんてそのほとんどが読めたものではなくなる。
一応、詩歌やフィクション小説などの、
読者を読んで楽しませることを目的とした文学作品もあるにはあるが、
それは「経史子集」という文筆作品のランク分けの中では最下位に位置する
「集(詩文芸)」に該当する作品で、勉学的価値が最も低いともされている。
経書はより自己本位な修養のため、
史書は他力本願も織り交ぜた修養のため、
子書(諸子百家)は異学や反面教師への見聞なども織り交ぜた修養のため、
ただ読む以上の何かを得るための書であることを本分としているために、
文芸的な装飾なども皆無なものがほとんどで、読んだだけで
面白いなんてことはほぼ期待できないが、それでいながら長年、
洋学の文系にとってはほぼ全てである文芸全般以上のものとされて来た。
別に、無理してそういうものにまで傾倒しろなんてこともない。
文章はせいぜい文芸止まりなものまでしか享受する気も起きませんというのなら、
おまえはそれでよかろうが。そうでない領域もまたいくらでもあり、
最大級の益荒男ほどそこを楽しむという事実もまた、尊重してもらいたいものである。
言葉そのものへの陶酔に酔い痴れたりすることなく、
あくまで実践本位であった上で、その助けとなる言葉を楽しむのは、
それこそ、文弱には決して務まらないことである。
武士や仏僧が、その本分の入念な実践こそを本位とする場合はもちろんのこと、
儒学の実践者たる文民などがそれを可能とする場合にもまた、もはや文弱ではない。
昔から、儒学の実践などは、人として最低限勤めておいて当たり前な嗜みと
されて来たことから、そこにさしたる特別さも認められてこなかったものだが、
それでもそこには、経書の文言そのものに酔い痴れてそれで終わりとするような、
西洋では聖書などを材料にさんざん繰り返されて来た怠慢が許されていたわけではない。
あくまで実践本位であった上で、その助けとなる言葉を楽しむのは、
それこそ、文弱には決して務まらないことである。
武士や仏僧が、その本分の入念な実践こそを本位とする場合はもちろんのこと、
儒学の実践者たる文民などがそれを可能とする場合にもまた、もはや文弱ではない。
昔から、儒学の実践などは、人として最低限勤めておいて当たり前な嗜みと
されて来たことから、そこにさしたる特別さも認められてこなかったものだが、
それでもそこには、経書の文言そのものに酔い痴れてそれで終わりとするような、
西洋では聖書などを材料にさんざん繰り返されて来た怠慢が許されていたわけではない。
俺は昔、ここの思想哲学板で、四書五経と新旧約聖書の記述がことごとく
その含意から相反していることを徹底的な査読によって分析し抜いていたが。
言葉そのものに酔い痴れるための究極の書物として編纂された聖書とは、
何もかもが相反するような記述であるために、四書五経の言葉に酔い痴れる
なんてのもどだい無理なことで、だからこそ、その記述内容のシラフな理解と共なる、
忠実な実践の成就を以て生涯の楽しみとすることが試みられ続けて来たのである。
「君子の道は闇然として日に明らかに、小人の道は的然として日に亡ぶ」(中庸)
言葉そのものに酔い痴れてそれでよしEs ist gut.とするような怠慢を極力避けての、
言葉の含意の実現まっしぐらな心がけであるが故に、始めはうんこ味のうんこ食も
厭わないほどのストイックさでいながら、最後の最後にカレー味のカレー食に至る。
万人がそのともがらであり得るわけではなくとも、誰よりも安楽な死に与れる、
そのご利益の厚さの故に、誰も望まないではいられない道なのである。
その含意から相反していることを徹底的な査読によって分析し抜いていたが。
言葉そのものに酔い痴れるための究極の書物として編纂された聖書とは、
何もかもが相反するような記述であるために、四書五経の言葉に酔い痴れる
なんてのもどだい無理なことで、だからこそ、その記述内容のシラフな理解と共なる、
忠実な実践の成就を以て生涯の楽しみとすることが試みられ続けて来たのである。
「君子の道は闇然として日に明らかに、小人の道は的然として日に亡ぶ」(中庸)
言葉そのものに酔い痴れてそれでよしEs ist gut.とするような怠慢を極力避けての、
言葉の含意の実現まっしぐらな心がけであるが故に、始めはうんこ味のうんこ食も
厭わないほどのストイックさでいながら、最後の最後にカレー味のカレー食に至る。
万人がそのともがらであり得るわけではなくとも、誰よりも安楽な死に与れる、
そのご利益の厚さの故に、誰も望まないではいられない道なのである。
なんかもう、ものの言い方からして認知症じみて来てんな。
あまり多くの情報を取り扱えるほど脳が元気ではないから、
ごく少量の確実に覚えてる情報だけに固執するようになる。
次世代は次世代で近ごろ、自分たち用の閉じコンに引きこもり過ぎなのを考慮して、
俺もあえて旧世代の年寄り向けのテレビ番組などにもある程度は
目を通すようにしているんだが、これが軒並み揃いも揃って、
扱ってる情報量が少ないこと少ないこと。
ネット上の報道ヘッドラインをツラツラ流し見している場合と比べれば、
普通の報道番組でも情報量が10分の1、バラエティやスポーツだと20分の1、
とにかく物を買わせたいテレビショッピングだと50分の1ぐらいしかない。
年寄りの中でも、特に知性が低くて頭数の多い団塊世代あたりに合わせると、
あれでようやく情報が十分に頭の中に入って来る分量なのかなとは思うが。
テレビ局側でも、そういう脳委縮著しい年寄りのペースに足並みを揃えて
ばかりで来たせいで、多くの情報を扱おうにも扱えなくなってしまっている。
だから、このまま次世代向けの情報インフラとして再利用するのも無理で、
中の人総入れ替えはもちろんのこと、情報提供媒体としての取り扱い方から、
抜本的な改革を施していく必要があるだろうなとも思うわけである。
あまり多くの情報を取り扱えるほど脳が元気ではないから、
ごく少量の確実に覚えてる情報だけに固執するようになる。
次世代は次世代で近ごろ、自分たち用の閉じコンに引きこもり過ぎなのを考慮して、
俺もあえて旧世代の年寄り向けのテレビ番組などにもある程度は
目を通すようにしているんだが、これが軒並み揃いも揃って、
扱ってる情報量が少ないこと少ないこと。
ネット上の報道ヘッドラインをツラツラ流し見している場合と比べれば、
普通の報道番組でも情報量が10分の1、バラエティやスポーツだと20分の1、
とにかく物を買わせたいテレビショッピングだと50分の1ぐらいしかない。
年寄りの中でも、特に知性が低くて頭数の多い団塊世代あたりに合わせると、
あれでようやく情報が十分に頭の中に入って来る分量なのかなとは思うが。
テレビ局側でも、そういう脳委縮著しい年寄りのペースに足並みを揃えて
ばかりで来たせいで、多くの情報を扱おうにも扱えなくなってしまっている。
だから、このまま次世代向けの情報インフラとして再利用するのも無理で、
中の人総入れ替えはもちろんのこと、情報提供媒体としての取り扱い方から、
抜本的な改革を施していく必要があるだろうなとも思うわけである。
ネット上の年寄りだと、最晩年で80代だった頃の小池一夫が、
認知症を公言しながらも、Twitterでのレスバを繰り返していたなんてことがあったが。
ヒス込みの激情に駆られた一本調子な物言いであれば、
認知症の末期高齢者だろうとも、それなりに意味の通った会話ができる。
全く融通が利かず、一度に扱える情報量もごくわずかでありながらも、
そこに周囲のペースを無理やり合わさせることで会話を成立させるのである。
これも、高齢者や認知症患者に限らず、ヒスが派閥の気勢を整えるために多用して来た手段である。
秦始皇や信長も金切り声で部下を威嚇し、恐縮させながら統制することを好んでいたというし、
歴史上の暴君が人々を支配下に置くための手段としても好まれて来たもの。
ただ単に派閥を入念な統制下に置くための手段としては非常に有用ではあるが、
そこで扱える情報量がガタ落ちする上に、全く融通も利かなくなるという弊害を帯びるために、
結果的には組織の弱体化を招いての凋落までもが避けられなくなるのである。
(秦帝国も項劉に、織豊政権も徳川に平らげられたが如く)
認知症を公言しながらも、Twitterでのレスバを繰り返していたなんてことがあったが。
ヒス込みの激情に駆られた一本調子な物言いであれば、
認知症の末期高齢者だろうとも、それなりに意味の通った会話ができる。
全く融通が利かず、一度に扱える情報量もごくわずかでありながらも、
そこに周囲のペースを無理やり合わさせることで会話を成立させるのである。
これも、高齢者や認知症患者に限らず、ヒスが派閥の気勢を整えるために多用して来た手段である。
秦始皇や信長も金切り声で部下を威嚇し、恐縮させながら統制することを好んでいたというし、
歴史上の暴君が人々を支配下に置くための手段としても好まれて来たもの。
ただ単に派閥を入念な統制下に置くための手段としては非常に有用ではあるが、
そこで扱える情報量がガタ落ちする上に、全く融通も利かなくなるという弊害を帯びるために、
結果的には組織の弱体化を招いての凋落までもが避けられなくなるのである。
(秦帝国も項劉に、織豊政権も徳川に平らげられたが如く)
一度に扱う情報を地上波のショッピングやバラエティ番組なみに限り、
そこに渾身の激情を込めて行く物言いであれば、
認知症患者でもそれなりに会話を成立させることができる。
その原理を逆に応用して、認知症並みに低能化を促す気風を
派閥内に蔓延させることでの、羊の群れの如き統制もまた可能となる。
それなりに正気を保つことができる人間と言えども、
その集団に埋没する時には認知症並みにまで知性を低下させて、
頭がパアになることそのものや、それと飲酒や乱交、薬物乱用の相乗をも楽しむ。
電通の新入社員歓迎会では、新入りの肛門に半田ごてを突っ込んだ
状態で電気を入れ、火傷をする直前に引き抜くなんていう余興までもが
催されているというが、それこそまさに低能化の狂乱による結託の最たるもの。
近ごろ取りざたされていることが多いジャニーズ内での乱交なども同様。
もう少し社会的知名度の低い組織集団のほか、警察などの公共組織でも
似たような真似をやらかしていたのがたまに発覚したりするし、
愚民化著しい近現代の日本社会には非常にありがちな狂態なのである。
そこに渾身の激情を込めて行く物言いであれば、
認知症患者でもそれなりに会話を成立させることができる。
その原理を逆に応用して、認知症並みに低能化を促す気風を
派閥内に蔓延させることでの、羊の群れの如き統制もまた可能となる。
それなりに正気を保つことができる人間と言えども、
その集団に埋没する時には認知症並みにまで知性を低下させて、
頭がパアになることそのものや、それと飲酒や乱交、薬物乱用の相乗をも楽しむ。
電通の新入社員歓迎会では、新入りの肛門に半田ごてを突っ込んだ
状態で電気を入れ、火傷をする直前に引き抜くなんていう余興までもが
催されているというが、それこそまさに低能化の狂乱による結託の最たるもの。
近ごろ取りざたされていることが多いジャニーズ内での乱交なども同様。
もう少し社会的知名度の低い組織集団のほか、警察などの公共組織でも
似たような真似をやらかしていたのがたまに発覚したりするし、
愚民化著しい近現代の日本社会には非常にありがちな狂態なのである。
目の前にはネット閲覧中のPCなりがあって、
耳ではラジオでも聴いて、横目にテレビも眺めてるというだけでも、
近ごろのテレビが発信する情報は十分に把握できるぐらいだな。
音声聞かないんだから字幕を表示したりもしてみたけど、
大して情報量が変わらないんでもうやめちまったぐらいだ。
別に聾啞者向けの番組を見てるわけでもあるまいに。
こんなになってる状態の時でも、やっぱり情報量はまだ少ない。
多くの情報を扱うことが苦手な連中が無理やりに詰め込んでるから
雑多に見えるだけで、伝えようとしてる情報は二つ三つしかない。
情報を洗練させる必要もないほどわずかな分量しか取り扱ってない
連中の仕事なのだろうなと察せられる、副次的な情報があるだけ。
素人目に見ても。 え、情報共有のプロ中のプロたちの仕事?😲
耳ではラジオでも聴いて、横目にテレビも眺めてるというだけでも、
近ごろのテレビが発信する情報は十分に把握できるぐらいだな。
音声聞かないんだから字幕を表示したりもしてみたけど、
大して情報量が変わらないんでもうやめちまったぐらいだ。
別に聾啞者向けの番組を見てるわけでもあるまいに。
こんなになってる状態の時でも、やっぱり情報量はまだ少ない。
多くの情報を扱うことが苦手な連中が無理やりに詰め込んでるから
雑多に見えるだけで、伝えようとしてる情報は二つ三つしかない。
情報を洗練させる必要もないほどわずかな分量しか取り扱ってない
連中の仕事なのだろうなと察せられる、副次的な情報があるだけ。
素人目に見ても。 え、情報共有のプロ中のプロたちの仕事?😲
とっくの昔から、介護だったのかなあ。
別にヤングケアラーという年でもないが。
別にヤングケアラーという年でもないが。
>>58
こちらとしては、自分が好きなこと嫌いなこと、
興味があることないことなんでも対応できるぐらいの情報処理体制でいるんで、
そちらが興味のないことには全く注意が向かないはったtギフテッド傾向の
人間であるというのなら、そんな自分自身の特別さをわきまえた上で、
自分のほうに合わせてくれるようにお願いすればいいわけ。
自分のほうが情報処理能力が低いだけなのに、
さも自分のほうが健常者だと思い込んで、相手をより低く見積もって、
自分のほうに合わせろとか要求してくるんじゃあ、合わせてやる気も起きないし、
そもそもこちらのほうが能力が低いというのなら、より高い相手に合わせたりもできないはず。
どちらかといえば、より能力が高い側のほうが、低い側に合わせてやるのでなければ、
能力に格段の高低差がある者同士の会話なども成り立たないはずなわけでな。
自分のほうが上だと思うのなら、だからこそ、ぜひこちらに合わせてくりゃれや。
こちらとしては、自分が好きなこと嫌いなこと、
興味があることないことなんでも対応できるぐらいの情報処理体制でいるんで、
そちらが興味のないことには全く注意が向かないはったtギフテッド傾向の
人間であるというのなら、そんな自分自身の特別さをわきまえた上で、
自分のほうに合わせてくれるようにお願いすればいいわけ。
自分のほうが情報処理能力が低いだけなのに、
さも自分のほうが健常者だと思い込んで、相手をより低く見積もって、
自分のほうに合わせろとか要求してくるんじゃあ、合わせてやる気も起きないし、
そもそもこちらのほうが能力が低いというのなら、より高い相手に合わせたりもできないはず。
どちらかといえば、より能力が高い側のほうが、低い側に合わせてやるのでなければ、
能力に格段の高低差がある者同士の会話なども成り立たないはずなわけでな。
自分のほうが上だと思うのなら、だからこそ、ぜひこちらに合わせてくりゃれや。
長年、自学自習にネット検索をかけ合わせて来た独自の修練で、
こちらの情報処理能力が並外れた域に達してしまっているという自覚もあるが。
さりとて、一般社会の平均的な情報処理速度もまた健常ではなく、
洗脳支配や集団ヒステリーや高齢化によって、世の中を健全に営んで行くにも
値しないほど情報処理能力がガタ落ちした界隈ばかりになってしまっているという側面もある。
今の俺などは、昔でいう出家級(今の所帯持ちが当たり前な出家ではなく)に
滞りのない情報処理体制を整えているからこその理想値状態であるわけで、
それはそれで、世間に埋没して働きながらでも十分に保てるものではないだろう。
超俗状態だからこそ高い情報処理能力を保てているものと、
世俗の渦中だからといって過度にそれが落ち過ぎているものとの中間、
世間に深く関わり入りながらも、世の中を健全に営んで行けるだけの情報力を
保ち続けられる者こそが、実務面から世の中を主導して行く適任者たるのである。
仮に俺などがそうなろうとした場合、やはり今よりは情報力が少なからず落ちるだろうから、
然るべき有志の出家者などに、今までの自らの領分を譲った上でなければなるまい。
そしてそのような人々を頼りとし続けることで、自らが世間ずれによって
あまりにも低能化してしまうことを防いでいかねばならないのである。
こちらの情報処理能力が並外れた域に達してしまっているという自覚もあるが。
さりとて、一般社会の平均的な情報処理速度もまた健常ではなく、
洗脳支配や集団ヒステリーや高齢化によって、世の中を健全に営んで行くにも
値しないほど情報処理能力がガタ落ちした界隈ばかりになってしまっているという側面もある。
今の俺などは、昔でいう出家級(今の所帯持ちが当たり前な出家ではなく)に
滞りのない情報処理体制を整えているからこその理想値状態であるわけで、
それはそれで、世間に埋没して働きながらでも十分に保てるものではないだろう。
超俗状態だからこそ高い情報処理能力を保てているものと、
世俗の渦中だからといって過度にそれが落ち過ぎているものとの中間、
世間に深く関わり入りながらも、世の中を健全に営んで行けるだけの情報力を
保ち続けられる者こそが、実務面から世の中を主導して行く適任者たるのである。
仮に俺などがそうなろうとした場合、やはり今よりは情報力が少なからず落ちるだろうから、
然るべき有志の出家者などに、今までの自らの領分を譲った上でなければなるまい。
そしてそのような人々を頼りとし続けることで、自らが世間ずれによって
あまりにも低能化してしまうことを防いでいかねばならないのである。
今だと、AIがその出家者に該当するような情報処理の拠り所として
機能しそうなようにも思われるけれども、そこでもやはり、
AIに情報処理をさせる手練れとしての人間が必要となるだろう。
そのような人間はやはり、世俗に埋没している状態では十分な職務が務まらず、
特に集団ヒステリーによる派閥の盤石化を目論むような界隈に付き合わされようものなら、
中抜きのせいでCOCOAみたいなコロナ感染情報アプリしか作れなかったようなことになるだろう。
AIのようなシギントでの情報処理を管理する人々には、超俗的な隠棲を強いる代わりに、
そこでの生活を保障する特権を付与などする必要が出て来る。それは結局、
古来の寺社制度などとも近似したものとなるだろうし、むしろあえてさせるべきである。
機能しそうなようにも思われるけれども、そこでもやはり、
AIに情報処理をさせる手練れとしての人間が必要となるだろう。
そのような人間はやはり、世俗に埋没している状態では十分な職務が務まらず、
特に集団ヒステリーによる派閥の盤石化を目論むような界隈に付き合わされようものなら、
中抜きのせいでCOCOAみたいなコロナ感染情報アプリしか作れなかったようなことになるだろう。
AIのようなシギントでの情報処理を管理する人々には、超俗的な隠棲を強いる代わりに、
そこでの生活を保障する特権を付与などする必要が出て来る。それは結局、
古来の寺社制度などとも近似したものとなるだろうし、むしろあえてさせるべきである。
今でもNSAのデータセンターなどは、ユタ州のほかに何もないような荒野に設置
されているのだが、そんな所での開発管理などに真剣でい続けられるような俗人も
そうはいないために、時にはスノーデンみたいな離反者までもが出現しかねない。
そこにはただの超俗ではなく、聖域としての意義すらをも認めるようにすべきだし、
データ処理だけではそこまでする価値が認められないようであれば、従事者たちに、
本当に出家修行なみの精進もまた併修させるようにもすべきである。
「誰がそんな者やりたがるのか?」といえば、それは昔の僧正なみに立派な権威として
崇敬された場合にのみ、ゲリラ的な散発頼みでもなく輩出されて行くものである。
仮に有志が相当数いた所で、権威なきままなら目減りまでは免れ得ぬものだから。
されているのだが、そんな所での開発管理などに真剣でい続けられるような俗人も
そうはいないために、時にはスノーデンみたいな離反者までもが出現しかねない。
そこにはただの超俗ではなく、聖域としての意義すらをも認めるようにすべきだし、
データ処理だけではそこまでする価値が認められないようであれば、従事者たちに、
本当に出家修行なみの精進もまた併修させるようにもすべきである。
「誰がそんな者やりたがるのか?」といえば、それは昔の僧正なみに立派な権威として
崇敬された場合にのみ、ゲリラ的な散発頼みでもなく輩出されて行くものである。
仮に有志が相当数いた所で、権威なきままなら目減りまでは免れ得ぬものだから。
CIA最上級幹部職員、7人中6人が中華に買収済み
https://news.livedoor.com/article/detail/25021873...
たとえ異民族に中原を征服されようとも、
そこから帝国全体を中華ペースに染め上げるような真似(漢化)を
何百年と繰り返して来た連中にとっては、他国の諜報員の篭絡ぐらいわけもない。
しかも、相手もまた自分たちと同じように、仏道級の清廉主義などを忌み嫌い、
金融腐敗をも伴うような社会的栄華ばかりを好き好んでいる享楽主義者とあらば、
まるで白い綿布を豚の血で真っ赤に染め上げるように容易い篭絡ともなる。
さらに、中国人の大多数を占めている黄色人種と、
アメリカ人の大多数を占めている白人や黒人とでは、
平均IQにも格段の差異があるものだし、いくら一部の超天才に頼っての
防衛などを試みようとも、ナウシカでオウムの大群に単騎で挑みながら
腐れ堕ちて踏み潰されて行った巨神兵のようでしかあり得ない。
別に、国全体が清廉主義に鞍替えしきらねばならないわけではないし、
江戸期の日本なども大多数は他力本願止まりの浮世であったわけだが。
それでも要所ゝの安全を担う人員ぐらいは、そこから隔絶されての、
本格の出家者にも準ずるような求道性を持ち合わせるのでなければ、
中華系が米国内の上流層に成り代わるのもそう遠くはないであろう。
https://news.livedoor.com/article/detail/25021873...
たとえ異民族に中原を征服されようとも、
そこから帝国全体を中華ペースに染め上げるような真似(漢化)を
何百年と繰り返して来た連中にとっては、他国の諜報員の篭絡ぐらいわけもない。
しかも、相手もまた自分たちと同じように、仏道級の清廉主義などを忌み嫌い、
金融腐敗をも伴うような社会的栄華ばかりを好き好んでいる享楽主義者とあらば、
まるで白い綿布を豚の血で真っ赤に染め上げるように容易い篭絡ともなる。
さらに、中国人の大多数を占めている黄色人種と、
アメリカ人の大多数を占めている白人や黒人とでは、
平均IQにも格段の差異があるものだし、いくら一部の超天才に頼っての
防衛などを試みようとも、ナウシカでオウムの大群に単騎で挑みながら
腐れ堕ちて踏み潰されて行った巨神兵のようでしかあり得ない。
別に、国全体が清廉主義に鞍替えしきらねばならないわけではないし、
江戸期の日本なども大多数は他力本願止まりの浮世であったわけだが。
それでも要所ゝの安全を担う人員ぐらいは、そこから隔絶されての、
本格の出家者にも準ずるような求道性を持ち合わせるのでなければ、
中華系が米国内の上流層に成り代わるのもそう遠くはないであろう。
今おまえらが遠吠えスレでやってることもまさに、
集団ヒステリーによる同調で余所者を締め出そうとしてる典型例だわな。
その波長に合わせられる者は仲間として認めて組み入れるが、
合わせない者は最悪、気違い扱いをしてでも追い出そうとする。
明らかに自分たちのほうがそうであるのだろうとも、
集団性への埋没による判断力の極度の低下でそんなことは無視し去り、
勝てば官軍負ければ賊軍の論理での無軌道な勝利の奪取ばかりを目論む。
その有り様たるや、政商の親玉といえども敵に回したがらないほど。
そもそもがこいつら自身もまた、その存在性から「この世の悪性癌細胞」で
あることを開き直っての偉ぶりであるわけだし、むしろ自分たちもその眷属
であることを踏まえれば、よそ様気取りばかりでいるわけにもいかないのである。
集団ヒステリーによる同調で余所者を締め出そうとしてる典型例だわな。
その波長に合わせられる者は仲間として認めて組み入れるが、
合わせない者は最悪、気違い扱いをしてでも追い出そうとする。
明らかに自分たちのほうがそうであるのだろうとも、
集団性への埋没による判断力の極度の低下でそんなことは無視し去り、
勝てば官軍負ければ賊軍の論理での無軌道な勝利の奪取ばかりを目論む。
その有り様たるや、政商の親玉といえども敵に回したがらないほど。
そもそもがこいつら自身もまた、その存在性から「この世の悪性癌細胞」で
あることを開き直っての偉ぶりであるわけだし、むしろ自分たちもその眷属
であることを踏まえれば、よそ様気取りばかりでいるわけにもいかないのである。
このスレの本題は、おまえらがいくらでも考察元となるようなネタを
提供し続けてくれるんで、いくらでも語るに余りあるんだが、
そんなおまえら自身が「百聞は一見に如かず」の代表格でも
あり続けているもんだから、語るに落ちるを危惧する必要があるのが何ともな。
ただ、普通の人間は、おまえらやジャニーズや電通級の
集団ヒステリーを眼前に突き付けられると、恐れすくんで自分までもが
正常な判断力を失ってしまうようなことにもなりかねない。
(つまり、冷静な分析を間接的に読み解くしかない人間もいるだろうということ)
そこから取り込まれてしまうこともあれば、
下手に関わり合ってはいけない相手として遠ざけることもある。
提供し続けてくれるんで、いくらでも語るに余りあるんだが、
そんなおまえら自身が「百聞は一見に如かず」の代表格でも
あり続けているもんだから、語るに落ちるを危惧する必要があるのが何ともな。
ただ、普通の人間は、おまえらやジャニーズや電通級の
集団ヒステリーを眼前に突き付けられると、恐れすくんで自分までもが
正常な判断力を失ってしまうようなことにもなりかねない。
(つまり、冷静な分析を間接的に読み解くしかない人間もいるだろうということ)
そこから取り込まれてしまうこともあれば、
下手に関わり合ってはいけない相手として遠ざけることもある。
その両方がうまく作用するのが、大メディアにおける権益の貪りでもあり、
ジャニタレのような狂乱下の芸能人が独特の波長を帯びながらテレビ番組に出演し、
視聴者がそこに波長を合わさせられての絡め捕りなどがはかどる一方で、
現実社会でそんな相手に接近したりすることは逆に恐れ憚られる。
特に、加齢で精神力や思考力が衰えた年配の視聴者などを大量に囲い込みながら、
ごく少数の人間が外部から邪魔されることなく、肥大化した放送利権を寡占する。
全国放送級の大メディアなどはまさに、集団ヒステリーで結束しているような
集団こそを、本当に有能な集団などよりも重宝してしまう特質を帯びているのである。
それは、ジャニーズのような該当集団を一つや二つ潰してみたからといって
改善される所でもない。あくまで大メディア級の広告インフラそのものが
解体などの適切な措置を受けるのでなければ解消し得ない問題なのである。
ジャニタレのような狂乱下の芸能人が独特の波長を帯びながらテレビ番組に出演し、
視聴者がそこに波長を合わさせられての絡め捕りなどがはかどる一方で、
現実社会でそんな相手に接近したりすることは逆に恐れ憚られる。
特に、加齢で精神力や思考力が衰えた年配の視聴者などを大量に囲い込みながら、
ごく少数の人間が外部から邪魔されることなく、肥大化した放送利権を寡占する。
全国放送級の大メディアなどはまさに、集団ヒステリーで結束しているような
集団こそを、本当に有能な集団などよりも重宝してしまう特質を帯びているのである。
それは、ジャニーズのような該当集団を一つや二つ潰してみたからといって
改善される所でもない。あくまで大メディア級の広告インフラそのものが
解体などの適切な措置を受けるのでなければ解消し得ない問題なのである。
近世以前と近代以降の日本を比べれば、
昔のほうがよっぽど、記録を見ただけでも偉大だったと知れるような人々が数多くいた一方、
今は50年後にも名前が残ってなさそうな小人か、汚職や戦犯由来の汚名ぐらいしか
遺せなさそうな悪党ばかりしかいないのが実情である。
にもかかわらず、むしろ近代以降、特にナチスドイツが発明したプロパガンダ工作までもが
導入されて以降のメディア広告による名声の肥大化のほうが、昔よりもはるかに絶大で、
人間たち自身の根本からの偉大さと、広告の甚大さがほぼ相反した状態にあるともいえる。
これも別にただの偶然ではなく、「巧言令色鮮きは仁なり」とその逆とに、
それぞれの時代が降り切れていたがための必然であったのにも違いない。
昔も芸能娯楽で名を馳せるような者もまたいたにしろ、その全ては実社会での大業に
取り組んでいるような君子士人のそれよりも厳正に格下扱いとされていたのだった。
さりとて、当時の士大夫が存命中からの名声による栄華に酔いしれていたわけでもない。
生前から本名が知れ渡るのは縁起が悪いこととして、総員で通称(あざな)を用い、
あまり写実的な肖像を描いたりすることも忌み、大名級とあらばお目通り資格の持ち主まで制限した。
昔のほうがよっぽど、記録を見ただけでも偉大だったと知れるような人々が数多くいた一方、
今は50年後にも名前が残ってなさそうな小人か、汚職や戦犯由来の汚名ぐらいしか
遺せなさそうな悪党ばかりしかいないのが実情である。
にもかかわらず、むしろ近代以降、特にナチスドイツが発明したプロパガンダ工作までもが
導入されて以降のメディア広告による名声の肥大化のほうが、昔よりもはるかに絶大で、
人間たち自身の根本からの偉大さと、広告の甚大さがほぼ相反した状態にあるともいえる。
これも別にただの偶然ではなく、「巧言令色鮮きは仁なり」とその逆とに、
それぞれの時代が降り切れていたがための必然であったのにも違いない。
昔も芸能娯楽で名を馳せるような者もまたいたにしろ、その全ては実社会での大業に
取り組んでいるような君子士人のそれよりも厳正に格下扱いとされていたのだった。
さりとて、当時の士大夫が存命中からの名声による栄華に酔いしれていたわけでもない。
生前から本名が知れ渡るのは縁起が悪いこととして、総員で通称(あざな)を用い、
あまり写実的な肖像を描いたりすることも忌み、大名級とあらばお目通り資格の持ち主まで制限した。
ただメディア媒体が原始的で矮小だったのみならず、さらにそこから虚栄をあえて
避けるような各種の工夫までもが凝らされていた。それが君子の嗜みとされたがゆえに、
自動的に娯楽で虚名を馳せるような者もまたそれ相応の人種とのみ割り切られた。
全国全土の一般大衆が揃いも揃って、芸能人やスポーツ選手を世の中で最高の成功者として
持て囃すような状態は、さようなわきまえを欠いているがための痴態であるし、
そのための大メディア広告などが横行しているのもまた、同様な原因に基づくものである。
現状の大手テレビ局や広告代理店級の大メディアインフラは軒並み解体して、
地方局あたりを最大級のメディア止まりとするのが人間社会の情報流通の健全化のために、
まず試みられてしかるべきことではあるが、さらにそれに輪をかけて、そもそもメディア頼みでの
虚名による栄華などを好き好むのを恥とする風潮もまた盛り立てられて然るべきだといえる。
むしろ陰徳を積む心がけの持ち主が、死後何百何千年の後に美名を残すことのほうが、
真に偉大な人のあり様として尊ばれるような世の中へと立ち戻るべきなのである。
避けるような各種の工夫までもが凝らされていた。それが君子の嗜みとされたがゆえに、
自動的に娯楽で虚名を馳せるような者もまたそれ相応の人種とのみ割り切られた。
全国全土の一般大衆が揃いも揃って、芸能人やスポーツ選手を世の中で最高の成功者として
持て囃すような状態は、さようなわきまえを欠いているがための痴態であるし、
そのための大メディア広告などが横行しているのもまた、同様な原因に基づくものである。
現状の大手テレビ局や広告代理店級の大メディアインフラは軒並み解体して、
地方局あたりを最大級のメディア止まりとするのが人間社会の情報流通の健全化のために、
まず試みられてしかるべきことではあるが、さらにそれに輪をかけて、そもそもメディア頼みでの
虚名による栄華などを好き好むのを恥とする風潮もまた盛り立てられて然るべきだといえる。
むしろ陰徳を積む心がけの持ち主が、死後何百何千年の後に美名を残すことのほうが、
真に偉大な人のあり様として尊ばれるような世の中へと立ち戻るべきなのである。
ここで俺がやっていることは何のかといえば、要するに「御触書」だ。
誰も好き好んで官報を書くわけでもなければ、読むわけでもないが、
情報開示の必要性のために、最低限程度の情報発信はしておく。
それを読むも読まぬも衆目側の自由ではあるが、
こちらの説明責任は果たされているが故に、
「知らなかった」どうのと言い逃れする余地は絶っている。
核戦争もこれ以上の人口爆発も、その他の破滅的末路も、
何もかも防止する手立て自体は存在するし、その具体的な手法も
再三にわたって詳述し続けて来たが、それでもそれを聞き入れることなく、
好き好んでの自業自得の自滅に陥るのであれば、そこにはもはや、
「何でことなことに・・・」などと嘆く余地もまた微塵もない。
その準備を徹底的に整え尽くしておくことで、こちらもまた、
いざ死傷級の犠牲を伴うような討伐の必要に迫られるのだろうとも、
過失犯への処罰ならではの後味の悪さなどを排除し抜くことができる。
巧言令色やそれによる虚栄を乞い求めるような真似を極力忌み避ける
君子士人といえども、さような理由で情報発信を試みることはある。
それこそが、遠い後の世に至るまで語り継がれるべきような格言ともなるのだが。
誰も好き好んで官報を書くわけでもなければ、読むわけでもないが、
情報開示の必要性のために、最低限程度の情報発信はしておく。
それを読むも読まぬも衆目側の自由ではあるが、
こちらの説明責任は果たされているが故に、
「知らなかった」どうのと言い逃れする余地は絶っている。
核戦争もこれ以上の人口爆発も、その他の破滅的末路も、
何もかも防止する手立て自体は存在するし、その具体的な手法も
再三にわたって詳述し続けて来たが、それでもそれを聞き入れることなく、
好き好んでの自業自得の自滅に陥るのであれば、そこにはもはや、
「何でことなことに・・・」などと嘆く余地もまた微塵もない。
その準備を徹底的に整え尽くしておくことで、こちらもまた、
いざ死傷級の犠牲を伴うような討伐の必要に迫られるのだろうとも、
過失犯への処罰ならではの後味の悪さなどを排除し抜くことができる。
巧言令色やそれによる虚栄を乞い求めるような真似を極力忌み避ける
君子士人といえども、さような理由で情報発信を試みることはある。
それこそが、遠い後の世に至るまで語り継がれるべきような格言ともなるのだが。
今の世の惨状を、直接どうにかできるような立場にある者ほど、
世の中を破滅級の荒廃に陥れて来た張本人ばかりであるために、
どうにかするのならまず、自分たちが自決しなければならないというジレンマがある。
世の中から権益を吸い上げることで自分たちが経済的に肥え太る、
この世の癌細胞人種でいながら、今の世の支配層をも気取っているために、
自分たちが今以上に立場や身命を脅かされる制裁を、自分たち自身で執り行うのでなければ、
ただの一寸ほどにも世の中のほうを改善すること能わないという、身も蓋もない状況に置かれている。
その凶悪さを恥じて速やかに自決できるほどできた人間なら、
始めからそんな立場になろうともしないわけで、それゆえにほぼ全員が己が身の程を開き直り、
濁世の加害者側でいながら被害者を見下して悦に入るような、勧善懲悪の時代劇でも、
よくできた名作なら出てこない域の稚拙な悪党ぶりを見せつけるばかりでいる。
基本的に聞く耳持てるような人種ではないというのは、こちらも分かっているが、
どこまででも他人に責任を押し付けて自分だけは逃げ延びてやろうとするような連中でもあること、
行き着くところまで行き着いて自滅に見舞われる時に、決して言い逃れなどさせないだけの
理論武装や、それに基づく最低限以上の説明責任の履行に勤めて置くことで、
土壇場に後味の悪さなどが少しも残らないようにしているのである。
世の中を破滅級の荒廃に陥れて来た張本人ばかりであるために、
どうにかするのならまず、自分たちが自決しなければならないというジレンマがある。
世の中から権益を吸い上げることで自分たちが経済的に肥え太る、
この世の癌細胞人種でいながら、今の世の支配層をも気取っているために、
自分たちが今以上に立場や身命を脅かされる制裁を、自分たち自身で執り行うのでなければ、
ただの一寸ほどにも世の中のほうを改善すること能わないという、身も蓋もない状況に置かれている。
その凶悪さを恥じて速やかに自決できるほどできた人間なら、
始めからそんな立場になろうともしないわけで、それゆえにほぼ全員が己が身の程を開き直り、
濁世の加害者側でいながら被害者を見下して悦に入るような、勧善懲悪の時代劇でも、
よくできた名作なら出てこない域の稚拙な悪党ぶりを見せつけるばかりでいる。
基本的に聞く耳持てるような人種ではないというのは、こちらも分かっているが、
どこまででも他人に責任を押し付けて自分だけは逃げ延びてやろうとするような連中でもあること、
行き着くところまで行き着いて自滅に見舞われる時に、決して言い逃れなどさせないだけの
理論武装や、それに基づく最低限以上の説明責任の履行に勤めて置くことで、
土壇場に後味の悪さなどが少しも残らないようにしているのである。
前スレの不真面目へのオナメン呼ばわりもそうだが、
このスレの主題もまた、今のような濁世で強権をほしいままにしているような連中が、
個人としての強さや能力の高さではなく、むしろ心の弱さを原因としたヒスによる
集団での結託によって強勢化しているという本質の所を突くことで、
当人たちの身の程知らずな思い上がりを挫く目的が備わっている。
こんな時代に高い立場や収入を得て、軽井沢あたりに別荘まで構えたりしているのには、
それなりの元手があったのには違いないが、それ自体が誇るべきようなものではない。
むしろ有能や強者の勇躍を損ねてでも、弱者ばかりがヒスによる結託で社会的上位へと
上り詰め、この世の春を謳歌するようなことがある。それがまさに今この時代でもあるが故に、
無能が分不相応な権益を牛耳ることによる、社会全体の破綻までもが招かれているのである。
このスレの主題もまた、今のような濁世で強権をほしいままにしているような連中が、
個人としての強さや能力の高さではなく、むしろ心の弱さを原因としたヒスによる
集団での結託によって強勢化しているという本質の所を突くことで、
当人たちの身の程知らずな思い上がりを挫く目的が備わっている。
こんな時代に高い立場や収入を得て、軽井沢あたりに別荘まで構えたりしているのには、
それなりの元手があったのには違いないが、それ自体が誇るべきようなものではない。
むしろ有能や強者の勇躍を損ねてでも、弱者ばかりがヒスによる結託で社会的上位へと
上り詰め、この世の春を謳歌するようなことがある。それがまさに今この時代でもあるが故に、
無能が分不相応な権益を牛耳ることによる、社会全体の破綻までもが招かれているのである。
それでも、今まさに自分たちが昔の天皇将軍をも上回るほどの栄華に
与れていることを以ての、思い上がりに駆られるのには変わりないのだろうが。
おまえらが思い上がりを盤石化させる根拠はそもそも、そこにしかない。
そのために積み重ねて来た努力なんかも、別に人並み以上なわけでもないし、
ただ人並み以上にヒスによってでも結託したがるような、悪趣味志向が強いと
いうだけの理由で成功者たり得て来たのが実情なのだから、むしろそうであることは
今のジャニタレなどと同じように、心底恥に思わねばならないぐらいなのである。
それによって、個人的な栄華による驕り高ぶりを打ち消すぐらいの勢いでな。
与れていることを以ての、思い上がりに駆られるのには変わりないのだろうが。
おまえらが思い上がりを盤石化させる根拠はそもそも、そこにしかない。
そのために積み重ねて来た努力なんかも、別に人並み以上なわけでもないし、
ただ人並み以上にヒスによってでも結託したがるような、悪趣味志向が強いと
いうだけの理由で成功者たり得て来たのが実情なのだから、むしろそうであることは
今のジャニタレなどと同じように、心底恥に思わねばならないぐらいなのである。
それによって、個人的な栄華による驕り高ぶりを打ち消すぐらいの勢いでな。
畢竟、金カネによる栄華だけが取り柄なのだが、
そこにすべてが還元された場合の自分たちの醜悪さもまた
それなりに察しているために、あらゆる手を使ってそれを粉飾しようとする。
非常に典型的なのが、宝物への愛好などは避けておくという部類の心がけ。
余り金カネは貯め込むか、もしくは車や旅行のように対価相応の消費価値が
明らかに見込めるような商品に対してのみ費やすことを旨とする。
「存在価値と利用価値は相反する」という主題のスレで述べたように、
人にしろ物にしろ、歴史的名画などのほうがケツ拭く紙にもならない一方、
トイレットペーパーこそは糞尿まみれになって下水に流されて行くに値するような、
価値の相反性が存在するもので、虚栄好みな見栄っ張りはもちろん後者系の物品ばかりを好む。
そこにすべてが還元された場合の自分たちの醜悪さもまた
それなりに察しているために、あらゆる手を使ってそれを粉飾しようとする。
非常に典型的なのが、宝物への愛好などは避けておくという部類の心がけ。
余り金カネは貯め込むか、もしくは車や旅行のように対価相応の消費価値が
明らかに見込めるような商品に対してのみ費やすことを旨とする。
「存在価値と利用価値は相反する」という主題のスレで述べたように、
人にしろ物にしろ、歴史的名画などのほうがケツ拭く紙にもならない一方、
トイレットペーパーこそは糞尿まみれになって下水に流されて行くに値するような、
価値の相反性が存在するもので、虚栄好みな見栄っ張りはもちろん後者系の物品ばかりを好む。
それが、自分たちが金カネばかりに囚われない清貧の実践者である根拠だなどと
思い込むことで、金銭的な栄華以外に何の取り柄もない己が空しさを誤魔化そうとするのだが。
本物の清貧は決してそんなものではなく、そもそも無闇やたらな金儲けなどに
走ることから避けるものである。それとは逆に、金カネ自体は稼げる限りに稼いでおいて、
虚栄の空しさから目を背けるために宝物好みぐらいは避けておくなんていうのは、
宝物の子々孫々への継承のような堅実な資産運用に取り組む場合以上に下劣な、
最底辺の成金趣味以外の何者でもないといえるのである。
虚栄好みの見栄っ張りは逆に、宝物好みのほうを成金趣味だなどと思い込みがちだが、
むしろ儲けながらそれだけは避けようとしているおまえこそが、それ未満の外道だと知るべきなのである。
思い込むことで、金銭的な栄華以外に何の取り柄もない己が空しさを誤魔化そうとするのだが。
本物の清貧は決してそんなものではなく、そもそも無闇やたらな金儲けなどに
走ることから避けるものである。それとは逆に、金カネ自体は稼げる限りに稼いでおいて、
虚栄の空しさから目を背けるために宝物好みぐらいは避けておくなんていうのは、
宝物の子々孫々への継承のような堅実な資産運用に取り組む場合以上に下劣な、
最底辺の成金趣味以外の何者でもないといえるのである。
虚栄好みの見栄っ張りは逆に、宝物好みのほうを成金趣味だなどと思い込みがちだが、
むしろ儲けながらそれだけは避けようとしているおまえこそが、それ未満の外道だと知るべきなのである。
金カネがすべてな連中、金カネがすべてと化してしまった濁世について
語っているからこそ、金カネについての話が多くに上ってしまうというのに、
それが自分たちのせいであることも棚に上げての、俺個人への俗物呼ばわりに
明け暮れたりするのもまた、狂乱の徒ならではの所業だといえる。
「自分も今の世の中に順応してジャブジャブと稼ぎまわってますが、
宝物好みぐらいは避けてるので清廉です。成金でも守銭奴でもありましぇん」
などという、文字に起こしてみればふざけ切った論理破綻を頼りに自己正当化を
決め込んでいるだけの、オナニーメンタルたけなわな人種であるのが明白なだけ。
むしろ宝物骨董のような、金銭的価値の権化ともいえるような物品から目を背けることで、
自分たちが乞い求め続けているものの本質から目を背けているところまで含めて、
ステレオタイプな成金像をもはるかに凌駕する、最低最悪な守銭奴の姿なのである。
明白な自己破綻を心中の拠り所にしているような大欠点の持ち主であることからも、
そうであることが自明ではあるのだけれども、オナメンとしての不真面目の限りを尽くし、
ヒスによる結託で同志集団に埋没するほど迷妄の盤石化措置を講じている中では、
そうであることを完全に見失っての、本当は無根拠な思い上がりを募らせるのである。
語っているからこそ、金カネについての話が多くに上ってしまうというのに、
それが自分たちのせいであることも棚に上げての、俺個人への俗物呼ばわりに
明け暮れたりするのもまた、狂乱の徒ならではの所業だといえる。
「自分も今の世の中に順応してジャブジャブと稼ぎまわってますが、
宝物好みぐらいは避けてるので清廉です。成金でも守銭奴でもありましぇん」
などという、文字に起こしてみればふざけ切った論理破綻を頼りに自己正当化を
決め込んでいるだけの、オナニーメンタルたけなわな人種であるのが明白なだけ。
むしろ宝物骨董のような、金銭的価値の権化ともいえるような物品から目を背けることで、
自分たちが乞い求め続けているものの本質から目を背けているところまで含めて、
ステレオタイプな成金像をもはるかに凌駕する、最低最悪な守銭奴の姿なのである。
明白な自己破綻を心中の拠り所にしているような大欠点の持ち主であることからも、
そうであることが自明ではあるのだけれども、オナメンとしての不真面目の限りを尽くし、
ヒスによる結託で同志集団に埋没するほど迷妄の盤石化措置を講じている中では、
そうであることを完全に見失っての、本当は無根拠な思い上がりを募らせるのである。
刀剣登録証の名義変更って、
3500円の手数料だけで済むのもひょっとして知らない?
3500円の手数料だけで済むのもひょっとして知らない?
「金カネは好きなのに宝物嫌い」
そういう連中がいざ、配偶者や子供を得てみたところで、
やはりそこに金カネそのもの以上の価値は見いだせず、
同居や扶養してやってるだけの対価に相応の幸福も感じられないことからの
不和や離婚、児童虐待その他からの家庭崩壊に陥ったりもするのである。
人も物も、実物がある点では同じだから、
実物以上に額面上の数値のほうをより好き好んでしまうような人間であれば、
宝物などをさして好めないのと同じように、実物のヒトもまたそう懇ろな愛好対象にはできない。
それでも世間体のための見栄っ張りによって、妻子を愛しているような風で
いようとしたりはするが、所詮は演技どまりでしかなく、内面にはさっさと
何もかも放り出してしまいたい思いからのストレスばかりを募らせてしまう。
そこからまたストレスの発散を実社会でのヒスな振る舞いなどに振り向けて行き、
不毛な派閥争いなどを激化させての、俗社会全体の腐敗にも加担して行くこととなる。
極度の金カネ好きは宝物嫌いのみならず、人間全般への愛着をも大いに損ねての、
社会全体の殺伐化にも与するのが常であり、それこそが心神喪失級の病理をも伴う、
人間精神の戦闘状態以上に悲惨な荒廃の極みともなるのである。
そういう連中がいざ、配偶者や子供を得てみたところで、
やはりそこに金カネそのもの以上の価値は見いだせず、
同居や扶養してやってるだけの対価に相応の幸福も感じられないことからの
不和や離婚、児童虐待その他からの家庭崩壊に陥ったりもするのである。
人も物も、実物がある点では同じだから、
実物以上に額面上の数値のほうをより好き好んでしまうような人間であれば、
宝物などをさして好めないのと同じように、実物のヒトもまたそう懇ろな愛好対象にはできない。
それでも世間体のための見栄っ張りによって、妻子を愛しているような風で
いようとしたりはするが、所詮は演技どまりでしかなく、内面にはさっさと
何もかも放り出してしまいたい思いからのストレスばかりを募らせてしまう。
そこからまたストレスの発散を実社会でのヒスな振る舞いなどに振り向けて行き、
不毛な派閥争いなどを激化させての、俗社会全体の腐敗にも加担して行くこととなる。
極度の金カネ好きは宝物嫌いのみならず、人間全般への愛着をも大いに損ねての、
社会全体の殺伐化にも与するのが常であり、それこそが心神喪失級の病理をも伴う、
人間精神の戦闘状態以上に悲惨な荒廃の極みともなるのである。
登録証だけ晒したって、名義変更が済んでる証拠にはならんだろ。
個人情報を晒さないことには成立しないような証明を求めていることにまだ気づかんのか?
そんな自己注意力のなさだから、嫁にもとっちめられるんだろうなあ。
それもまた、金カネの魔性に溺れたヒスにとっての宿命か。
個人情報を晒さないことには成立しないような証明を求めていることにまだ気づかんのか?
そんな自己注意力のなさだから、嫁にもとっちめられるんだろうなあ。
それもまた、金カネの魔性に溺れたヒスにとっての宿命か。
変更届出書は送付済みなんだから、手元にあるわけがないじゃん。
新しく買った刀のうちの一振りなんかは、
届出がすべて電子手続きで済ませられる所だったから、書類なんか始めから一つもないぞ。
申込完了通知メールにも「内容を他人に知られないように大切に保管してください」とある。
おまえらのほうがむしろ、個人情報保護法違反容疑の恐喝を試みているようだな。
新しく買った刀のうちの一振りなんかは、
届出がすべて電子手続きで済ませられる所だったから、書類なんか始めから一つもないぞ。
申込完了通知メールにも「内容を他人に知られないように大切に保管してください」とある。
おまえらのほうがむしろ、個人情報保護法違反容疑の恐喝を試みているようだな。
恐喝という言葉の意味も知らんのか
これだからゴミニートは
これだからゴミニートは
ヒスに駆られた人間の注意力や判断力はガタ落ちし、
自分で自分を窮地に陥れるような言動をも平気で繰り返すようになるという法則を、
あまりにも全身全霊をかけて体現してくれている者がこうしてここにもいるわけだが。
それは結局、個人としてみれば非常に弱い、虫けら同然のあり様であるが故に、
集団で群れ合うことでどうにか一人前以上たろうとする行動規範の原動力ともなる。
イワシが無数に集まって巨大な玉となったところで、所詮はイワシ止まりだから、
サメやイルカや漁師などにとっては入れ食い状態をもたらしてくれるだけではあるが、
それでも大集団で群れている以上は、単独でいるよりかはまだ自らの生存率が上がることに
安心感を抱いての、常日頃からの心細さの裏返しとしての思い上がりをも募らせるのである。
ジャニーズもビッグモーターも日大体育閥も、同業者や自分たちより立場の弱い相手に対しては
鬼悪魔のごとき暴虐の限りを尽くして来た一方で、より強大な外圧の前では容易く屈して
総崩れの状態を呈してしまっているのも、その正体がイワシ玉のごとき弱者の群れだからである。
自分で自分を窮地に陥れるような言動をも平気で繰り返すようになるという法則を、
あまりにも全身全霊をかけて体現してくれている者がこうしてここにもいるわけだが。
それは結局、個人としてみれば非常に弱い、虫けら同然のあり様であるが故に、
集団で群れ合うことでどうにか一人前以上たろうとする行動規範の原動力ともなる。
イワシが無数に集まって巨大な玉となったところで、所詮はイワシ止まりだから、
サメやイルカや漁師などにとっては入れ食い状態をもたらしてくれるだけではあるが、
それでも大集団で群れている以上は、単独でいるよりかはまだ自らの生存率が上がることに
安心感を抱いての、常日頃からの心細さの裏返しとしての思い上がりをも募らせるのである。
ジャニーズもビッグモーターも日大体育閥も、同業者や自分たちより立場の弱い相手に対しては
鬼悪魔のごとき暴虐の限りを尽くして来た一方で、より強大な外圧の前では容易く屈して
総崩れの状態を呈してしまっているのも、その正体がイワシ玉のごとき弱者の群れだからである。
個人としてみれば弱弱な上に、集団化したところで外圧相手には無力な
イワシ玉止まりな連中こそが、まだ十分な摘発を受けていないなどの理由によって、
「人も運に乗じては悪をなす(兵法家伝書)」の条件を満たすことがままある。
それはやはり、文民への過保護こそが一大原因となりがちな現象でもある。
>>49に書いた通り、決して全ての文民=文弱なのではなく、文弱⊂文民なだけである。
机上の文面への自己完結な陶酔に酔い痴れたりすることなく、実物の諸法実相への
尊重意識をよく温められる者は、武のわきまえがなくとも文弱の誹りを免れ得るし、
逆に武の実力行使の陶酔に酔い痴れたりすることなくそれを可能としている分だけ、
下手な武人よりも立派な人間であるとすら言えるのだが。
残念ながら、文民の保護というのはそのような立派な人間だけを
選別して保護するとは限らず、文弱も糞みそに保護してやったがための、
イワシ玉のごとき派閥の強大化による腐敗をも招きかねないのである。
洋学の政治思想に基づく文民統制などは、まさにその糞味噌な文民保護による腐敗を
最大級に助長して来た試みであるし、その反動としての戦前の日本の軍国化や、
米軍の利権保護を目的とした戦争の繰り返しなども招いてきたのだった。
イワシ玉止まりな連中こそが、まだ十分な摘発を受けていないなどの理由によって、
「人も運に乗じては悪をなす(兵法家伝書)」の条件を満たすことがままある。
それはやはり、文民への過保護こそが一大原因となりがちな現象でもある。
>>49に書いた通り、決して全ての文民=文弱なのではなく、文弱⊂文民なだけである。
机上の文面への自己完結な陶酔に酔い痴れたりすることなく、実物の諸法実相への
尊重意識をよく温められる者は、武のわきまえがなくとも文弱の誹りを免れ得るし、
逆に武の実力行使の陶酔に酔い痴れたりすることなくそれを可能としている分だけ、
下手な武人よりも立派な人間であるとすら言えるのだが。
残念ながら、文民の保護というのはそのような立派な人間だけを
選別して保護するとは限らず、文弱も糞みそに保護してやったがための、
イワシ玉のごとき派閥の強大化による腐敗をも招きかねないのである。
洋学の政治思想に基づく文民統制などは、まさにその糞味噌な文民保護による腐敗を
最大級に助長して来た試みであるし、その反動としての戦前の日本の軍国化や、
米軍の利権保護を目的とした戦争の繰り返しなども招いてきたのだった。
軍国化は軍国化で大いなる惨状を呈するのがすでに周知のことでもあるし、
(今でもまさにロシアや北鮮が身を以てそれを証明し続けてくれている)
文治を重んじることが世の中の平和や繁栄を司るというのは、別に洋学だけではなく、
儒学に基づくような上質な政治思想に基づいても是認されることなのだが。
文治の堅持のために文民を保護しながらも、文弱のヒスによる結託などまでもが
そこで強大化することによる腐敗を防ぐために必要な手筈というものが、また別にある。
儒学一つでも完璧にそれを実践対象にできるのなら、その条件を満たすのだが、
あまりにも実践手段が簡易であるために堕落を招きやすく、形骸化と共に、
儒教国教化時代の中国や朝魚羊のような腐敗にも陥りかねないものである。
仏道級にストイックな実践によって、文民保護から文弱保護だけを抜き去ることや、
武家時代の日本のように、武人こそが文治をよく重んじての為政に取り組むなどが、
数百年以上に清廉な文治を保ち続ける確実な手段となるものである。他にとりわけ
優れた手段があるわけでないのも、洋学の文民統制の挫折こそが教えてくれたのである。
(今でもまさにロシアや北鮮が身を以てそれを証明し続けてくれている)
文治を重んじることが世の中の平和や繁栄を司るというのは、別に洋学だけではなく、
儒学に基づくような上質な政治思想に基づいても是認されることなのだが。
文治の堅持のために文民を保護しながらも、文弱のヒスによる結託などまでもが
そこで強大化することによる腐敗を防ぐために必要な手筈というものが、また別にある。
儒学一つでも完璧にそれを実践対象にできるのなら、その条件を満たすのだが、
あまりにも実践手段が簡易であるために堕落を招きやすく、形骸化と共に、
儒教国教化時代の中国や朝魚羊のような腐敗にも陥りかねないものである。
仏道級にストイックな実践によって、文民保護から文弱保護だけを抜き去ることや、
武家時代の日本のように、武人こそが文治をよく重んじての為政に取り組むなどが、
数百年以上に清廉な文治を保ち続ける確実な手段となるものである。他にとりわけ
優れた手段があるわけでないのも、洋学の文民統制の挫折こそが教えてくれたのである。
>迷彩服着て日本刀を持って何考えてんだ?😡
>両親は知ってるのか?
>叔母は知ってるのか?
>妹は知ってるのか?
>ここで何を叫んでいたんだ!
>まともな人はどう思うか考えたことあるのか?
その通り。
もう一度言っておく。
>両親は知ってるのか?
>叔母は知ってるのか?
>妹は知ってるのか?
>ここで何を叫んでいたんだ!
>まともな人はどう思うか考えたことあるのか?
その通り。
もう一度言っておく。
精神攻撃としては意味があるかもしれないが、法的な摘発を含む、
実力行使としての意味合いは皆無な脅しによって相手をひるませようとする、
空手形の脅迫、恐喝に該当するような試みなどを幾度となく繰り返すのは、
自分たち自身はそれが精神的にこたえるような人種だからでもあるのに違いない。
他者からの誹謗中傷、悪口雑言が一切、精神面に悪影響を及ぼさなくなる
方法というものもまた一応は存在していて、今までにも何度も述べた通り、
「自分のことを理解していない相手からの毀誉褒貶は一切合切、真に受けない」
という心がけさえ十分であれば、非難の言葉などが心に響くことも全くなくなるものである。
しかし、これは自らの虚栄を一切合切、諦め去った人間にだけ可能な取り組みでもある。
虚栄心の持ち主は、自らのことを理解しているわけでもないような赤の他人からの、
上っ面の評価だけでも嬉しがれるような心境だからこそ、虚栄心の持ち主なのであり、
自分自身がそのようなままである以上は、無理解者からの全ての毀誉褒貶を真に受けない
などということは不可能なのであり、非難的な言葉だけを選別して真に受けないなどという、
辻褄が合わない自己暗示を試みては、心中で結局の所は傷心を募らせていくのが関の山なのである。
実力行使としての意味合いは皆無な脅しによって相手をひるませようとする、
空手形の脅迫、恐喝に該当するような試みなどを幾度となく繰り返すのは、
自分たち自身はそれが精神的にこたえるような人種だからでもあるのに違いない。
他者からの誹謗中傷、悪口雑言が一切、精神面に悪影響を及ぼさなくなる
方法というものもまた一応は存在していて、今までにも何度も述べた通り、
「自分のことを理解していない相手からの毀誉褒貶は一切合切、真に受けない」
という心がけさえ十分であれば、非難の言葉などが心に響くことも全くなくなるものである。
しかし、これは自らの虚栄を一切合切、諦め去った人間にだけ可能な取り組みでもある。
虚栄心の持ち主は、自らのことを理解しているわけでもないような赤の他人からの、
上っ面の評価だけでも嬉しがれるような心境だからこそ、虚栄心の持ち主なのであり、
自分自身がそのようなままである以上は、無理解者からの全ての毀誉褒貶を真に受けない
などということは不可能なのであり、非難的な言葉だけを選別して真に受けないなどという、
辻褄が合わない自己暗示を試みては、心中で結局の所は傷心を募らせていくのが関の山なのである。
>>111までの話に立ち返ってみれば、
そういう人種こそは文弱に該当するものでもある。
自分のことを本当に理解しているわけでもないような無知、無力の徒が発した
言葉であるのだろうとも、「すごい!」「偉い!」などと褒められれば気分が良くなり、
「馬鹿なw」「クズなw」などと貶されれば嫌な気分がして落ち込むのは、
それだけ、言葉そのものの自己完結な意味合いに酔い痴れているからでもある。
匿名ネット上の言い合いなんか、そのほとんどがお互いを理解し合えていないはずの
者同士の戯れに過ぎないのだから、その全てが空を切っているぐらいに考えるべきなのだが、
言葉そのものの独立的な威力に右往左往するような精神状態であれば、そうもいかない。
そのような連中こそが過度に躍起になってのレスバなどに興じ、
時には加藤や青葉やこいつのような暴発にまで至ることとなる。
それもまた本人たちが文弱であるが故に呈している痴態なのであり、
武によるのであれ仏によるのであれその他であれ、文言そのものに酔い痴れるような
心の弱さを矯正して行くことによって、そこからも卒業して行けるのである。
そういう人種こそは文弱に該当するものでもある。
自分のことを本当に理解しているわけでもないような無知、無力の徒が発した
言葉であるのだろうとも、「すごい!」「偉い!」などと褒められれば気分が良くなり、
「馬鹿なw」「クズなw」などと貶されれば嫌な気分がして落ち込むのは、
それだけ、言葉そのものの自己完結な意味合いに酔い痴れているからでもある。
匿名ネット上の言い合いなんか、そのほとんどがお互いを理解し合えていないはずの
者同士の戯れに過ぎないのだから、その全てが空を切っているぐらいに考えるべきなのだが、
言葉そのものの独立的な威力に右往左往するような精神状態であれば、そうもいかない。
そのような連中こそが過度に躍起になってのレスバなどに興じ、
時には加藤や青葉やこいつのような暴発にまで至ることとなる。
それもまた本人たちが文弱であるが故に呈している痴態なのであり、
武によるのであれ仏によるのであれその他であれ、文言そのものに酔い痴れるような
心の弱さを矯正して行くことによって、そこからも卒業して行けるのである。
>はあ?おまえを諭してんだよ
>何か気に障るの?
>迷彩服着て日本刀を持って何考えてんだ?😡
>両親は知ってるのか?
>叔母は知ってるのか?
>妹は知ってるのか?
>ここで何を叫んでいたんだ!
>まともな人はどう思うか考えたことあるのか?
>良心って持ってないの?
>昔に言った「愛なんていらねーよ、おまえらを滅ぼしつくせるまではな…」
>これはテロの予告なんだろ?今、着実に準備してるんだろう?犯罪者野郎!
その通り
>何か気に障るの?
>迷彩服着て日本刀を持って何考えてんだ?😡
>両親は知ってるのか?
>叔母は知ってるのか?
>妹は知ってるのか?
>ここで何を叫んでいたんだ!
>まともな人はどう思うか考えたことあるのか?
>良心って持ってないの?
>昔に言った「愛なんていらねーよ、おまえらを滅ぼしつくせるまではな…」
>これはテロの予告なんだろ?今、着実に準備してるんだろう?犯罪者野郎!
その通り
>はあ?おまえを諭してんだよ
>何か気に障るの?
>迷彩服着て日本刀を持って何考えてんだ?😡
>両親は知ってるのか?
>叔母は知ってるのか?
>妹は知ってるのか?
>ここで何を叫んでいたんだ!
>まともな人はどう思うか考えたことあるのか?
>良心って持ってないの?
>昔に言った「愛なんていらねーよ、おまえらを滅ぼしつくせるまではな…」
>これはテロの予告なんだろ?今、着実に準備してるんだろう?犯罪者野郎!
その通り、激しく同意
>何か気に障るの?
>迷彩服着て日本刀を持って何考えてんだ?😡
>両親は知ってるのか?
>叔母は知ってるのか?
>妹は知ってるのか?
>ここで何を叫んでいたんだ!
>まともな人はどう思うか考えたことあるのか?
>良心って持ってないの?
>昔に言った「愛なんていらねーよ、おまえらを滅ぼしつくせるまではな…」
>これはテロの予告なんだろ?今、着実に準備してるんだろう?犯罪者野郎!
その通り、激しく同意
>>46みたいな、俺の文章を読んでも何にも面白くない、
ただ不快感が残るだけなどという輩もまた、その内であるのではないか。
俺の文章は実際、俺自身もまた、文章自体が面白いものではないと思う。
文芸的な表現のうまさなどもなければ、人をいい気分にさせるような
上っ面の賞賛などもなく、不都合な真実を突き付ける批判的な言葉ばかりが多い。
そんな文章が読むだけで楽しいなんてことがあるはずがないと、俺でも思うが。
ただ万世のために泰平を開いて行くがごとき、現実上での優良な実践行為のための
準備や心構えに資する内容にはなっているはずだが、その点で同志であるような人間が、
英気や知見を養う目的で読めば、得られるものがあって面白いということはあるだろう。
これまた、文章そのものの面白さに酔い痴れたり、不快さに怒り狂ったりすることが
本位な文弱には務まらないことだし、そこで読む相手を選ぶ文言であることは、
こちらにとっても全く問題とする所ではなく、むしろ願ったり叶ったりな所である。
ただ不快感が残るだけなどという輩もまた、その内であるのではないか。
俺の文章は実際、俺自身もまた、文章自体が面白いものではないと思う。
文芸的な表現のうまさなどもなければ、人をいい気分にさせるような
上っ面の賞賛などもなく、不都合な真実を突き付ける批判的な言葉ばかりが多い。
そんな文章が読むだけで楽しいなんてことがあるはずがないと、俺でも思うが。
ただ万世のために泰平を開いて行くがごとき、現実上での優良な実践行為のための
準備や心構えに資する内容にはなっているはずだが、その点で同志であるような人間が、
英気や知見を養う目的で読めば、得られるものがあって面白いということはあるだろう。
これまた、文章そのものの面白さに酔い痴れたり、不快さに怒り狂ったりすることが
本位な文弱には務まらないことだし、そこで読む相手を選ぶ文言であることは、
こちらにとっても全く問題とする所ではなく、むしろ願ったり叶ったりな所である。
そろそろ連投荒らしとしての通報ぐらいはしとくかな。
自分のためというよりは、ここ全体の風紀のために。
自分のためというよりは、ここ全体の風紀のために。
前田敦子三十路で寝てない自慢
https://news.yahoo.co.jp/articles/62602bc508e35f3ab77f8...
ショートスリーパーはまとめて寝てる時間が短いだけで、
起床中にも隙あらば寝てるのが実情だとな。
隙あらば寝られるぐらい常日頃から脳活動が浅い上に、
それでもできるぐらいの仕事しかしてないってことなのか。
そんな連中を持て囃して来たような世の中が、
低生産性の激化からの不振に見舞われたのも当たり前だわな。
手塚や藤子や石ノ森みたいに、本当に寝ないでいたわけでもないんだし。
https://news.yahoo.co.jp/articles/62602bc508e35f3ab77f8...
ショートスリーパーはまとめて寝てる時間が短いだけで、
起床中にも隙あらば寝てるのが実情だとな。
隙あらば寝られるぐらい常日頃から脳活動が浅い上に、
それでもできるぐらいの仕事しかしてないってことなのか。
そんな連中を持て囃して来たような世の中が、
低生産性の激化からの不振に見舞われたのも当たり前だわな。
手塚や藤子や石ノ森みたいに、本当に寝ないでいたわけでもないんだし。
(>>123の続き)
言葉そのものが刃物のような実体性と共に突き刺さってくるかのように感じ、
自らもまたそれを踏まえて、他者を刃物で突き刺さんとするような発言を試みる。
そんな人間は文弱に過ぎるが故に、軍事などでもろくな能力を発揮することができない。
明らかに過度なパワハラなどは厳重に取り締まっていたとしても、
やはり訓練生たちを死傷級の危難に見舞わせないための厳しい指導というものが、
銃弾砲弾爆弾の飛び交う戦地での活動を想定する以上はある程度必要になってくる。
そのような、最低限以上の必要性があってかけられる厳しい言葉までもが、
言葉そのものに重きを置きすぎている文弱には、まるで刃物で切られたように感じられて、
いちいち打ちひしがれ続けた挙句に、最悪自殺にまで追い込まれてしまうことになる。
言葉そのものが刃物のような実体性と共に突き刺さってくるかのように感じ、
自らもまたそれを踏まえて、他者を刃物で突き刺さんとするような発言を試みる。
そんな人間は文弱に過ぎるが故に、軍事などでもろくな能力を発揮することができない。
明らかに過度なパワハラなどは厳重に取り締まっていたとしても、
やはり訓練生たちを死傷級の危難に見舞わせないための厳しい指導というものが、
銃弾砲弾爆弾の飛び交う戦地での活動を想定する以上はある程度必要になってくる。
そのような、最低限以上の必要性があってかけられる厳しい言葉までもが、
言葉そのものに重きを置きすぎている文弱には、まるで刃物で切られたように感じられて、
いちいち打ちひしがれ続けた挙句に、最悪自殺にまで追い込まれてしまうことになる。
そこまで行かずとも、いちいち過度にひるみ上がっているせいでの能力の停滞を招き、
それがまた厳しい指導を重ねられる原因となる悪循環にはまってしまうこととなる。
そうならないためにまず、言葉そのものはあくまでただの道具でしかない、
物事の実体性から乖離して不正に利用されることもあるのを見越した上での、
ある程度以上に割り切った話し方、聞き方を常日頃から心がけるようにしなければならない。
ネットもまた、そのような心がけをより養うための手段になることもあれば、
逆により文弱志向を悪化させてしまう原因にもなりかねないものだし、
全くの無防備ではえてして後者ばかりに陥ってしまいがちなものであるが故に、
そういう使い方をしてしまうのならやめたほうがいいということにもなるのである。
それがまた厳しい指導を重ねられる原因となる悪循環にはまってしまうこととなる。
そうならないためにまず、言葉そのものはあくまでただの道具でしかない、
物事の実体性から乖離して不正に利用されることもあるのを見越した上での、
ある程度以上に割り切った話し方、聞き方を常日頃から心がけるようにしなければならない。
ネットもまた、そのような心がけをより養うための手段になることもあれば、
逆により文弱志向を悪化させてしまう原因にもなりかねないものだし、
全くの無防備ではえてして後者ばかりに陥ってしまいがちなものであるが故に、
そういう使い方をしてしまうのならやめたほうがいいということにもなるのである。
近年「チー牛」などとも呼ばれて頻繁に見下されている、弱者男性という人種。
別に身体面がひ弱なだけなら、昔から似たような人種が一定数いて、
体育関係は捨ててかかる代わりに、知性派としてそれなりの地位を築き上げていた。
今日までやってた牧野富太郎の伝記ドラマに出てくる研究者たちもそうだし、
戦後でも団塊より一段下の所謂新人類世代などに、ひ弱でいながら研究職で
ノーベル賞級の業績を挙げて来た人々などが相当数存在するのである。
近年、取りざたされているような弱者男性にはそのような長所すらなく、
体力面だけでなく知力面でも、軟派なオタク文化ぐらいにしか見識が働かない、
「知性的弱者(頭が悪いのとは別)」とでも言うべき様相を呈してしまっている。
身体が弱くとも、知性面ぐらいはそれなりの権威者であろうとすらしないのは、
それこそ文人一般にも満たない、極度の文弱状態へと当人たちが追い込まれているからである。
別に身体面がひ弱なだけなら、昔から似たような人種が一定数いて、
体育関係は捨ててかかる代わりに、知性派としてそれなりの地位を築き上げていた。
今日までやってた牧野富太郎の伝記ドラマに出てくる研究者たちもそうだし、
戦後でも団塊より一段下の所謂新人類世代などに、ひ弱でいながら研究職で
ノーベル賞級の業績を挙げて来た人々などが相当数存在するのである。
近年、取りざたされているような弱者男性にはそのような長所すらなく、
体力面だけでなく知力面でも、軟派なオタク文化ぐらいにしか見識が働かない、
「知性的弱者(頭が悪いのとは別)」とでも言うべき様相を呈してしまっている。
身体が弱くとも、知性面ぐらいはそれなりの権威者であろうとすらしないのは、
それこそ文人一般にも満たない、極度の文弱状態へと当人たちが追い込まれているからである。
その原因には、大きく分けて二つが考えられる。
一つは、弱男などと呼ばれている男たちのほとんどが、国富の二割以下しか所有できず、
江戸時代平均の6割程度の所得水準を強いられている極貧層の次世代であること。
もう一つが、ネットでの情報中毒などによって、実体性からかけ離れた文面ばかりに心から
右往左往させられる、今までにここで書いてきたような脆弱さが根付いてしまっていること。
前者もまた、弱男の総数を増加させる原因にはなっていようが、
牧野富太郎のように、貧窮にも負けることなく大成した昔の学者もいることだし、
決してそれだけが全てなのではない。むしろ机上の文面に何もかもを還元して考えてしまうという、
後者の原因のほうが、弱男を弱男たらしめている決定的な原因であるにも違いないのである。
(牧野も日本中の草花という実物への懇ろな親しみこそを研究の気概にしていたのだし)
一つは、弱男などと呼ばれている男たちのほとんどが、国富の二割以下しか所有できず、
江戸時代平均の6割程度の所得水準を強いられている極貧層の次世代であること。
もう一つが、ネットでの情報中毒などによって、実体性からかけ離れた文面ばかりに心から
右往左往させられる、今までにここで書いてきたような脆弱さが根付いてしまっていること。
前者もまた、弱男の総数を増加させる原因にはなっていようが、
牧野富太郎のように、貧窮にも負けることなく大成した昔の学者もいることだし、
決してそれだけが全てなのではない。むしろ机上の文面に何もかもを還元して考えてしまうという、
後者の原因のほうが、弱男を弱男たらしめている決定的な原因であるにも違いないのである。
(牧野も日本中の草花という実物への懇ろな親しみこそを研究の気概にしていたのだし)
威力業務妨害つったら、おまえらのほうがここで幾度となく繰り返して来た疑いのある犯行じゃない。
結局、自分たち自身の性向に照らし合わせて考えてみたことばかりを書き殴ってるんだろうなあ。
直情径行で言ったことはそのままやってしまうことしかできない短絡さなども含め。
結局、自分たち自身の性向に照らし合わせて考えてみたことばかりを書き殴ってるんだろうなあ。
直情径行で言ったことはそのままやってしまうことしかできない短絡さなども含め。
もはや、日本社会に儒学の自覚的な実践者などは皆無だけれども、
幕末に儒者の立場から倒幕という体制転覆を扇動した第一人者である
吉田松陰が陽明学派だったこともあって、その目論見が成功した
明治以降の日本においては、直情径行を陽明学の知行合一論で正当化
するような連中ばかりが跋扈するようになったし、それと似た傾向は、
儒学の直接的な影響が極限まで排された昨今においても変わらないままでいる。
人間、考えた通り言った通り聞いた通りに行うべき時もあれば、そうでない時もある。
冉有のような奥手で消極的な人間であればそれを心がけるべきである一方、
子路のような直情径行の気ケがある人間ならもっと思慮を張り巡らせるべきだと
孔子も述べていた通り(先進第十一・二一)、どちらでさえあればいいなどと
いうことは少しもないのだが、近代以降の日本人たるや、自分たちの多動な傾向を
正当化して開き直ることばかりに終始し、後を顧みもしないのを美徳とまでし始めた。
幕末に儒者の立場から倒幕という体制転覆を扇動した第一人者である
吉田松陰が陽明学派だったこともあって、その目論見が成功した
明治以降の日本においては、直情径行を陽明学の知行合一論で正当化
するような連中ばかりが跋扈するようになったし、それと似た傾向は、
儒学の直接的な影響が極限まで排された昨今においても変わらないままでいる。
人間、考えた通り言った通り聞いた通りに行うべき時もあれば、そうでない時もある。
冉有のような奥手で消極的な人間であればそれを心がけるべきである一方、
子路のような直情径行の気ケがある人間ならもっと思慮を張り巡らせるべきだと
孔子も述べていた通り(先進第十一・二一)、どちらでさえあればいいなどと
いうことは少しもないのだが、近代以降の日本人たるや、自分たちの多動な傾向を
正当化して開き直ることばかりに終始し、後を顧みもしないのを美徳とまでし始めた。
ここにいる連中も、陽明学の確信的な愛好者であるかなどとは無関係に、
ただひたすら行動的で、そのためには思慮を欠くことも辞さない自分たちの性向を
恥じることもなく、逆に俺などの他者にまで押し付けて来ている始末だけれども。
そんな自分たちの愚かさと照らし合わせてみればこそ、これからの時代に成し得る
革命などというものを具体的に論じている俺などが、ろくな準備も機縁もない内から
その実践を試みて、凶悪事件やテロの犯人になることを恐れるような体でもいる。
そんな真似は絶対に犯さない、伝承上の殷周革命なみに、誰しもに心の底から望まれて、
まるで立て板に水を流すように何もかもがうまくいくような段階でもない限りは
決して実行に移さないと、いくらこちらが明言しようとも、自分たちが歴史に関して
不勉強に過ぎる上に、言ったことは即実行に移してしまうADHD系の徒であるために、
そんなことは未だ想像もつかないままで、妄想上の俺への非難ばかりを試みているのである。
ただひたすら行動的で、そのためには思慮を欠くことも辞さない自分たちの性向を
恥じることもなく、逆に俺などの他者にまで押し付けて来ている始末だけれども。
そんな自分たちの愚かさと照らし合わせてみればこそ、これからの時代に成し得る
革命などというものを具体的に論じている俺などが、ろくな準備も機縁もない内から
その実践を試みて、凶悪事件やテロの犯人になることを恐れるような体でもいる。
そんな真似は絶対に犯さない、伝承上の殷周革命なみに、誰しもに心の底から望まれて、
まるで立て板に水を流すように何もかもがうまくいくような段階でもない限りは
決して実行に移さないと、いくらこちらが明言しようとも、自分たちが歴史に関して
不勉強に過ぎる上に、言ったことは即実行に移してしまうADHD系の徒であるために、
そんなことは未だ想像もつかないままで、妄想上の俺への非難ばかりを試みているのである。
自分たち自身が直情径行の多動である
↓
相手が革命を肯定するようなことを言っている
↓
こいつは必ず革命を起こすのに違いない!
人間であればIQ60程度に該当するとされるチンパンジーにも、
自己と他者を区別する能力があることが鏡映認知実験などによって
判明していることだし、まさにチンパン未満の判断力の所産だといえる。
↓
相手が革命を肯定するようなことを言っている
↓
こいつは必ず革命を起こすのに違いない!
人間であればIQ60程度に該当するとされるチンパンジーにも、
自己と他者を区別する能力があることが鏡映認知実験などによって
判明していることだし、まさにチンパン未満の判断力の所産だといえる。
俺が、極端に深くて長い深謀遠慮の徒である上に、
そこから一歩たりとも譲る気がないからこそ、
ここでは直情径行の徒との断絶が明確化している上に、
そちら側の多動さに侵されるようなこともなくて済んでいるが。
仮に、相手がそこまで徹底的に慎重さを期しているわけではない上に、
実社会で自分たちのほうが上の立場からの取り込みを試みたりするようなら、
まるで喜多川にグルーミングされていたジャニタレたちのように、
相手を自分たち側に引き入れての同類化などもまた可能となるであろう。
世の中全体がADHD系ばかりを持て囃し、思慮深い人間などは全員
アスペ扱いなどに処しての実質的な被差別下に置くような潮流でもあることだし、
全体の過半数以上を、その狂乱の渦中へと引きずり込むことすら不可能ではないが。
中抜きピンハネの徒だけで世の中が成り立つわけもないように、
その手の低生産性極まるヒスの派閥が強大化し過ぎれば、
それはそのまま世の中全体の閉塞からの破綻を招く原因にもなりかねないもので、
日本は実際にそうなりつつあるし、世界はそういう派閥と、
世の中の安定を第一とする古来の派閥の相乗による人口爆発を続けてやまないでいる。
そこから一歩たりとも譲る気がないからこそ、
ここでは直情径行の徒との断絶が明確化している上に、
そちら側の多動さに侵されるようなこともなくて済んでいるが。
仮に、相手がそこまで徹底的に慎重さを期しているわけではない上に、
実社会で自分たちのほうが上の立場からの取り込みを試みたりするようなら、
まるで喜多川にグルーミングされていたジャニタレたちのように、
相手を自分たち側に引き入れての同類化などもまた可能となるであろう。
世の中全体がADHD系ばかりを持て囃し、思慮深い人間などは全員
アスペ扱いなどに処しての実質的な被差別下に置くような潮流でもあることだし、
全体の過半数以上を、その狂乱の渦中へと引きずり込むことすら不可能ではないが。
中抜きピンハネの徒だけで世の中が成り立つわけもないように、
その手の低生産性極まるヒスの派閥が強大化し過ぎれば、
それはそのまま世の中全体の閉塞からの破綻を招く原因にもなりかねないもので、
日本は実際にそうなりつつあるし、世界はそういう派閥と、
世の中の安定を第一とする古来の派閥の相乗による人口爆発を続けてやまないでいる。
どちらにしたって、直情径行、ADHD系を開き直っての
虚栄を志すようなヒスの派閥が強大化しすぎることが、
人間社会にとっての致命的な害悪となることには変わりがない。
ある種の深謀遠慮が、混迷の時代を泰平へと導く直接的な手段たる
ということももちろんあるが、ただそれだけでなく、世の中全体が
深謀遠慮を直情径行などよりもよく尊重できる潮流へと正されることが、
ヒスの派閥の強大化による世間の荒廃を抑止する糧ともなる。
故に、自分自身がさしたる知恵者であるわけでもないような連中に至るまで、
微妙不可思議な仏の智慧を尊んで行けるような慣習を根付かせておくことにも、
達者が独自に高遠な知性を育んで行くのとはまた格別の意義があると言える。
念仏信仰のような定型化された慣習付けによってであっても、
そのような尊重意識が万人に育まれようものなら、信仰上の仏様に限らず、
深謀遠慮一般を直情径行一般よりも尊重できるようにもなるはずである。
逆に、それができないような信仰などはカルト止まりとして廃絶すべきでもある。
虚栄を志すようなヒスの派閥が強大化しすぎることが、
人間社会にとっての致命的な害悪となることには変わりがない。
ある種の深謀遠慮が、混迷の時代を泰平へと導く直接的な手段たる
ということももちろんあるが、ただそれだけでなく、世の中全体が
深謀遠慮を直情径行などよりもよく尊重できる潮流へと正されることが、
ヒスの派閥の強大化による世間の荒廃を抑止する糧ともなる。
故に、自分自身がさしたる知恵者であるわけでもないような連中に至るまで、
微妙不可思議な仏の智慧を尊んで行けるような慣習を根付かせておくことにも、
達者が独自に高遠な知性を育んで行くのとはまた格別の意義があると言える。
念仏信仰のような定型化された慣習付けによってであっても、
そのような尊重意識が万人に育まれようものなら、信仰上の仏様に限らず、
深謀遠慮一般を直情径行一般よりも尊重できるようにもなるはずである。
逆に、それができないような信仰などはカルト止まりとして廃絶すべきでもある。
カルト信者の浅慮さと、無信仰のそれはそう変わるものでもなく、
ただ科学法則に反するものすら信じているか否か程度の違いだけがある。
今は必ずしもそうではないが、本格の仏門での得度は、
在俗での学問修養ぐらいは最上級の所まですべてやり終えた、
無学(もはや学ぶものが無い)の域にある者の嗜みとされていた。
仏学それ自体に科学や洋学が含まれているわけではないが、
そういった俗世間の雑学にも精通できるぐらいの知恵者こそが
聖道門の仏者たるべきというのが大前提としてあり、他力本願として
仏の智慧を尊ぶというのも、そのようなあり方こそを尊ぶという意味なのである。
だから、ちゃんとした仏教信仰が非科学的なものまで信じ込む
カルトであるなどということは、自力他力を問わず許されないことだし、
科学に限らず、世のため人のため自分のためとなる叡知を養い抜いている
ような相手を全般的に尊重し、やもすれば自らもまた身を呈してそれを
目指すという点だけが、まったくの無信仰者一般とは違う点となる。
必ずしも仏道に頼らずとも、似たような効用が期待できるのならその他の
手段でもいいし、実際に儒学なども多少はそういった存在性を帯びているのだが。
より体系的な実践を伴ったり、他力本願の場合の方便を凝らしていたりする点で
仏道(特に大乗)に匹敵するものがないために、ここでは特筆したのである。
ただ科学法則に反するものすら信じているか否か程度の違いだけがある。
今は必ずしもそうではないが、本格の仏門での得度は、
在俗での学問修養ぐらいは最上級の所まですべてやり終えた、
無学(もはや学ぶものが無い)の域にある者の嗜みとされていた。
仏学それ自体に科学や洋学が含まれているわけではないが、
そういった俗世間の雑学にも精通できるぐらいの知恵者こそが
聖道門の仏者たるべきというのが大前提としてあり、他力本願として
仏の智慧を尊ぶというのも、そのようなあり方こそを尊ぶという意味なのである。
だから、ちゃんとした仏教信仰が非科学的なものまで信じ込む
カルトであるなどということは、自力他力を問わず許されないことだし、
科学に限らず、世のため人のため自分のためとなる叡知を養い抜いている
ような相手を全般的に尊重し、やもすれば自らもまた身を呈してそれを
目指すという点だけが、まったくの無信仰者一般とは違う点となる。
必ずしも仏道に頼らずとも、似たような効用が期待できるのならその他の
手段でもいいし、実際に儒学なども多少はそういった存在性を帯びているのだが。
より体系的な実践を伴ったり、他力本願の場合の方便を凝らしていたりする点で
仏道(特に大乗)に匹敵するものがないために、ここでは特筆したのである。
なぜ仏道がそれに秀でるのかといえば、
あえて世俗の学識とは全く別個のものとしての求道体系を本分としているからである。
世俗の学術には、むしろ世の中に損害を加えることを目的としたような物も多く含まれる上に、
科学もまたそれらを十分に牽制できるような倫理性を持ち合わせているわけではない。
中抜きピンハネでいい思いをしようとするような悪党の、ヒスによる結託をも加味させた
攻勢の前では、科学者や技術者も劣勢に置かれざるを得ないのが今の日本でも証明されている所。
世俗の範疇だけでは、世の中全体の汚濁をどんな学問でも制止しきることはできず、
それは儒学までもが同じであるために、儒教国時代の中朝なども腐敗に見舞われたのである。
https://bbs77.meiwasuisan.com/thought/1696046607...
今ここでも書いているような、反知性主義の人種が国家中枢にまで愛国などを口実にして
のさばってしまう事態を防ぎきるためには、完全なる超俗における求道こそをあらゆる世俗の
学問の上におき、そこに叡知という面での最上の尊重意識を抱いて行くぐらいでなければならない。
その体系を整えているのがたとえば仏道だから、
たとえ完全に無宗教的にそれに取り組んで行くのだろうとも、参考とせずには済まないだろう。
あえて世俗の学識とは全く別個のものとしての求道体系を本分としているからである。
世俗の学術には、むしろ世の中に損害を加えることを目的としたような物も多く含まれる上に、
科学もまたそれらを十分に牽制できるような倫理性を持ち合わせているわけではない。
中抜きピンハネでいい思いをしようとするような悪党の、ヒスによる結託をも加味させた
攻勢の前では、科学者や技術者も劣勢に置かれざるを得ないのが今の日本でも証明されている所。
世俗の範疇だけでは、世の中全体の汚濁をどんな学問でも制止しきることはできず、
それは儒学までもが同じであるために、儒教国時代の中朝なども腐敗に見舞われたのである。
https://bbs77.meiwasuisan.com/thought/1696046607...
今ここでも書いているような、反知性主義の人種が国家中枢にまで愛国などを口実にして
のさばってしまう事態を防ぎきるためには、完全なる超俗における求道こそをあらゆる世俗の
学問の上におき、そこに叡知という面での最上の尊重意識を抱いて行くぐらいでなければならない。
その体系を整えているのがたとえば仏道だから、
たとえ完全に無宗教的にそれに取り組んで行くのだろうとも、参考とせずには済まないだろう。
https://www.cyzowoman.com/2023/08/post_439207_1.html/am...
特別、愛国者としての条件を損なうような点は見受けられないのだが、
どうしてこれが反駁材料になるなどと思ったんだろうな?
政財利権であれ広告利権であれ医療利権であれ、
国家権益をかすめ取っていい思いをする、自分たちの有様を自称愛国によって
正当化しようとするような連中こそは一夫一妻、夫婦平等の範囲での栄華に
留まるのでもなければ、あまりにも極悪非道なのが露呈しすぎて困るだけだろ?
特別、愛国者としての条件を損なうような点は見受けられないのだが、
どうしてこれが反駁材料になるなどと思ったんだろうな?
政財利権であれ広告利権であれ医療利権であれ、
国家権益をかすめ取っていい思いをする、自分たちの有様を自称愛国によって
正当化しようとするような連中こそは一夫一妻、夫婦平等の範囲での栄華に
留まるのでもなければ、あまりにも極悪非道なのが露呈しすぎて困るだけだろ?
そうだよなあ。
自分個人の甲斐性による見栄のためとあらば、
国賊売国の所業を愛国にすり替えることも辞さないんだよなあ。
牧野の生き方が個人として優れていたなんて、
この前までの朝ドラでも描かれてはいなかったんだが。
そこをすべての評価基準にするしかないぐらいに、
社会的な業績の仁義の有無を問うに値しない人間だったりするんだろうねえ。
どちらかといえば中下層よりも上級のほうが、今やそうだったりもしてなあ。
自分個人の甲斐性による見栄のためとあらば、
国賊売国の所業を愛国にすり替えることも辞さないんだよなあ。
牧野の生き方が個人として優れていたなんて、
この前までの朝ドラでも描かれてはいなかったんだが。
そこをすべての評価基準にするしかないぐらいに、
社会的な業績の仁義の有無を問うに値しない人間だったりするんだろうねえ。
どちらかといえば中下層よりも上級のほうが、今やそうだったりもしてなあ。
集団ヒステリーによる結託で派閥争いに勝ち抜こうとするような、
不毛な試みによって虚栄を貪りながら世の中に大迷惑をかけていく
ような男たちこそは、なけなし程度の自己正当化材料としての、
妻子への奉仕にも躍起になるという場合があるのである。
それは上に書いた通り、それすらかなぐり捨てての遊蕩三昧などでいれば、
もはや自分たちがこの世の悪性癌細胞格以外の何者でもないことが
露わになってしまうからというのももちろんあるのだが、
それすらをも開き直っての快楽一辺倒にだって走れないわけではない。
しかし、ヒスな男などが世の中にのさばる時代においては、
ヒスや精神薄弱であることにかけては男たちに勝るとも劣らない女たちが、
同じ穴の狢としての幅を利かせるようになるという側面もまたあるために、
女房の尻に敷かれる男なんてものもまた相当数に上らざるを得ないのである。
不毛な試みによって虚栄を貪りながら世の中に大迷惑をかけていく
ような男たちこそは、なけなし程度の自己正当化材料としての、
妻子への奉仕にも躍起になるという場合があるのである。
それは上に書いた通り、それすらかなぐり捨てての遊蕩三昧などでいれば、
もはや自分たちがこの世の悪性癌細胞格以外の何者でもないことが
露わになってしまうからというのももちろんあるのだが、
それすらをも開き直っての快楽一辺倒にだって走れないわけではない。
しかし、ヒスな男などが世の中にのさばる時代においては、
ヒスや精神薄弱であることにかけては男たちに勝るとも劣らない女たちが、
同じ穴の狢としての幅を利かせるようになるという側面もまたあるために、
女房の尻に敷かれる男なんてものもまた相当数に上らざるを得ないのである。
寿衛子夫人の献身によって牧野富太郎の植物学研究もまた大成したように、
決して全ての愛がこの世に害悪をもたらすわけではないが。
少なくとも、現代のような濁世においては、
愛を自らの悪逆非道の言い逃れ材料として利用するような連中のほうが多いし、
大体それは日本などにおいては、妻子の尻に敷かれる夫などの形で生じている。
江戸時代には、夫の犯罪行為を妻がかばうことは無罪放免だったが、
夫が妻の犯罪行為をかばうことは共犯、主犯の扱いを受けて断罪されてたというし、
上二つの事例を見てとっても、妻の夫への愛は健全で利益的たる一方、
夫の妻への愛は不健全で害悪性を帯びる場合が多いというのが実情のようである。
イギリスの男たちが、女王エリザベスやビクトリアへの敬愛によって
全世界へと侵略略奪の魔の手を広げて行った事例などを鑑みれば、
それは別に日本に限ってのことではない上に、まさにさような法則に基づく
男たちの女への溺愛こそが、世界史上最悪級の災禍をもたらしたのだともいえる。
夫唱婦随なんて遠い昔の過去の遺物扱いされ始めてから久しいが、
やっぱりそうであるべきだという背理的な証拠ばかりを、女への愛に溺れる男たちが、
ここ150年以上にわたって提示して来てくれたことだし、それを反面教師とせずして、
どうして人間社会が荒廃の一途から免れられなくて済むことがあろうか?
決して全ての愛がこの世に害悪をもたらすわけではないが。
少なくとも、現代のような濁世においては、
愛を自らの悪逆非道の言い逃れ材料として利用するような連中のほうが多いし、
大体それは日本などにおいては、妻子の尻に敷かれる夫などの形で生じている。
江戸時代には、夫の犯罪行為を妻がかばうことは無罪放免だったが、
夫が妻の犯罪行為をかばうことは共犯、主犯の扱いを受けて断罪されてたというし、
上二つの事例を見てとっても、妻の夫への愛は健全で利益的たる一方、
夫の妻への愛は不健全で害悪性を帯びる場合が多いというのが実情のようである。
イギリスの男たちが、女王エリザベスやビクトリアへの敬愛によって
全世界へと侵略略奪の魔の手を広げて行った事例などを鑑みれば、
それは別に日本に限ってのことではない上に、まさにさような法則に基づく
男たちの女への溺愛こそが、世界史上最悪級の災禍をもたらしたのだともいえる。
夫唱婦随なんて遠い昔の過去の遺物扱いされ始めてから久しいが、
やっぱりそうであるべきだという背理的な証拠ばかりを、女への愛に溺れる男たちが、
ここ150年以上にわたって提示して来てくれたことだし、それを反面教師とせずして、
どうして人間社会が荒廃の一途から免れられなくて済むことがあろうか?
「言必ず信にして、行い必ず果たす、硜硜然として小人なるかな」(子路第十三・二〇)
「大人は言必ずしも信ならず、行い必ずしも果たさず。惟だ義の在る所のままなり」(孟子・離婁下)
「大人は言必ずしも信ならず、行い必ずしも果たさず。惟だ義の在る所のままなり」(孟子・離婁下)
自分たちが、女房の尻に敷かれる生活に耐え抜くような小義ばかりに囚われているせいで、
言必信、行必果よりも上にあるような大義の存在に、いつまでも気づかない。
牧野富太郎が女性関係にルーズでいながら、植物学研究で大功績を挙げたことや、
家康公が豊臣存続という秀吉との約束を破りながら、泰平の世を切り開いたことなども、
その近視眼さの前では、極悪非道のうちに入れられるのだろう。俺もまたそうなりたいものだ。
言必信、行必果よりも上にあるような大義の存在に、いつまでも気づかない。
牧野富太郎が女性関係にルーズでいながら、植物学研究で大功績を挙げたことや、
家康公が豊臣存続という秀吉との約束を破りながら、泰平の世を切り開いたことなども、
その近視眼さの前では、極悪非道のうちに入れられるのだろう。俺もまたそうなりたいものだ。
(>>160の続き)
とはいえ決して、夫唱婦随という部分だけを
かいつまんで今の世に復興するなんてのは不可能なことであり、
まずはそれに見合うだけの偉大さを帯びた男の復活のほうが先であるべきである。
他国への侵略略奪などに頼ることもなく、国に大いなる利益をもたらすほどの
偉業を成せる男であればそれを満たすけれども、今の世にはほとんど皆無な上に、
むしろ自国や他国の権益を損ねてでも個人的な虚栄を謳歌しようとするような男ほど
社会的上層にのさばって、最大級の成功者としての名声までをも博している始末である。
それは別に、あからさまな失政を働いている政治家などに限った話ではなく、
他人を蹴落として上位に上り詰めていることだけが取り柄な金持ちや学歴エリート、
芸能人やスポーツ選手なども変わりがないことだし、むしろそのような連中が成功者
気取りでいられるような世の中の尻拭いをさせられた結果として、政治家も悪政を働くのである。
(学歴エリートな官僚たちの高給確保のためにこそ、増税が必要となったりするように)
あまりにも世の中が、世間への迷惑によって個人的な栄華を獲得し、成功者気取りで
いるような連中が多すぎるせいで、世間への健全な利益誘導によって偉人たるような者が
肩身の狭い思いをさせられるような事態全般を是正して行くのでなければ、
夫唱婦随こそが相応しい男のあり様なんてものもまた、想像もつかないままに終わる。
とはいえ決して、夫唱婦随という部分だけを
かいつまんで今の世に復興するなんてのは不可能なことであり、
まずはそれに見合うだけの偉大さを帯びた男の復活のほうが先であるべきである。
他国への侵略略奪などに頼ることもなく、国に大いなる利益をもたらすほどの
偉業を成せる男であればそれを満たすけれども、今の世にはほとんど皆無な上に、
むしろ自国や他国の権益を損ねてでも個人的な虚栄を謳歌しようとするような男ほど
社会的上層にのさばって、最大級の成功者としての名声までをも博している始末である。
それは別に、あからさまな失政を働いている政治家などに限った話ではなく、
他人を蹴落として上位に上り詰めていることだけが取り柄な金持ちや学歴エリート、
芸能人やスポーツ選手なども変わりがないことだし、むしろそのような連中が成功者
気取りでいられるような世の中の尻拭いをさせられた結果として、政治家も悪政を働くのである。
(学歴エリートな官僚たちの高給確保のためにこそ、増税が必要となったりするように)
あまりにも世の中が、世間への迷惑によって個人的な栄華を獲得し、成功者気取りで
いるような連中が多すぎるせいで、世間への健全な利益誘導によって偉人たるような者が
肩身の狭い思いをさせられるような事態全般を是正して行くのでなければ、
夫唱婦随こそが相応しい男のあり様なんてものもまた、想像もつかないままに終わる。
では、大丈夫の仁者こそが派閥的勝利を得る世の中であればいいのかというと、それもまた違う。
「君子は矜にして争わず、群して党せず」(衛霊公第十五・二二)
そもそもが徒党派閥による蝸牛角上の争い全般を排し、誰しもが個としての十分な尊厳を帯びながら、
全体の利益のために尽くして行くことが保証された世相こそが最善たるのである。
江戸幕府のように私党編成を法度とし、その禁を侵す者は赤穂義士なみの英雄だろうとも
引責が免れ得ないというほどの徹底ぶりでいれば、それだけでも世は十分に治まり続けるものである。
ただし、それは天下国家の大半が十二分な徳育に与れているのでなければ、まず法整備からして叶わぬことである。
「君子は群して党せず」とは裏腹に、不徳の匹夫小人ほど特定の派閥を築いて馴れ合いたがる人種も他になく、
まるで息をするように友愛に溺れ、一派閥の構成員として他との疎外や抗争を繰り広げ始めるもの。
誰しもがさような妄念妄動から脱却できるのならそれに越したことはないが、それもなかなか難しいことで、
派閥好みの小人にはせいぜい、自分たちの品性の卑しさを自覚させることを以て徳育に代えるのが関の山となる。
「君子は矜にして争わず、群して党せず」(衛霊公第十五・二二)
そもそもが徒党派閥による蝸牛角上の争い全般を排し、誰しもが個としての十分な尊厳を帯びながら、
全体の利益のために尽くして行くことが保証された世相こそが最善たるのである。
江戸幕府のように私党編成を法度とし、その禁を侵す者は赤穂義士なみの英雄だろうとも
引責が免れ得ないというほどの徹底ぶりでいれば、それだけでも世は十分に治まり続けるものである。
ただし、それは天下国家の大半が十二分な徳育に与れているのでなければ、まず法整備からして叶わぬことである。
「君子は群して党せず」とは裏腹に、不徳の匹夫小人ほど特定の派閥を築いて馴れ合いたがる人種も他になく、
まるで息をするように友愛に溺れ、一派閥の構成員として他との疎外や抗争を繰り広げ始めるもの。
誰しもがさような妄念妄動から脱却できるのならそれに越したことはないが、それもなかなか難しいことで、
派閥好みの小人にはせいぜい、自分たちの品性の卑しさを自覚させることを以て徳育に代えるのが関の山となる。
そのような試みが、小人が大多数を占めるような世の中で試みられようものなら、大多数の人間が、
己が卑しさをいちいち指摘させられることになる徳育などというものに嫌気がさすのにも違いなく、
あくまで「嫌々ながら仕方なく」を大前提とするのでなければ、まず実現もままならぬこととなる。
今の世での徳治仁政の復興なぞを試みるのであれば、まずはそうせざるを得ないだろうし、
自由主義によってまで放蕩意識ばかりを増幅させられて来た現代人が、頭をもたげられるような
教化を強いられるとなれば、それが即パワハラ扱いとなって大きな反発を生み、そうでなくとも、
たやすく打ちひしがれての鬱病などにも陥りかねないものである。
これはあくまで実地論だが、人間という生き物は過度の抑圧と過度の放逸、どちらと共にであっても
心を病んで、最悪自殺にまで至ってしまいかねないようにできている。最大で百年程度の寿命があって、
それなりに楽しい思いもできるように形作られていながら、その許容度にも限界があり、老いや病や死から
完全に免れられることもない、現実上の人間という生き物にとっての最高の福利厚生は、際限なき自由の
貪りなどではなく、自由と規律の均衡によってこそ実現されることを踏まえての、自由ばかりに盲目な
理想を見出していた人々への再教育にも臨むべきなのだといえる。つまり抑圧一辺倒も禁物だということだ。
己が卑しさをいちいち指摘させられることになる徳育などというものに嫌気がさすのにも違いなく、
あくまで「嫌々ながら仕方なく」を大前提とするのでなければ、まず実現もままならぬこととなる。
今の世での徳治仁政の復興なぞを試みるのであれば、まずはそうせざるを得ないだろうし、
自由主義によってまで放蕩意識ばかりを増幅させられて来た現代人が、頭をもたげられるような
教化を強いられるとなれば、それが即パワハラ扱いとなって大きな反発を生み、そうでなくとも、
たやすく打ちひしがれての鬱病などにも陥りかねないものである。
これはあくまで実地論だが、人間という生き物は過度の抑圧と過度の放逸、どちらと共にであっても
心を病んで、最悪自殺にまで至ってしまいかねないようにできている。最大で百年程度の寿命があって、
それなりに楽しい思いもできるように形作られていながら、その許容度にも限界があり、老いや病や死から
完全に免れられることもない、現実上の人間という生き物にとっての最高の福利厚生は、際限なき自由の
貪りなどではなく、自由と規律の均衡によってこそ実現されることを踏まえての、自由ばかりに盲目な
理想を見出していた人々への再教育にも臨むべきなのだといえる。つまり抑圧一辺倒も禁物だということだ。
ジュリー氏 20代で「パニック障害に」母・メリー氏との複雑な関係 「話すことを極力避けて生きてきた」
https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2023/10/02/...
東山紀之(57)の“陰湿イジメ”「いきなりビンタ」「ウンコのあだ名つけられ」 被害男性はパニック障害に
https://news.yahoo.co.jp/articles/b7cb6cd24e129696a829d...
集団ヒステリーによる結託で強勢を誇って来た派閥の内実なんて、いつもこんなもの。
権力中枢に深く食い入ってのやりたい放題を尽くしながらも、その元手が狂気への依存であるからには、
深刻な上にもはや制止してくれる者もいない病理に苦しめられ抜く、内面からの地獄がつきまとい続ける。
それこそが、匹夫小人がそうであるままに獲得し得る最大級の成功でもあればこそ、
小人の追い求める自由なんてものが、最大級の福利厚生に繋がるわけもないソースにもなっているといえる。
友愛に溺れて、狭隘な派閥集団としての栄華を楽しもうとすること自体をやめようとも思わない
小人たちが、性懲りもなく自由好き勝手放題であろうとし抜いたなら、必ず似たような末路を辿ることになる。
だから、そういう策動には相応な制限を課して行く一方、君子大人もまた決して派閥的栄華などに
囚われることなく、派閥争い全般に抑制のかけられた世の中を形作って行くことに専念することでこそ、
君子か小人かなどを問わず、万人が最大級の福徳に与れるようになるのだといえるのである。
https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2023/10/02/...
東山紀之(57)の“陰湿イジメ”「いきなりビンタ」「ウンコのあだ名つけられ」 被害男性はパニック障害に
https://news.yahoo.co.jp/articles/b7cb6cd24e129696a829d...
集団ヒステリーによる結託で強勢を誇って来た派閥の内実なんて、いつもこんなもの。
権力中枢に深く食い入ってのやりたい放題を尽くしながらも、その元手が狂気への依存であるからには、
深刻な上にもはや制止してくれる者もいない病理に苦しめられ抜く、内面からの地獄がつきまとい続ける。
それこそが、匹夫小人がそうであるままに獲得し得る最大級の成功でもあればこそ、
小人の追い求める自由なんてものが、最大級の福利厚生に繋がるわけもないソースにもなっているといえる。
友愛に溺れて、狭隘な派閥集団としての栄華を楽しもうとすること自体をやめようとも思わない
小人たちが、性懲りもなく自由好き勝手放題であろうとし抜いたなら、必ず似たような末路を辿ることになる。
だから、そういう策動には相応な制限を課して行く一方、君子大人もまた決して派閥的栄華などに
囚われることなく、派閥争い全般に抑制のかけられた世の中を形作って行くことに専念することでこそ、
君子か小人かなどを問わず、万人が最大級の福徳に与れるようになるのだといえるのである。
メリー氏に「5時間監禁され罵詈雑言、恫喝」浴びた中村竜太郎氏
娘ジュリー氏の「気が狂ったように」に「やはり」
https://news.yahoo.co.jp/articles/8760413104f8daf62d9a8...
ジャニーズはどちらかといえば、ヒスよりも腑抜けの集まりのようなイメージがあるが、
そうなって来たのにも相応な、SMにおけるS側の連中が多く介在して来たのである。
喜多川姉弟がそうだったように、その首魁どもは徹底してメディア露出を控えていたし、
それに倣って、自らもまたヒスの気ケを帯びてしまった東山のようなジャニタレもまた、
そうである側面だけは徹底的に表向きヒタ隠すように勤めて来たのである。
ヒスそれ自体は、悪印象しか抱かれ得ないような情動であるという自覚もあるから、
対外的にはそれを隠し通し、分かち難い利害関係で結ばれているような相手に限って、
それをさらけ出すような真似を試みるし、表向きの我慢がある分だけ、それをやめられもしない。
権力中枢に関わり合ったりしているのでなくとも、
ヒス嫁と共に暮らしているような男あたりなら誰でも、思い当たる節のある法則だろうが、
それこそが権力中枢でも大いにまかり通っている状態だし、むしろそちらが先なのである。
娘ジュリー氏の「気が狂ったように」に「やはり」
https://news.yahoo.co.jp/articles/8760413104f8daf62d9a8...
ジャニーズはどちらかといえば、ヒスよりも腑抜けの集まりのようなイメージがあるが、
そうなって来たのにも相応な、SMにおけるS側の連中が多く介在して来たのである。
喜多川姉弟がそうだったように、その首魁どもは徹底してメディア露出を控えていたし、
それに倣って、自らもまたヒスの気ケを帯びてしまった東山のようなジャニタレもまた、
そうである側面だけは徹底的に表向きヒタ隠すように勤めて来たのである。
ヒスそれ自体は、悪印象しか抱かれ得ないような情動であるという自覚もあるから、
対外的にはそれを隠し通し、分かち難い利害関係で結ばれているような相手に限って、
それをさらけ出すような真似を試みるし、表向きの我慢がある分だけ、それをやめられもしない。
権力中枢に関わり合ったりしているのでなくとも、
ヒス嫁と共に暮らしているような男あたりなら誰でも、思い当たる節のある法則だろうが、
それこそが権力中枢でも大いにまかり通っている状態だし、むしろそちらが先なのである。
青葉真司被告の公判内容が流布されるたびに、
「ああ、やっぱこいつ本物の統失なんだな」という反応が全国を駆け巡っている昨今。
これは恐らく弁護団側の故意であり、本人がガチマジモノホンの統失であることを
できる限り明白に晒し通すことでの気違い無罪のみを企図しているのだろうとうかがえる。
この男は実際、統失であろう。
当人がまだ若いころに、自分でもまともに生きて行ける程度の生活保障までもが
日本政府主導の雇用崩壊によって損なわれたせいで、統失級に夢見心地なオタク趣味に
耽溺してそこに馴染むのでもなければ、即自殺でもするしかなかった部類の統失である。
その雇用崩壊を招いたいち主導者である小泉元にもまた、統失の既往歴があるという。
統失級の為政者が世の中を治めて、統失の民衆を増やせば、こんなこともあろうもん。
青葉被告が生まれるよりも前に小泉のほうが統失だったように、むしろ権力中枢から
世の中をどうこうしてやろうとするような連中のほうが、いつもその先にいるのである。
「ああ、やっぱこいつ本物の統失なんだな」という反応が全国を駆け巡っている昨今。
これは恐らく弁護団側の故意であり、本人がガチマジモノホンの統失であることを
できる限り明白に晒し通すことでの気違い無罪のみを企図しているのだろうとうかがえる。
この男は実際、統失であろう。
当人がまだ若いころに、自分でもまともに生きて行ける程度の生活保障までもが
日本政府主導の雇用崩壊によって損なわれたせいで、統失級に夢見心地なオタク趣味に
耽溺してそこに馴染むのでもなければ、即自殺でもするしかなかった部類の統失である。
その雇用崩壊を招いたいち主導者である小泉元にもまた、統失の既往歴があるという。
統失級の為政者が世の中を治めて、統失の民衆を増やせば、こんなこともあろうもん。
青葉被告が生まれるよりも前に小泉のほうが統失だったように、むしろ権力中枢から
世の中をどうこうしてやろうとするような連中のほうが、いつもその先にいるのである。
青葉被告も、痩せてた頃には高身長なうえに結構なイケメンで、
まるで福山雅治のようだったという周囲の証言までもがあるが。
バブル世代最後尾の福山と同じように、あと10年も早く生まれていれば、
芸能人として大成功とまで行かずとも、オタク趣味なんかに溺れたりせずに、
そこそこいい仕事や妻子にありつけての、幸福な人生を送れていたかもしれない。
しかし、あまりにも社会的な成功の余地を総員で奪われたせいで、
未だに世代の代表者がひろゆき、ホリエモン止まりなんていう世代に
生まれてしまったせいで、生まれ持っての資質をまともに活かせる
余地もないままでのくすぶりからの、大暴発に至ってしまったのである。
その主犯格こそは、自らの政治的決断があまりにも多くの
日本国民を地獄へと突き落とす蛮行となることにも気づかないか、
気づいた所でどうでもいいと思えるほどの気狂いであったものだから、
それに応じて、被虐者となった側もまた、自らの言動に辻褄の合わない部分が
多数見られることにも気づかないか、気づいた所でどうでもいいと思えるほどの
精神破綻の中で生きて行くことを余儀なくされていたのである。
まるで福山雅治のようだったという周囲の証言までもがあるが。
バブル世代最後尾の福山と同じように、あと10年も早く生まれていれば、
芸能人として大成功とまで行かずとも、オタク趣味なんかに溺れたりせずに、
そこそこいい仕事や妻子にありつけての、幸福な人生を送れていたかもしれない。
しかし、あまりにも社会的な成功の余地を総員で奪われたせいで、
未だに世代の代表者がひろゆき、ホリエモン止まりなんていう世代に
生まれてしまったせいで、生まれ持っての資質をまともに活かせる
余地もないままでのくすぶりからの、大暴発に至ってしまったのである。
その主犯格こそは、自らの政治的決断があまりにも多くの
日本国民を地獄へと突き落とす蛮行となることにも気づかないか、
気づいた所でどうでもいいと思えるほどの気狂いであったものだから、
それに応じて、被虐者となった側もまた、自らの言動に辻褄の合わない部分が
多数見られることにも気づかないか、気づいた所でどうでもいいと思えるほどの
精神破綻の中で生きて行くことを余儀なくされていたのである。
そうでもなければ、家族と同じように本人も即、自死でもするしかなかった。
人並みの人生も送れないことに耐え抜ける精神のタフさに欠ける身の程であるからには、
もはやあえて気を狂わせたところで、ナマポと共に命永らえるぐらいしか余地がなかった。
そこで貯め込んでいた狂気が、やはり十分には内に抑えきることができなくて、
日本犯罪史上でも最悪の形での噴出として、衆目にその実在を露呈することとなった。
36人焼殺という、普通に考えて死刑以外の選択肢があり得ない事件でいながら、
犯人の素性があまりにも人間としての条件を満たしていない物の怪の域であるために、
人間が起こした犯罪というよりは、獣害や天災の域に達して見えるせいでの、
ある種の諦めを誘うような様相を呈しているのが、類似の事件とも格別となっている。
こんな奴の犯行なんか、どうあがいても防ぎきれるわけがない、
こんな人種をこの世に産み出してしまった時点で、世の中の側の負けなのだから、
そこから防止して行くしかないのに、むしろそれを助長するような統失やカルト政権
ばかりを国民たちも支持して来たのだから、自分たちの責任でもあるのだと。
個人やアニメ会社一つの話では済まない、国全体の大過の露呈となったのである。
人並みの人生も送れないことに耐え抜ける精神のタフさに欠ける身の程であるからには、
もはやあえて気を狂わせたところで、ナマポと共に命永らえるぐらいしか余地がなかった。
そこで貯め込んでいた狂気が、やはり十分には内に抑えきることができなくて、
日本犯罪史上でも最悪の形での噴出として、衆目にその実在を露呈することとなった。
36人焼殺という、普通に考えて死刑以外の選択肢があり得ない事件でいながら、
犯人の素性があまりにも人間としての条件を満たしていない物の怪の域であるために、
人間が起こした犯罪というよりは、獣害や天災の域に達して見えるせいでの、
ある種の諦めを誘うような様相を呈しているのが、類似の事件とも格別となっている。
こんな奴の犯行なんか、どうあがいても防ぎきれるわけがない、
こんな人種をこの世に産み出してしまった時点で、世の中の側の負けなのだから、
そこから防止して行くしかないのに、むしろそれを助長するような統失やカルト政権
ばかりを国民たちも支持して来たのだから、自分たちの責任でもあるのだと。
個人やアニメ会社一つの話では済まない、国全体の大過の露呈となったのである。
青葉を含む氷河期世代が、竹中小泉の招いた雇用崩壊によって
極度の不遇に総員で追い込まれた世代である一方で、
ジャニーズ史上最も成功したタレントであるキムタクや、
当人が一員だったことで最も成功したグループとなったSMAP一味もまた、
実は世代でいえば氷河期世代に属しているという側面もある。
あまりにも氷河期一般からかけ離れた存在すぎて、世代の代表扱いもされないし、
(イチローやZOZO前澤なども同様な理由でひろゆきホリエモン的な扱いは受けてない)
たった数人やそこらの成功例を以て、世代全体が不遇であり続けて
来たことを打ち消すほどの反証例には当然ならないが。
当人たちが氷河期という、地獄の世代に属していればこそ、
他世代以上に環境への反発目的で、執拗に神輿として
抱え上げられ続けた結果、一番の成功者となったようにも思われる。
(貧乏な国の金持ちほどえげつない成金趣味が多い、などの現象にも似る)
極度の不遇に総員で追い込まれた世代である一方で、
ジャニーズ史上最も成功したタレントであるキムタクや、
当人が一員だったことで最も成功したグループとなったSMAP一味もまた、
実は世代でいえば氷河期世代に属しているという側面もある。
あまりにも氷河期一般からかけ離れた存在すぎて、世代の代表扱いもされないし、
(イチローやZOZO前澤なども同様な理由でひろゆきホリエモン的な扱いは受けてない)
たった数人やそこらの成功例を以て、世代全体が不遇であり続けて
来たことを打ち消すほどの反証例には当然ならないが。
当人たちが氷河期という、地獄の世代に属していればこそ、
他世代以上に環境への反発目的で、執拗に神輿として
抱え上げられ続けた結果、一番の成功者となったようにも思われる。
(貧乏な国の金持ちほどえげつない成金趣味が多い、などの現象にも似る)
「なんで変えるんだよ!」
キムタクがジャニーズ社名変更に最後まで反対していた「木村はまだ納得していない」
https://news.yahoo.co.jp/articles/b49b1f90c385b4ea2369a...
特に、キムタクの言行にちょっとズレてておかしい所が多く見られるのが
よく取り沙汰されているように、連中こそがあらゆるジャニタレの中でも
最大級の狂気を内に秘めながらやって来ているだろうし、それ自体が結局、
青葉も帯びていたような、地獄の世代ならではの狂気でもあったのではなかろうか。
ジャニーズという会社は、SMAPキムタクで最も稼いだわけだから、
集団ヒステリーで派閥争いから勝ち上がるような不毛な組織こそは、
不遇の時代の被虐者たちの狂気をも食い物にして肥え太るのだといえる。
つまり、そういう連中にとっては、地獄の亡者みたいな人々が多く現存するほど
腐れ切った世の中であるほうが、むしろ都合がいいぐらいなのである。
青葉ありきのキムタク、京アニの犠牲者36人ありきのジャニーズだったのだ。
キムタクがジャニーズ社名変更に最後まで反対していた「木村はまだ納得していない」
https://news.yahoo.co.jp/articles/b49b1f90c385b4ea2369a...
特に、キムタクの言行にちょっとズレてておかしい所が多く見られるのが
よく取り沙汰されているように、連中こそがあらゆるジャニタレの中でも
最大級の狂気を内に秘めながらやって来ているだろうし、それ自体が結局、
青葉も帯びていたような、地獄の世代ならではの狂気でもあったのではなかろうか。
ジャニーズという会社は、SMAPキムタクで最も稼いだわけだから、
集団ヒステリーで派閥争いから勝ち上がるような不毛な組織こそは、
不遇の時代の被虐者たちの狂気をも食い物にして肥え太るのだといえる。
つまり、そういう連中にとっては、地獄の亡者みたいな人々が多く現存するほど
腐れ切った世の中であるほうが、むしろ都合がいいぐらいなのである。
青葉ありきのキムタク、京アニの犠牲者36人ありきのジャニーズだったのだ。
「氏名NG記者」だから、個人名ではなく所属組織で呼ぶようにという
申渡のリストかもしれないのに、NHKが大々的に「指名NGリスト」と報道。
ジャニーズ側だけじゃなくて、報道陣やテレビ局も
崖っぷちな現状のせいでヒステリー化しているように見受けられる。
七光りの二世タレントなどに限らず、今のマスコミ業界は縁故採用まみれで、
ごく狭い人間関係の中だけでの馴れ合い止まりに終始している場合がほとんど
というのはよく聞くが、そんな連中が現状維持の挫折に立ち会わされたり
しようものなら、常人ほどにも正気を保てなくなるのが基本なのである。
今までにも多くの不祥事企業や政治家の会見などに立ち会って、
浸潤の誹りのような糾弾を繰り返して来たのが、今度は自分たちのほうが
そちら側に立たされる段となってしまった。これもまた、人への糾弾なんか
特別やり込んできてないような連中以上に、大いなる恐怖を催すところ。
電波法で守られた既得権益の中で、さしたる競争にもさらされることなく、
ヌクヌクとやって来た連中だから、このスレの主題みたいな問題とは無縁のはずだが、
集団ヒステリーで結託してるような連中との深い付き合いを繰り返して来た以上、
ヒスという部分だけは容易に飛び火する相手でもある。主に、危難においても
泰然としていられるような心強さに欠けている点で共通しているために。
申渡のリストかもしれないのに、NHKが大々的に「指名NGリスト」と報道。
ジャニーズ側だけじゃなくて、報道陣やテレビ局も
崖っぷちな現状のせいでヒステリー化しているように見受けられる。
七光りの二世タレントなどに限らず、今のマスコミ業界は縁故採用まみれで、
ごく狭い人間関係の中だけでの馴れ合い止まりに終始している場合がほとんど
というのはよく聞くが、そんな連中が現状維持の挫折に立ち会わされたり
しようものなら、常人ほどにも正気を保てなくなるのが基本なのである。
今までにも多くの不祥事企業や政治家の会見などに立ち会って、
浸潤の誹りのような糾弾を繰り返して来たのが、今度は自分たちのほうが
そちら側に立たされる段となってしまった。これもまた、人への糾弾なんか
特別やり込んできてないような連中以上に、大いなる恐怖を催すところ。
電波法で守られた既得権益の中で、さしたる競争にもさらされることなく、
ヌクヌクとやって来た連中だから、このスレの主題みたいな問題とは無縁のはずだが、
集団ヒステリーで結託してるような連中との深い付き合いを繰り返して来た以上、
ヒスという部分だけは容易に飛び火する相手でもある。主に、危難においても
泰然としていられるような心強さに欠けている点で共通しているために。
今の世の中は、易の六十四卦でいう天地否、
「内小人にして外君子」という闇の世相に覆われた時代だ
というのもさんざん述べて来たことだけれども。
ジャニーズと共にマスコミ陣もまたヒスるといった、
メンタル面での足並みの揃えようなどからも、「類は友を呼ぶ」の原理で、
権力中枢などがそういう人種ばかりで占められることがあるのが知れるのである。
そういう状態と化した権力機構の部分だけを粛清したところで、
全体の足並みが乱れることはない。たとえばRAIDで複数のストレージに
データを分散して蓄積している場合に、たとえそのうちの一つが損失しようとも、
残りのデータとの照合で完全な復旧が可能であるのと同じように、
たとえば大メディアのうちのジャニーズだけが消えた所で、
また同じような連中の跋扈が復旧されるに止まるだろう。
これは、必ずしも悪いことではなく、逆に権力中枢が賢明な人々で構成された
「内君子にして外小人(易・地天泰)」の場合などにも当てはまる法則だから、
その場合にはむしろ入念な復旧に勤めて行くべきでであるぐらいなのだが。
濁世の権力もまた同様な粘り強さを残念ながら持ち合わせているものだし、
換骨奪胎止まりな改革などで期待できる改善などは、まだないのである。
「内小人にして外君子」という闇の世相に覆われた時代だ
というのもさんざん述べて来たことだけれども。
ジャニーズと共にマスコミ陣もまたヒスるといった、
メンタル面での足並みの揃えようなどからも、「類は友を呼ぶ」の原理で、
権力中枢などがそういう人種ばかりで占められることがあるのが知れるのである。
そういう状態と化した権力機構の部分だけを粛清したところで、
全体の足並みが乱れることはない。たとえばRAIDで複数のストレージに
データを分散して蓄積している場合に、たとえそのうちの一つが損失しようとも、
残りのデータとの照合で完全な復旧が可能であるのと同じように、
たとえば大メディアのうちのジャニーズだけが消えた所で、
また同じような連中の跋扈が復旧されるに止まるだろう。
これは、必ずしも悪いことではなく、逆に権力中枢が賢明な人々で構成された
「内君子にして外小人(易・地天泰)」の場合などにも当てはまる法則だから、
その場合にはむしろ入念な復旧に勤めて行くべきでであるぐらいなのだが。
濁世の権力もまた同様な粘り強さを残念ながら持ち合わせているものだし、
換骨奪胎止まりな改革などで期待できる改善などは、まだないのである。
結局、氏名NGリストは本当に指名NGの意味だったようだが。
強度のヒステリー患者ほど、多くの「逆鱗」を持ち合わせているというのも、
ヒスやヒスとの付き合い経験が豊富な人間ならよく知る所である。
隙あらば情動失禁によるキレ散らかしで鬱積を発散したいがために、
そのスイッチとなるようなキーワードなどを、所狭しと地雷のように敷き詰める。
そこに堂々と踏み込んでくるような連中は、恫喝で屈しそうならそうするし、
無理そうなら徹底的な疎外対象、記者会見における指名NGのような相手とする。
その逆鱗は、主に批判的な言動が該当するわけだけれども、
決して反倫理的で名誉棄損、侮辱に該当するような発言に限るというわけでもない。
むしろ「ジャニーズ名を使い続けるのはヒトラー株式会社と同じじゃないですか」
のような、言い得て妙かつ公益目的の正当な批判であったりもするのである。
https://mainichi.jp/articles/20231005/spp/000/006/...
強度のヒステリー患者ほど、多くの「逆鱗」を持ち合わせているというのも、
ヒスやヒスとの付き合い経験が豊富な人間ならよく知る所である。
隙あらば情動失禁によるキレ散らかしで鬱積を発散したいがために、
そのスイッチとなるようなキーワードなどを、所狭しと地雷のように敷き詰める。
そこに堂々と踏み込んでくるような連中は、恫喝で屈しそうならそうするし、
無理そうなら徹底的な疎外対象、記者会見における指名NGのような相手とする。
その逆鱗は、主に批判的な言動が該当するわけだけれども、
決して反倫理的で名誉棄損、侮辱に該当するような発言に限るというわけでもない。
むしろ「ジャニーズ名を使い続けるのはヒトラー株式会社と同じじゃないですか」
のような、言い得て妙かつ公益目的の正当な批判であったりもするのである。
https://mainichi.jp/articles/20231005/spp/000/006/...
カタギの世の中では、犯罪行為級の誹謗中傷などはさすがに自粛されるものだし、
ヒスやヒスの派閥が、他者を排撃するために貼り詰める逆鱗の正体はむしろ、
不都合な真実を突き付けて来るような公正な批判にばかり集約されるものである。
自分たちの前での批判的な言動は、たとえ社会正義に即していようとも許さない、
とにかく褒めちぎりたたえ合いしゃぶり合う、甘々一辺倒なところに人間関係を
集約させることで、結束度に関しては正気の持ち主たちの集団などよりもはるかに
強力なものたり、派閥争いこそが世の中を乗っ取っている状態では勝ち組ともなる。
一方で、そんな勢力が自浄作用などを持ち合わせるわけもなく、誰からの批判も
まともに耳を貸すことがないまま腐敗、壊乱の限りを尽くしての自滅にも至る。
自分たち自身の派閥のみならず、そことある程度以上に昵懇であり続けて来たような、
他の派閥もまた「よそはよそ、うちはうち」の分別などを十分には利かせられなくての、
業界だとか国家権力だとかの枠組み全体からの総崩れ状態までをも招いてしまうのである。
ヒスやヒスの派閥が、他者を排撃するために貼り詰める逆鱗の正体はむしろ、
不都合な真実を突き付けて来るような公正な批判にばかり集約されるものである。
自分たちの前での批判的な言動は、たとえ社会正義に即していようとも許さない、
とにかく褒めちぎりたたえ合いしゃぶり合う、甘々一辺倒なところに人間関係を
集約させることで、結束度に関しては正気の持ち主たちの集団などよりもはるかに
強力なものたり、派閥争いこそが世の中を乗っ取っている状態では勝ち組ともなる。
一方で、そんな勢力が自浄作用などを持ち合わせるわけもなく、誰からの批判も
まともに耳を貸すことがないまま腐敗、壊乱の限りを尽くしての自滅にも至る。
自分たち自身の派閥のみならず、そことある程度以上に昵懇であり続けて来たような、
他の派閥もまた「よそはよそ、うちはうち」の分別などを十分には利かせられなくての、
業界だとか国家権力だとかの枠組み全体からの総崩れ状態までをも招いてしまうのである。
ジャニーズ関連報道が、まるでこのスレのためかのように、
うってつけのネタばかりを提供してくれている昨今ではあるが。
別にジャニーズがこの世の支配者なわけではないし、
似たような腐敗を内に秘めながら、より上位の所で未だ
安全圏内のままでいるような連中もまたいるわけで、
決してこのネタ一つの消費で終わらせていい話でもない。
ジャニーズ総崩れ状態のきっかけとなったのは、
ガーシーのBBCへの情報リークだとも言われている。
そのガーシーが元々所属していた芸能関係者の情報リークを
試みていた内は行政も動かなかったが、政治家などの国家権力の
関係者にまで魔の手が及び始めた途端に本格的な摘発に乗り出し、
高跳び状態からの、家族を人質に取っての逮捕にまで及んだのだという。
ガーシーがそういう情報を持っているということは、
国家権力と芸能関係も相当に昵懇な仲であり続けて来たということだし、
(嵐メンバーの父親が総務省の事務次官だったりもしたように)
さらにその上で、もはや総崩れのうちに入れられると国が持たなく
なるような界隈があるが故にこその、緊急逮捕だったわけである。
それはおそらく、逆鱗の敷き詰めで自浄作用を失いながらの、
プチエンジェル級かそれ以上の腐敗を来たしながらやって来ているもの。
ゆえに、崩れ始めたら今のジャニーズのように一巻の終わりで、
あくまでそれ以前に留まることでのみ維持が可能となるものである。
うってつけのネタばかりを提供してくれている昨今ではあるが。
別にジャニーズがこの世の支配者なわけではないし、
似たような腐敗を内に秘めながら、より上位の所で未だ
安全圏内のままでいるような連中もまたいるわけで、
決してこのネタ一つの消費で終わらせていい話でもない。
ジャニーズ総崩れ状態のきっかけとなったのは、
ガーシーのBBCへの情報リークだとも言われている。
そのガーシーが元々所属していた芸能関係者の情報リークを
試みていた内は行政も動かなかったが、政治家などの国家権力の
関係者にまで魔の手が及び始めた途端に本格的な摘発に乗り出し、
高跳び状態からの、家族を人質に取っての逮捕にまで及んだのだという。
ガーシーがそういう情報を持っているということは、
国家権力と芸能関係も相当に昵懇な仲であり続けて来たということだし、
(嵐メンバーの父親が総務省の事務次官だったりもしたように)
さらにその上で、もはや総崩れのうちに入れられると国が持たなく
なるような界隈があるが故にこその、緊急逮捕だったわけである。
それはおそらく、逆鱗の敷き詰めで自浄作用を失いながらの、
プチエンジェル級かそれ以上の腐敗を来たしながらやって来ているもの。
ゆえに、崩れ始めたら今のジャニーズのように一巻の終わりで、
あくまでそれ以前に留まることでのみ維持が可能となるものである。
文が冗長で大げさでムカつくよ
もうこのスレ来ない、読まない。。。
もうこのスレ来ない、読まない。。。
素質がないのなら、それもまた仕方がない。
数学者の親族友人や妻女が誰しも、本人の言うことをすべて理解できなければ
ならないのなら、誰も近寄ることもできないまま孤立に追い込むしかあるまい。
もちろんそんなことはないはずであって、
相手に自分が立ち入れない領域があるのを尊重したうえで
付き合うのであれば、いくらでもやりようはあるはずである。
特に、生理の話なんかにいちいち首を突っ込んでほしくないような
すべての女たちにとって、男づきあいの上でそれを心がけるのは、
「己の欲せざる所を人に施すことなかれ」の忠実な実践ともなるわけでな。
それができない時点で、最低限の人間道徳もわきまえてないことになる。
数学者の親族友人や妻女が誰しも、本人の言うことをすべて理解できなければ
ならないのなら、誰も近寄ることもできないまま孤立に追い込むしかあるまい。
もちろんそんなことはないはずであって、
相手に自分が立ち入れない領域があるのを尊重したうえで
付き合うのであれば、いくらでもやりようはあるはずである。
特に、生理の話なんかにいちいち首を突っ込んでほしくないような
すべての女たちにとって、男づきあいの上でそれを心がけるのは、
「己の欲せざる所を人に施すことなかれ」の忠実な実践ともなるわけでな。
それができない時点で、最低限の人間道徳もわきまえてないことになる。
厳しくて辛辣な言動の中にこそ、極度の濁世を上辺だけではない、
根こそぎの平定へと導いて行かんとする英雄の心を見出し、
自らもまた心中にそれを落とし込んでの同道者となる素質。
いつの時代にも、大人数がそうでいられるようなものではないし、
自分にその素質がないからといって、もはやこの世に存在していては
いけない癌細胞人種だなどとまで思い込んで気に病んだりする必要もないのだが。
自分がどうあっても抱くことができない、その域の英雄の心の持ち主を、
よく尊重して立てて行くこともできずに、自分が理解できないものには
なにも価値がないとするような思い上がりによって切り捨ててかかり、挙句には下に見て
排撃の対象にまでしたりするようなら、それはさすがに癌細胞並みといっても過言ではない。
根こそぎの平定へと導いて行かんとする英雄の心を見出し、
自らもまた心中にそれを落とし込んでの同道者となる素質。
いつの時代にも、大人数がそうでいられるようなものではないし、
自分にその素質がないからといって、もはやこの世に存在していては
いけない癌細胞人種だなどとまで思い込んで気に病んだりする必要もないのだが。
自分がどうあっても抱くことができない、その域の英雄の心の持ち主を、
よく尊重して立てて行くこともできずに、自分が理解できないものには
なにも価値がないとするような思い上がりによって切り捨ててかかり、挙句には下に見て
排撃の対象にまでしたりするようなら、それはさすがに癌細胞並みといっても過言ではない。
そもそもが、今おまえの手元にあるだろうPCやスマホだって、
その内部構造やプログラムのほとんどが理解不能なままなのに、
(開発者でもソフトやハード全ての構造を理解してる人間などいないが)
自分が理解できないものは何もかも価値がないと見なして切り捨てるのなら、
それこそ、そんな連中たち自身のほうがネットも絶ち切ってしまうしかないだろう。
建て方も知らない家に住むことも、紡績の仕方からすべてを理解している
わけではない服を着ることも、原料の作り方からすべてを理解しているわけではない
食品を食べることもやめて、洞穴で素っ裸で木の実でも食ってるべきではないか。
その洞穴ですら、地質学的にどういう経緯があって形成されたのかまで
理解しているとも限らないし、木の実もどういう生物学的原理で出来てるのかを
すべて理解してるわけでもないだろうし、そもそも自分自身の身体ですら、
何もかもの構造を余すことなく理解できているわけではない。
この世界この宇宙のほとんど全ては、まだ理解もできていないし、
せいぜい100年やそこらの生涯のうちには一生理解できないようなものばかりで
形作られているというのに、未だ理解できていないようなものとあらばなんでも
否定的に見てかかるというのなら、万物の9割9分9厘以上がおまえの敵となる。
その内部構造やプログラムのほとんどが理解不能なままなのに、
(開発者でもソフトやハード全ての構造を理解してる人間などいないが)
自分が理解できないものは何もかも価値がないと見なして切り捨てるのなら、
それこそ、そんな連中たち自身のほうがネットも絶ち切ってしまうしかないだろう。
建て方も知らない家に住むことも、紡績の仕方からすべてを理解している
わけではない服を着ることも、原料の作り方からすべてを理解しているわけではない
食品を食べることもやめて、洞穴で素っ裸で木の実でも食ってるべきではないか。
その洞穴ですら、地質学的にどういう経緯があって形成されたのかまで
理解しているとも限らないし、木の実もどういう生物学的原理で出来てるのかを
すべて理解してるわけでもないだろうし、そもそも自分自身の身体ですら、
何もかもの構造を余すことなく理解できているわけではない。
この世界この宇宙のほとんど全ては、まだ理解もできていないし、
せいぜい100年やそこらの生涯のうちには一生理解できないようなものばかりで
形作られているというのに、未だ理解できていないようなものとあらばなんでも
否定的に見てかかるというのなら、万物の9割9分9厘以上がおまえの敵となる。
しかも、ただ分量的に多すぎるから理解しきれないだけじゃない。
どんなに頭をひねって、自分なりの深謀遠慮を働かせたところで、
どうあっても理解できないほどの難解さを帯びた物事なども、いくらでもある。
言葉の上ではその意味を理解することぐらいはできても、
その含意に納得して、そういう発言が試みられる意図まで汲み取るといった、
より深い理解というものがどうあってもできない、なんてこともやはりある。
ただ寿命の短さのせいで万物を理解できない人という生き物だからなだけでなく、
そのうちでもとりわけ何らかの分野などについて、人並み以上に理解が
働かない人種だったりもするような、己が至らなさをもわきまえることで初めて、
この世界この宇宙の理解不能な物事への尊重意識が十分たる、ということもある。
「物量的に何もかもを理解できるわけではないが、何でも理解しようと思えばできる」
この条件を満たすことができる人間ですら、弘法大師なみの、ごく一部の完璧超人に限られているのだし、
いちいちその内に自分が入らないことに憤死級の絶望を抱いたりしていても、キリがないのである。
どんなに頭をひねって、自分なりの深謀遠慮を働かせたところで、
どうあっても理解できないほどの難解さを帯びた物事なども、いくらでもある。
言葉の上ではその意味を理解することぐらいはできても、
その含意に納得して、そういう発言が試みられる意図まで汲み取るといった、
より深い理解というものがどうあってもできない、なんてこともやはりある。
ただ寿命の短さのせいで万物を理解できない人という生き物だからなだけでなく、
そのうちでもとりわけ何らかの分野などについて、人並み以上に理解が
働かない人種だったりもするような、己が至らなさをもわきまえることで初めて、
この世界この宇宙の理解不能な物事への尊重意識が十分たる、ということもある。
「物量的に何もかもを理解できるわけではないが、何でも理解しようと思えばできる」
この条件を満たすことができる人間ですら、弘法大師なみの、ごく一部の完璧超人に限られているのだし、
いちいちその内に自分が入らないことに憤死級の絶望を抱いたりしていても、キリがないのである。
何者をもプラスマイナスゼロ以上に、自分から積極的に敬えたことがない、
情操の不具者の悲鳴が、今日も聞こえる。
それは結局、何者をも十分以上に敬えたことがないのと同義であるがために、
そのうちの一人である自分自身への嫌悪やそれ以上の暴虐もまた免れ得ぬもの。
尊敬という行為は、他でもない自分自身の福徳のためにこそ存在するものなのに、
その本質を見失っての、不使用や乱用によって身と心を滅ぼしつつある者たち。
南無阿弥陀仏
情操の不具者の悲鳴が、今日も聞こえる。
それは結局、何者をも十分以上に敬えたことがないのと同義であるがために、
そのうちの一人である自分自身への嫌悪やそれ以上の暴虐もまた免れ得ぬもの。
尊敬という行為は、他でもない自分自身の福徳のためにこそ存在するものなのに、
その本質を見失っての、不使用や乱用によって身と心を滅ぼしつつある者たち。
南無阿弥陀仏
また遠吠えスレのほうで、こちらで話すのに格好なネタを提供してくれるのがいたが。
今までに俺も、特に西洋医学に基づく疾病治療は、「こういう原因があっての結果」という
一重の因果関係に基づく病理現象しか対象にしていないという問題を論じて来た。
多重性や複合性を帯びた因果関係に基づく病理は、厳密な反証可能性を欠いているために、
直観性に頼る曖昧さが寸分でも介在することを嫌って、その一切を治療対象としない。
だからといって、そういった原因に基づく疾病が存在しないわけではないのだし、
人間という生き物が患い得るごく一部の病気しか原理的に治療することができないという、
洋学ならではの杓子定規さに基づくジレンマを抱えていることを指摘して来たわけである。
実例:
動脈硬化で高血圧体質になった患者には減塩が有効でも、
そうでないうちは塩や水をしっかり摂って運動で汗をかいて新陳代謝を高めることで
動脈硬化から防いで行ったほうがいいが、これは多重の因果性を帯びた生理現象であるために
西洋医学で厳密に認定できることはなく、よって医者も正しかった所で奨めることができない。
この、一重の因果関係ばかりに囚われて、因果の多重性や複合性を見落としてしまう
といった問題性が、現代医療などに限らず、思考回路一般にも落とし込まれることがある。
今までに俺も、特に西洋医学に基づく疾病治療は、「こういう原因があっての結果」という
一重の因果関係に基づく病理現象しか対象にしていないという問題を論じて来た。
多重性や複合性を帯びた因果関係に基づく病理は、厳密な反証可能性を欠いているために、
直観性に頼る曖昧さが寸分でも介在することを嫌って、その一切を治療対象としない。
だからといって、そういった原因に基づく疾病が存在しないわけではないのだし、
人間という生き物が患い得るごく一部の病気しか原理的に治療することができないという、
洋学ならではの杓子定規さに基づくジレンマを抱えていることを指摘して来たわけである。
実例:
動脈硬化で高血圧体質になった患者には減塩が有効でも、
そうでないうちは塩や水をしっかり摂って運動で汗をかいて新陳代謝を高めることで
動脈硬化から防いで行ったほうがいいが、これは多重の因果性を帯びた生理現象であるために
西洋医学で厳密に認定できることはなく、よって医者も正しかった所で奨めることができない。
この、一重の因果関係ばかりに囚われて、因果の多重性や複合性を見落としてしまう
といった問題性が、現代医療などに限らず、思考回路一般にも落とし込まれることがある。
「全ての人間は女が産むのだから、女のほうが男よりも偉い」
などと決めつけてかかる輩があっちでもいたけれども、当然、男が女に種を仕込むことで
子が産まれるのだし、子供を産み育てて行くための元手を提供する人間社会一般のほうは、
むしろ男のほうが主導的に形作っているのだから、そこまで配慮を利かせられたなら、
上みたいな安易な決めつけもできないはずなのだが。「子を産む」という行為は一重の因果である一方、
「種を仕込んで子が産まれる」「生育の元手を提供することで産み育てられる」といった行為は
二重以上の因果を伴うために、一重の因果関係しか見えない近視眼によっては無視されてしまう。
「自分に生活手段を提供してくれている社会人たちは、ただそれだけでも偉い」
などという決めつけもあったが。その社会人たちの大多数が、統一自民みたいなカルト政権を
支持することで、いつまでも次世代が社会的にやっていけない窮状を招いて来たなんて
こともあるし、現代医療に頼り切っての無理な延命と共なる現職へのしがみつきによって、
いつまでも次世代にろくな働き口を継がせてやろうともしないといった問題もある。
ただ、やはりそれらの問題もまた二重以上の因果関係として現出しているものだから、
一重の因果関係しか見えない蒙昧さの持ち主が、すべての次世代もまた、現職の勤労者を
恩人として崇め立てねばならないなどと断言するのを挫かれる根拠にはならないのである。
などと決めつけてかかる輩があっちでもいたけれども、当然、男が女に種を仕込むことで
子が産まれるのだし、子供を産み育てて行くための元手を提供する人間社会一般のほうは、
むしろ男のほうが主導的に形作っているのだから、そこまで配慮を利かせられたなら、
上みたいな安易な決めつけもできないはずなのだが。「子を産む」という行為は一重の因果である一方、
「種を仕込んで子が産まれる」「生育の元手を提供することで産み育てられる」といった行為は
二重以上の因果を伴うために、一重の因果関係しか見えない近視眼によっては無視されてしまう。
「自分に生活手段を提供してくれている社会人たちは、ただそれだけでも偉い」
などという決めつけもあったが。その社会人たちの大多数が、統一自民みたいなカルト政権を
支持することで、いつまでも次世代が社会的にやっていけない窮状を招いて来たなんて
こともあるし、現代医療に頼り切っての無理な延命と共なる現職へのしがみつきによって、
いつまでも次世代にろくな働き口を継がせてやろうともしないといった問題もある。
ただ、やはりそれらの問題もまた二重以上の因果関係として現出しているものだから、
一重の因果関係しか見えない蒙昧さの持ち主が、すべての次世代もまた、現職の勤労者を
恩人として崇め立てねばならないなどと断言するのを挫かれる根拠にはならないのである。
M坊さんが癌になったのは、突然の報いだったのでしょうか?
突然じゃないだろ。
自分を粗末にし抜いて来た、長年の無理が祟っての報いだろ。
当人に限らず、バブル世代には非常にその手の部類の自滅者が多い。
ディスコで寝る間も惜しんで踊り明かしていた若い頃の無理もあれば、
中年期以降も決して次世代に権益を明け渡しはすまいと、
旧世代のしんがりとして奮闘し抜いて来た無理もあろう。
中には漫画の「ベルセルク」の作者みたいに、
俺ですら夭折が惜しまれるようなバブル世代もいる。
もう少しその無理を次世代とも折半してくれればよかったものを。
ホリエモンを檻の中にぶち込んででも自分たちの栄華ばかりを優先し抜いたあまりの
破滅に対しては、ざまあという思いと、いと哀れという思いが交錯し続けてやまない。
自分を粗末にし抜いて来た、長年の無理が祟っての報いだろ。
当人に限らず、バブル世代には非常にその手の部類の自滅者が多い。
ディスコで寝る間も惜しんで踊り明かしていた若い頃の無理もあれば、
中年期以降も決して次世代に権益を明け渡しはすまいと、
旧世代のしんがりとして奮闘し抜いて来た無理もあろう。
中には漫画の「ベルセルク」の作者みたいに、
俺ですら夭折が惜しまれるようなバブル世代もいる。
もう少しその無理を次世代とも折半してくれればよかったものを。
ホリエモンを檻の中にぶち込んででも自分たちの栄華ばかりを優先し抜いたあまりの
破滅に対しては、ざまあという思いと、いと哀れという思いが交錯し続けてやまない。
(>>191の続き)
かような、一重の因果関係ばかりを偏重して、その他を無視してかかる短絡志向を
ヒスが好むというのも、先ごろの遠吠えのあやしなどから知れたことだけれども。
そのような短絡志向で派閥組織内の風潮を塗り固めることで、多重性や複合性を帯びたような
複雑な問題からほとんどの組員たちの目を逸らさせるといった試みが為されることもあるようである。
毎日テレビに出られるほどの成功者側となったジャニタレの中には、性加害問題を被害者
として糾弾しようとするような者は未だに一人もいないし(別に掘られてないわけではない)、
そのため現副社長の井ノ原なども、本当は何も悪くないんだけど、悪い扱いするような連中が
多くに上ってしまっている状態だから戦わないといけないみたいな、世迷言をほざいているのである。
https://news.yahoo.co.jp/articles/0b7862041e83896d63e49...
かような、一重の因果関係ばかりを偏重して、その他を無視してかかる短絡志向を
ヒスが好むというのも、先ごろの遠吠えのあやしなどから知れたことだけれども。
そのような短絡志向で派閥組織内の風潮を塗り固めることで、多重性や複合性を帯びたような
複雑な問題からほとんどの組員たちの目を逸らさせるといった試みが為されることもあるようである。
毎日テレビに出られるほどの成功者側となったジャニタレの中には、性加害問題を被害者
として糾弾しようとするような者は未だに一人もいないし(別に掘られてないわけではない)、
そのため現副社長の井ノ原なども、本当は何も悪くないんだけど、悪い扱いするような連中が
多くに上ってしまっている状態だから戦わないといけないみたいな、世迷言をほざいているのである。
https://news.yahoo.co.jp/articles/0b7862041e83896d63e49...
恩師ジャニーさんに自分は直接いい思いをさせてもらって来た側の立場だから、
その裏でどんなに多くの掘られ損な被害者が多くいたのだろうとも、その当事者でない
自分にとっては関係のないことだし、今こうして自分たちごとの窮地に立たされているのも、
多重の因果が絡んでのことだから、自分が直接いい思いをさせてもらったことほどの重みはない。
そういった短絡志向の近視眼さで組織内を塗り固めることで、内部からの瓦解を防いできた。
グルーミングなどと呼ばれている手管もその一環のうちで、客観的にはどう見ても悲惨な被害者にしか
見えないような元ジャニタレまでもが恩義を感じていたりするのにも、さような内情があるのである。
その裏でどんなに多くの掘られ損な被害者が多くいたのだろうとも、その当事者でない
自分にとっては関係のないことだし、今こうして自分たちごとの窮地に立たされているのも、
多重の因果が絡んでのことだから、自分が直接いい思いをさせてもらったことほどの重みはない。
そういった短絡志向の近視眼さで組織内を塗り固めることで、内部からの瓦解を防いできた。
グルーミングなどと呼ばれている手管もその一環のうちで、客観的にはどう見ても悲惨な被害者にしか
見えないような元ジャニタレまでもが恩義を感じていたりするのにも、さような内情があるのである。
このスレももうそろそろ終わりか、
あるいは上のほうのコピペ荒らしを大量削除しての延長を望むか。
ジャニーズ摘発の報道がまだまだ続いていることだし、
同様の話題でまだまだスレを消費して行くこともできるが。
あんまり下ばかり見ての物言いもつまらないもの。
もう少し人間という生き物の光の側面にも目を向けられるような
本題で次スレは立てておいて、必要に応じてそこでまた、
このスレでしてたような話も差し挟むようにするかな。
あるいは上のほうのコピペ荒らしを大量削除しての延長を望むか。
ジャニーズ摘発の報道がまだまだ続いていることだし、
同様の話題でまだまだスレを消費して行くこともできるが。
あんまり下ばかり見ての物言いもつまらないもの。
もう少し人間という生き物の光の側面にも目を向けられるような
本題で次スレは立てておいて、必要に応じてそこでまた、
このスレでしてたような話も差し挟むようにするかな。
今日は「スポーツの日」という名目の祝日だが。
今年ほど、日本人が国内外のスポーツで大活躍した年もあるまい。
野球では大谷、サッカーでは三苫、バスケでは渡辺や八村に、
体操もまた世界一、他にも色々と世界トップ級の活躍に及ぶ日本人だらけという、
もうこれ以上なんか望むべくもないほどのオールマイティな活躍を見せてる。
それで、日本社会のほうはどうなってるかっていうと、究極の低迷状態。
バブル崩壊以来、失われた30年とほぼ変わらないような経済的苦境に多くの
人々が喘がされたままでいながら、さらに物価高や増税までもが襲い掛かるという、
泣きっ面にオオスズメバチの大群が攻撃して来てるような惨状となっている。
まさに、「スポーツ栄えて国亡ぶ」とでもいうべき有様。
今年ほど、日本人が国内外のスポーツで大活躍した年もあるまい。
野球では大谷、サッカーでは三苫、バスケでは渡辺や八村に、
体操もまた世界一、他にも色々と世界トップ級の活躍に及ぶ日本人だらけという、
もうこれ以上なんか望むべくもないほどのオールマイティな活躍を見せてる。
それで、日本社会のほうはどうなってるかっていうと、究極の低迷状態。
バブル崩壊以来、失われた30年とほぼ変わらないような経済的苦境に多くの
人々が喘がされたままでいながら、さらに物価高や増税までもが襲い掛かるという、
泣きっ面にオオスズメバチの大群が攻撃して来てるような惨状となっている。
まさに、「スポーツ栄えて国亡ぶ」とでもいうべき有様。
だいたい、日本ほどスポーツとあらば何でもかんでも際限なく手を伸ばして
いるような国も他になく、どこでも限られた種目に国を挙げて専念してるもんだが。
あらゆる分野でトップ級の成果を挙げようとして、人材の乱用を来たした
挙句に国全体が疲弊状態に置かれている様は、まるで大戦末期の日本軍が、
兵站をも無視して戦線を広げ抜いた挙句に自滅して行った姿にも似る。
大本営が好んで流布していた、日本兵たちの活躍の報道なども、
決してそのすべてがウソだったわけではなかろうが、本当だったところで、
部分の活躍ばかりを針小棒大にあげつらうことで、全体が劣勢に立たされて
いることから目を逸らさせる効果などを帯びていたのに違いない。
それと同じように、どんなにスポーツごときで日本人が活躍しようとも、
日本全体がよくなることなんて決してないのだという現実ともいい加減、
向き合わねばなるまい。それはどこまでも現実逃避の手段にしかならないのだと。
いるような国も他になく、どこでも限られた種目に国を挙げて専念してるもんだが。
あらゆる分野でトップ級の成果を挙げようとして、人材の乱用を来たした
挙句に国全体が疲弊状態に置かれている様は、まるで大戦末期の日本軍が、
兵站をも無視して戦線を広げ抜いた挙句に自滅して行った姿にも似る。
大本営が好んで流布していた、日本兵たちの活躍の報道なども、
決してそのすべてがウソだったわけではなかろうが、本当だったところで、
部分の活躍ばかりを針小棒大にあげつらうことで、全体が劣勢に立たされて
いることから目を逸らさせる効果などを帯びていたのに違いない。
それと同じように、どんなにスポーツごときで日本人が活躍しようとも、
日本全体がよくなることなんて決してないのだという現実ともいい加減、
向き合わねばなるまい。それはどこまでも現実逃避の手段にしかならないのだと。
当然の報いといえば、そりゃそうだろう。
むしろ典型的バブル世代にしては、よく報いに耐え抜いてるほうなぐらいだ。
団塊ですら、戦前世代にシバき抜かれながら成り上がって行くような
重しがあった上での出世だったから、極端なヘビースモカーでもない限りは
それなりに健康に長生きできているというのに、バブル世代たるや、
若い頃から企業に頭を下げて就職を願われる厚遇っぷりで、バブル崩壊後も
そんな自分たちへの扱いを決して損なわせはすまいと奮闘し続けて来たのだし。
戦後、最も苦労をして来なかった世代である一方で、
苦労から逃れて遊び呆けるためとあらばどんな手段も辞さなかったという、
非常に奇特な生き方こそが、先端医療でも補いきれない域の自滅を招いている。
お釈迦様が大悟の元手とされた、「富貴も貧賤も過ぎたるは猶及ばざるが如し」
という教訓のうちの、富貴の場合のほうを世代総出を挙げて体現してくれている。
その有様には大いなる哀れみを抱かされる一方で、貧賤で過ぎたるに及んでいる次世代側
としての自分たちへの、反反面教師ならではの教訓をも見落としてはならないなと思うのである。
むしろ典型的バブル世代にしては、よく報いに耐え抜いてるほうなぐらいだ。
団塊ですら、戦前世代にシバき抜かれながら成り上がって行くような
重しがあった上での出世だったから、極端なヘビースモカーでもない限りは
それなりに健康に長生きできているというのに、バブル世代たるや、
若い頃から企業に頭を下げて就職を願われる厚遇っぷりで、バブル崩壊後も
そんな自分たちへの扱いを決して損なわせはすまいと奮闘し続けて来たのだし。
戦後、最も苦労をして来なかった世代である一方で、
苦労から逃れて遊び呆けるためとあらばどんな手段も辞さなかったという、
非常に奇特な生き方こそが、先端医療でも補いきれない域の自滅を招いている。
お釈迦様が大悟の元手とされた、「富貴も貧賤も過ぎたるは猶及ばざるが如し」
という教訓のうちの、富貴の場合のほうを世代総出を挙げて体現してくれている。
その有様には大いなる哀れみを抱かされる一方で、貧賤で過ぎたるに及んでいる次世代側
としての自分たちへの、反反面教師ならではの教訓をも見落としてはならないなと思うのである。
(>>199の続き)
今の日本は、スポーツ庁なんかまで作っちまった手前、
本当にスポーツで世界の覇権を取ろうだなんて、国を挙げて考えてるキライがあるが。
そもそもがスポーツという文化体系自体が、そんなことは不可能なように展開されている。
アメリカはアメフトやバスケ、欧州はサッカーやラグビー、インドはクリケット、中国は卓球などと、
世界中で主要に振興している種目が分断されているせいで、どれで一番になったところで
完全なる世界一なんかにはならない上、たとえ全てでトップになったとしても、
世界中が個別のスポーツへの狭隘な嗜好ばかりに特化しているものだから、
「あっそう、それで?」程度の扱いにしかならないのである。
去年のワールドカップで世界一になったアルゼンチンも相変わらず
没落国のままだったりと、仮に一番人気のサッカーでトップに立とうとも、
それが国の繫栄などと連動したりするはずがないのもまた保証されている。
せめてでも、スポーツによる国家的覇権の獲得なんてのは、サブのサブぐらいの扱いまでに
留めておくべきなのに、今の日本などは興国最後の頼みの綱みたいな扱いにしているせいで、
国が衰亡し続けて行く現実への、有効な対処のほうを怠る原因にまでなっているのである。
今の日本は、スポーツ庁なんかまで作っちまった手前、
本当にスポーツで世界の覇権を取ろうだなんて、国を挙げて考えてるキライがあるが。
そもそもがスポーツという文化体系自体が、そんなことは不可能なように展開されている。
アメリカはアメフトやバスケ、欧州はサッカーやラグビー、インドはクリケット、中国は卓球などと、
世界中で主要に振興している種目が分断されているせいで、どれで一番になったところで
完全なる世界一なんかにはならない上、たとえ全てでトップになったとしても、
世界中が個別のスポーツへの狭隘な嗜好ばかりに特化しているものだから、
「あっそう、それで?」程度の扱いにしかならないのである。
去年のワールドカップで世界一になったアルゼンチンも相変わらず
没落国のままだったりと、仮に一番人気のサッカーでトップに立とうとも、
それが国の繫栄などと連動したりするはずがないのもまた保証されている。
せめてでも、スポーツによる国家的覇権の獲得なんてのは、サブのサブぐらいの扱いまでに
留めておくべきなのに、今の日本などは興国最後の頼みの綱みたいな扱いにしているせいで、
国が衰亡し続けて行く現実への、有効な対処のほうを怠る原因にまでなっているのである。
スポーツ振興に、まったく国際競争上の利益がないわけでもなくて、
「自分たちは陰惨な現実社会での争いとは無縁なごっこ遊びも奨励していますよ~」
といったキャンペーンによる、国への印象改善からの利益なども見込まれるわけだ。
アメリカや中国並みに、国際競争の頂上付近にあり続けている連中までもが、
それと共なるスポーツ振興を心がけて来たのもまた、そういった理由に基づく。
一方、国際競争をほとんど放棄したも同然の状態にある今の日本などが、
スポーツ振興なんかに躍起になるとどうなるかというと、まさに案の定で、
むしろ世界から奪われ去るに任せる自分たちの実情から目を背ける材料とばかりなる。
アルゼンチンみたいに、完全にそれを開き直るのとは違って、
「スポーツで国が世界のトップに立てるw」なんていう幻想を抱きながらの、
ありとあらゆるスポーツへと戦線拡大し続けているような有り様なものだから、
より一層傾国を助長させながらの夢見心地に陥っているのが、今の日本なわけである。
「自分たちは陰惨な現実社会での争いとは無縁なごっこ遊びも奨励していますよ~」
といったキャンペーンによる、国への印象改善からの利益なども見込まれるわけだ。
アメリカや中国並みに、国際競争の頂上付近にあり続けている連中までもが、
それと共なるスポーツ振興を心がけて来たのもまた、そういった理由に基づく。
一方、国際競争をほとんど放棄したも同然の状態にある今の日本などが、
スポーツ振興なんかに躍起になるとどうなるかというと、まさに案の定で、
むしろ世界から奪われ去るに任せる自分たちの実情から目を背ける材料とばかりなる。
アルゼンチンみたいに、完全にそれを開き直るのとは違って、
「スポーツで国が世界のトップに立てるw」なんていう幻想を抱きながらの、
ありとあらゆるスポーツへと戦線拡大し続けているような有り様なものだから、
より一層傾国を助長させながらの夢見心地に陥っているのが、今の日本なわけである。
俺の武芸仲間のうちには、
「スポーツは戦争を模しているから好まん」という人もいるが。
むしろ、その戦争を模しているという所こそは、スポーツの利用価値の高さでもある。
とはいえ、サバゲーのように完全にそのディティールまで再現しているのではなく、
使う道具はせいぜい球や棒止まりで、子供みたいな半そで半パンのユニフォームを
着たりしながら、お遊戯であることに特化された範囲内での競争に終始する。
その外面的な平和っぽさの中で、大本営発表に狂喜乱舞していた戦前の日本人のような
好戦性を人々に植え付けることで、いざ本物の戦争になった時にも、そのままその
集団ヒステリーが援用されての、戦線への兵士の投入が捗るようになる。
一方で、それ自体は軍事訓練の域にすら入らないお遊戯の範疇だから、
自国の平和主義の象徴として国内外に掲げることでの印象改善なども見込まれる。
つまり、スポーツ文化というのは覇権主義国家にとっての、自分たちの本性を隠しながら
勢力の強大化を図るための隠れ蓑としてこそ打ってつけのコンテンツなのであり、
それはスポーツ発祥の地である古代ギリシャ・ローマからして、まさに典型的な
覇権主義国としての侵略征服をほしいままにしていたことからも裏付けられているのである。
「スポーツは戦争を模しているから好まん」という人もいるが。
むしろ、その戦争を模しているという所こそは、スポーツの利用価値の高さでもある。
とはいえ、サバゲーのように完全にそのディティールまで再現しているのではなく、
使う道具はせいぜい球や棒止まりで、子供みたいな半そで半パンのユニフォームを
着たりしながら、お遊戯であることに特化された範囲内での競争に終始する。
その外面的な平和っぽさの中で、大本営発表に狂喜乱舞していた戦前の日本人のような
好戦性を人々に植え付けることで、いざ本物の戦争になった時にも、そのままその
集団ヒステリーが援用されての、戦線への兵士の投入が捗るようになる。
一方で、それ自体は軍事訓練の域にすら入らないお遊戯の範疇だから、
自国の平和主義の象徴として国内外に掲げることでの印象改善なども見込まれる。
つまり、スポーツ文化というのは覇権主義国家にとっての、自分たちの本性を隠しながら
勢力の強大化を図るための隠れ蓑としてこそ打ってつけのコンテンツなのであり、
それはスポーツ発祥の地である古代ギリシャ・ローマからして、まさに典型的な
覇権主義国としての侵略征服をほしいままにしていたことからも裏付けられているのである。
覇権主義は、孟子の王覇論でいうところの覇道だし、
決してそんなものを開き直って増長させるべきではないという
道義的観点からも、東洋ではスポーツ的なコンテンツの、
単なるお遊戯の域を超えた振興などは控えられて来たのだが。
王覇論でいうところの王道が元から存在していない西洋においては
そんな歯止めも利くことがなく、侵略戦争までをも好き好む自分たちの本性を
粉飾、美化するためのプロパガンダとしてのスポーツまでもが盛大化することとなった。
スポーツは決して軍事教練ではないから、振興したからといって自国民の
戦闘能力が高まるわけではない。特に軍事兵器が高度に機械化されている近代においては、
頭も手先もろくに使わずに体だけ動かして来た体育会系などは、ひ弱なオタクほどにも
使えなかったりするのだけれども。それでもスポーツへの熱心な愛好がもたらす
狂乱状態というものが、そっくりそのまま不義の侵略戦争時の熱狂などにも転用が
可能なものであるために、マクロ規模で見ればやはり大きな意義があることになる。
腐っても王道尊重で侵略戦争なども極力控えていた清代までの中国では、
運動全般が卑賤の行いとして忌み嫌われていた一方で、それなりに覇権主義的な
勢力拡大にも乗り出し始めた中共こそは卓球バスケサッカーその他と、
多くのスポーツ分野の振興にも余念がないでいるのも、まさにそのためである。
決してそんなものを開き直って増長させるべきではないという
道義的観点からも、東洋ではスポーツ的なコンテンツの、
単なるお遊戯の域を超えた振興などは控えられて来たのだが。
王覇論でいうところの王道が元から存在していない西洋においては
そんな歯止めも利くことがなく、侵略戦争までをも好き好む自分たちの本性を
粉飾、美化するためのプロパガンダとしてのスポーツまでもが盛大化することとなった。
スポーツは決して軍事教練ではないから、振興したからといって自国民の
戦闘能力が高まるわけではない。特に軍事兵器が高度に機械化されている近代においては、
頭も手先もろくに使わずに体だけ動かして来た体育会系などは、ひ弱なオタクほどにも
使えなかったりするのだけれども。それでもスポーツへの熱心な愛好がもたらす
狂乱状態というものが、そっくりそのまま不義の侵略戦争時の熱狂などにも転用が
可能なものであるために、マクロ規模で見ればやはり大きな意義があることになる。
腐っても王道尊重で侵略戦争なども極力控えていた清代までの中国では、
運動全般が卑賤の行いとして忌み嫌われていた一方で、それなりに覇権主義的な
勢力拡大にも乗り出し始めた中共こそは卓球バスケサッカーその他と、
多くのスポーツ分野の振興にも余念がないでいるのも、まさにそのためである。
別に、清帝国ほどもの惰弱化ばかりを目指すべきだなんてことはなく、
スポーツみたいにお遊戯の仮面を被って人々の好戦性を増長させて行く運動ではなく、
純粋に人殺しの手段であることに特化した武芸のような運動に取り組むことで、
逆に争いの殺伐さを心の底から受け止めて行くことに特化すればいいのである。
古来の武芸は、非常に原始的な刀槍弓馬の修練に特化しているために、
現代戦でそのまま全ての技法が応用できるなんてこともないが、むしろより
血みどろで残酷極まる近接戦の殺し合いにかけての技法であるために、
それよりかはだいぶ遠巻きさばかりが進行している現代戦以上に、人の命を
奪ったりする行為の重大さについて、深く考えさせられるものとなっている。
生半可なら、そこから心神喪失と共なるウォーモンガー化なんてことにもなりかねないが、
より修練を重ねれば重ねるほど、戦争級に殺し合いがお祭り化することへの忌避感のほうが
立ち萎えになり、そこでの集団ヒステリーに乗せられるようなこともなくなるであろう。
スポーツなどとは真逆の心理的効果を帯びた運動であるために、どちらかを立てる
一方はもう一方が立たなくなるもので、今はスポーツを立てているために武芸が
立たなくなっている時代である。これから戦争が活性化しかねない時代とあらば、
なおのことその立場を逆転させて行くのでなければ、核による得点争いまでもが夢ではなくなろう。
スポーツみたいにお遊戯の仮面を被って人々の好戦性を増長させて行く運動ではなく、
純粋に人殺しの手段であることに特化した武芸のような運動に取り組むことで、
逆に争いの殺伐さを心の底から受け止めて行くことに特化すればいいのである。
古来の武芸は、非常に原始的な刀槍弓馬の修練に特化しているために、
現代戦でそのまま全ての技法が応用できるなんてこともないが、むしろより
血みどろで残酷極まる近接戦の殺し合いにかけての技法であるために、
それよりかはだいぶ遠巻きさばかりが進行している現代戦以上に、人の命を
奪ったりする行為の重大さについて、深く考えさせられるものとなっている。
生半可なら、そこから心神喪失と共なるウォーモンガー化なんてことにもなりかねないが、
より修練を重ねれば重ねるほど、戦争級に殺し合いがお祭り化することへの忌避感のほうが
立ち萎えになり、そこでの集団ヒステリーに乗せられるようなこともなくなるであろう。
スポーツなどとは真逆の心理的効果を帯びた運動であるために、どちらかを立てる
一方はもう一方が立たなくなるもので、今はスポーツを立てているために武芸が
立たなくなっている時代である。これから戦争が活性化しかねない時代とあらば、
なおのことその立場を逆転させて行くのでなければ、核による得点争いまでもが夢ではなくなろう。
よっしゃ!まかせとき!
百害あって一利もないな、確かにw
なんだよ、ダンマリかよ🤣
正直、このスレは主題に沿おうとすればするほど、
ジャニーズ問題に関する話で持ちきりになってしまうのがつまらなかったんで、
もうそれ専用のスレにして、報道が続いてる内だけでも保全しといてくれれば助かる。
そういう話に限ってはこっちに寄稿するようにしてやるから。
ジャニーズ問題に関する話で持ちきりになってしまうのがつまらなかったんで、
もうそれ専用のスレにして、報道が続いてる内だけでも保全しといてくれれば助かる。
そういう話に限ってはこっちに寄稿するようにしてやるから。
ホリエモン、消費増税に賛成
https://jisin.jp/domestic/2249806...
生涯独身で妻子どころか家も持つ気がない競争主義者ホモの意見としては、別におかしくないね。
底辺民からの少子化解消目的とかいうのが、自己破綻でイかれてるだけで。
普通に認知症レベルの判断能力の低さだと思うが。
集団ヒステリー状態な組織の長ともなれば、それでも健常者扱いとなるのだろう。
https://jisin.jp/domestic/2249806...
生涯独身で妻子どころか家も持つ気がない競争主義者ホモの意見としては、別におかしくないね。
底辺民からの少子化解消目的とかいうのが、自己破綻でイかれてるだけで。
普通に認知症レベルの判断能力の低さだと思うが。
集団ヒステリー状態な組織の長ともなれば、それでも健常者扱いとなるのだろう。
今の十倉とホリエモンの関係は、さながら
「狂気の偽善と正気の悪」とでもいったところか。
ホリエモンも決して正義の味方などではなく、
濁世にドップリと浸かって悪に染まり切ってる度合いでは十倉以上だが、
今さら失脚を怖れる必要もない立場の低さから、発言の筋ぐらいは
以前以上にちゃんと通せるようになって来ている。
旧世代側の勝ち組中の勝ち組代表として、
権益でがんじがらめにされている政商の長たるや、
悪であるなりの筋を通すことすらもはやできずに、
ガラにもない正義を掲げた挙句の、認知症並みの自己破綻に陥っている。
アメリカあたりでも、民主党勢と共和党勢への分断などによって如実化している、
世の中の「狂気の偽善」と「正気の悪」への二極化。どちらかといえば、
より派閥的な成功を元手に膨れ上がっているのは前者で、そこからあぶれた
者たちがやむなく寄せ集まっているのが後者とでもいった相違がある。
世の中が集団ヒステリーの派閥だけで成り立つわけもないし、
仮に一国が最大級にその手の派閥の横行を黙認しようとも、
それと同等かそれ以上の大所帯がまた否応なく残存し続ける。
ろくでもない時代の、どちらかといえば負け組として生じることから、
正義の志しなどろくになく、むしろ悪を開き直るようなザマでいるのが常なのだが。
そこに狂喜の偽善亡き後の世を担うための、立ち直りを促して行く必要もまたあろう。
「狂気の偽善と正気の悪」とでもいったところか。
ホリエモンも決して正義の味方などではなく、
濁世にドップリと浸かって悪に染まり切ってる度合いでは十倉以上だが、
今さら失脚を怖れる必要もない立場の低さから、発言の筋ぐらいは
以前以上にちゃんと通せるようになって来ている。
旧世代側の勝ち組中の勝ち組代表として、
権益でがんじがらめにされている政商の長たるや、
悪であるなりの筋を通すことすらもはやできずに、
ガラにもない正義を掲げた挙句の、認知症並みの自己破綻に陥っている。
アメリカあたりでも、民主党勢と共和党勢への分断などによって如実化している、
世の中の「狂気の偽善」と「正気の悪」への二極化。どちらかといえば、
より派閥的な成功を元手に膨れ上がっているのは前者で、そこからあぶれた
者たちがやむなく寄せ集まっているのが後者とでもいった相違がある。
世の中が集団ヒステリーの派閥だけで成り立つわけもないし、
仮に一国が最大級にその手の派閥の横行を黙認しようとも、
それと同等かそれ以上の大所帯がまた否応なく残存し続ける。
ろくでもない時代の、どちらかといえば負け組として生じることから、
正義の志しなどろくになく、むしろ悪を開き直るようなザマでいるのが常なのだが。
そこに狂喜の偽善亡き後の世を担うための、立ち直りを促して行く必要もまたあろう。
統一教会もジャニーズもその他のカルト的組織も、
女をまず最優先のカモネギとして取り込んでいるのが共通してるわな。
男は集団ヒステリー込みの派閥を形成したりしなかったりするが、
女はそういう派閥しか自分たち同士では作り上げることができない
生き物なものだから、その習性を有効活用することにまず特化するんだ。
それがそのままジャニーズみたいに女相手の商売で勝ち誇ることもあれば、
統一自民みたいに男の支持込みの争いで勝ち抜く手立てになることもある。
いずれにしろ、女尊男卑的な価値観の流布と共なる、
男たちの女への従順さをけしかけながらの勝ち抜きとなるために、
「だったらもう現実の異性付き合いなんかいらないや」という諦めを
共に促してしまうというヘマを犯して来た点でも共通するのである。
女をまず最優先のカモネギとして取り込んでいるのが共通してるわな。
男は集団ヒステリー込みの派閥を形成したりしなかったりするが、
女はそういう派閥しか自分たち同士では作り上げることができない
生き物なものだから、その習性を有効活用することにまず特化するんだ。
それがそのままジャニーズみたいに女相手の商売で勝ち誇ることもあれば、
統一自民みたいに男の支持込みの争いで勝ち抜く手立てになることもある。
いずれにしろ、女尊男卑的な価値観の流布と共なる、
男たちの女への従順さをけしかけながらの勝ち抜きとなるために、
「だったらもう現実の異性付き合いなんかいらないや」という諦めを
共に促してしまうというヘマを犯して来た点でも共通するのである。
ヒスの派閥が無能、悪党の集まりでいながら勝ち誇り、
世の中にとっての癌細胞格としての悪行三昧に至るような事態を
防ぎとめるためには、女たちに宗教的な依存対象の選択肢を与えず、
選択した所でそんなものには価値がないぐらいの扱いにしたほうがよい。
おそらくは、そうしなければこの世におけるカルトや集団ヒステリーの危害を完全に
防ぎ止めることは能わないだろうし、男女平等という時点でそれも不可能なことである。
ただでさえ、この世の半数は女が占めているのだから、その女たちがほんの少数でも
男たちをたらし込めばそれだけで過半数となり、世の中における絶対安定多数となる。
その上に、女こそは簡単にカルト的な組織への集団ヒステリー込みな依存状態へと
容易に陥ってしまうのだから、多数決が原則の民主主義にしろ、男女平等にしろ、
いかにも耳障りがいいイデオロギーであるにもかかわらず、その内実はといえば、
カルトやヒスの派閥のやりたい放題を王座にのし上げる邪道でしかないのである。
言葉の上での聞こえの良さと、それが現実に落とし込まれた場合の実情たるや、
かくも極端に乖離するものであるからには、決して巧言令色の良し悪しなどで、
現実社会のあるべき姿などを追い求めてはならないともいえるのである。
世の中にとっての癌細胞格としての悪行三昧に至るような事態を
防ぎとめるためには、女たちに宗教的な依存対象の選択肢を与えず、
選択した所でそんなものには価値がないぐらいの扱いにしたほうがよい。
おそらくは、そうしなければこの世におけるカルトや集団ヒステリーの危害を完全に
防ぎ止めることは能わないだろうし、男女平等という時点でそれも不可能なことである。
ただでさえ、この世の半数は女が占めているのだから、その女たちがほんの少数でも
男たちをたらし込めばそれだけで過半数となり、世の中における絶対安定多数となる。
その上に、女こそは簡単にカルト的な組織への集団ヒステリー込みな依存状態へと
容易に陥ってしまうのだから、多数決が原則の民主主義にしろ、男女平等にしろ、
いかにも耳障りがいいイデオロギーであるにもかかわらず、その内実はといえば、
カルトやヒスの派閥のやりたい放題を王座にのし上げる邪道でしかないのである。
言葉の上での聞こえの良さと、それが現実に落とし込まれた場合の実情たるや、
かくも極端に乖離するものであるからには、決して巧言令色の良し悪しなどで、
現実社会のあるべき姿などを追い求めてはならないともいえるのである。
ピンハネサンハネで日本社会を荒廃に追い込みながら
金満で肥え太ってる奴らって、具体的にどんな奴らなのか考えてみるに。
源流をたどれば薩長反幕や、諸国の悪徳庄屋や豪商にまで遡れるだろうが、
厳密にそんな連中限定というわけでもなく、相当数のならず者が慶応あたりで
増産されては世に蔓延るような真似を繰り返しているのが実情でもある。
https://bbs77.meiwasuisan.com/thought/1696046607/7-1...
そこから知れるのは、日本という国が上記のような「反知性的愛国」の旗印の下で、
集団ヒステリーによる妄動を肥大化させて行きやすい土壌なのではないかということ。
金満で肥え太ってる奴らって、具体的にどんな奴らなのか考えてみるに。
源流をたどれば薩長反幕や、諸国の悪徳庄屋や豪商にまで遡れるだろうが、
厳密にそんな連中限定というわけでもなく、相当数のならず者が慶応あたりで
増産されては世に蔓延るような真似を繰り返しているのが実情でもある。
https://bbs77.meiwasuisan.com/thought/1696046607/7-1...
そこから知れるのは、日本という国が上記のような「反知性的愛国」の旗印の下で、
集団ヒステリーによる妄動を肥大化させて行きやすい土壌なのではないかということ。
四方を絶海に囲われた島国で、他国への侵略を苦手とする代わりに、
他国からの侵略で大きな危害を被る危険も少なく、アメリカによる占領支配ですら、
人口の大半を異民族に乗っ取られるような大陸国間級の被害には及ばなかった。
さすれば、そもそも日本全体に対する愛国などというものが、実はあまり必要性を持たない。
日の丸の旗印の下で大和民族としての結束意識を高めたりするまでもなく、日本人はみんな
最強度の安全度で日本人なままである。にもかかわらず盲目な愛国心に囚われたりすれば、
それが火のない所に付け火して行く部類の狂乱を当人たちに宿してしまうのである。
わざわざ愛国などを掲げたりせずとも、日本という国の一致性は保たれるのに、
それでもあえて振りかざそうものなら、それが日本国民同士で奪い合い、中抜きピンハネで
不当に自分たちが肥え太ることをも正当化する、選民主義の愛国無罪志向となるわけだ。
他国からの侵略で大きな危害を被る危険も少なく、アメリカによる占領支配ですら、
人口の大半を異民族に乗っ取られるような大陸国間級の被害には及ばなかった。
さすれば、そもそも日本全体に対する愛国などというものが、実はあまり必要性を持たない。
日の丸の旗印の下で大和民族としての結束意識を高めたりするまでもなく、日本人はみんな
最強度の安全度で日本人なままである。にもかかわらず盲目な愛国心に囚われたりすれば、
それが火のない所に付け火して行く部類の狂乱を当人たちに宿してしまうのである。
わざわざ愛国などを掲げたりせずとも、日本という国の一致性は保たれるのに、
それでもあえて振りかざそうものなら、それが日本国民同士で奪い合い、中抜きピンハネで
不当に自分たちが肥え太ることをも正当化する、選民主義の愛国無罪志向となるわけだ。
今だと慶応閥あたりで、戦前だと軍上層部あたりにまで蔓延っていた、
反知性的愛国と集団ヒステリーの相乗で勝ち誇る連中こそは、
対外戦に限ってみれば、世界でも最弱級の部類の人種でもある。
何しろ、あのアメリカにも負けるぐらいのクソザコ加減なのだから。
毛沢東にも金正日にもホーチミンにもタリバンにも
負けどおしな、装備だけ豪華な腑抜け集団である米軍にすら
完敗するほどにも、対外戦の能力がないにも等しいやつら。
内輪の争いで利益を奪い去って肥え太ることに特化しているせいで、
いざ総員で外部と戦うとなると、その悪癖が裏目にはたらき、
一致団結な小国ほどの盤石さも築けないままでの自滅に陥る。
愛国心による挙国一致を求めながらも、本人たち自身がそれによる
弱体化の元凶になってしまう人種であるために、国を弱くしながら
敵と戦うことに終始してしまうという、疫病神にも程がある人種。
日本という国が強さを取り戻すためとかいう以上に、周辺諸国にとっての
足手まといになるほどの不甲斐なさのままでこの国があり続けること
による危害の払拭のためにこそ、放ってはおけないヤカラであろう。
反知性的愛国と集団ヒステリーの相乗で勝ち誇る連中こそは、
対外戦に限ってみれば、世界でも最弱級の部類の人種でもある。
何しろ、あのアメリカにも負けるぐらいのクソザコ加減なのだから。
毛沢東にも金正日にもホーチミンにもタリバンにも
負けどおしな、装備だけ豪華な腑抜け集団である米軍にすら
完敗するほどにも、対外戦の能力がないにも等しいやつら。
内輪の争いで利益を奪い去って肥え太ることに特化しているせいで、
いざ総員で外部と戦うとなると、その悪癖が裏目にはたらき、
一致団結な小国ほどの盤石さも築けないままでの自滅に陥る。
愛国心による挙国一致を求めながらも、本人たち自身がそれによる
弱体化の元凶になってしまう人種であるために、国を弱くしながら
敵と戦うことに終始してしまうという、疫病神にも程がある人種。
日本という国が強さを取り戻すためとかいう以上に、周辺諸国にとっての
足手まといになるほどの不甲斐なさのままでこの国があり続けること
による危害の払拭のためにこそ、放ってはおけないヤカラであろう。
主要タレントもみんな辞めて、東山まで辞めて、
元ジャニーズももはやもぬけの殻になりつつあるじゃないの。
そもそも一番の責任者がすでに死んでるんだから、
事務所単位では不完全燃焼な断罪になるしかないわ。
あくまで責任を取るというのなら、ジャニー喜多川の跋扈なんかを
総員で黙認してきた大メディア全体の解体にでも臨むのでなければ。
統一教会もまた、日本支部に大した責任者がいるわけでもないし、
国内の法人格だけ剥奪したところで、トカゲの尻尾切止まりに終わるのみ。
男よりもはるかにヒスに駆られやすい女こそは、自分自身の逃げ道を
確保しておくことに余念がないのと同じように、集団ヒステリーで
結束しているような派閥組織もまた、十全な摘発から逃げに逃げ抜いて
生き延びる手管を整え尽くしておくことに余念がない。
その禍根を根こそぎ絶つためにはやはり、体制が大元のところから
刷新される域の事変ーー革命すらなければ済まないこととなる。
ゆえに連中は「革命」という事象そのものをアカの所業だなどと
決めつけての絶対禁忌扱いなキャンペーンにも奔走して来たのである。
元ジャニーズももはやもぬけの殻になりつつあるじゃないの。
そもそも一番の責任者がすでに死んでるんだから、
事務所単位では不完全燃焼な断罪になるしかないわ。
あくまで責任を取るというのなら、ジャニー喜多川の跋扈なんかを
総員で黙認してきた大メディア全体の解体にでも臨むのでなければ。
統一教会もまた、日本支部に大した責任者がいるわけでもないし、
国内の法人格だけ剥奪したところで、トカゲの尻尾切止まりに終わるのみ。
男よりもはるかにヒスに駆られやすい女こそは、自分自身の逃げ道を
確保しておくことに余念がないのと同じように、集団ヒステリーで
結束しているような派閥組織もまた、十全な摘発から逃げに逃げ抜いて
生き延びる手管を整え尽くしておくことに余念がない。
その禍根を根こそぎ絶つためにはやはり、体制が大元のところから
刷新される域の事変ーー革命すらなければ済まないこととなる。
ゆえに連中は「革命」という事象そのものをアカの所業だなどと
決めつけての絶対禁忌扱いなキャンペーンにも奔走して来たのである。
新潟県中越地震だかのとき、ジャニタレの中では例外的なほどに
正統派の男前キャラ筆頭として人気を博していた長瀬智也が、
驚きのあまり着の身着のまま裸足で泊まってたホテルから逃げ出して、
気づいたら手にテレビのリモコンだけ持ってたってテレビでやってた覚えがある。
いま思えば、あれもジャニタレならではのビビリ加減だったなあ、と。
高身長で正統派の男前といえども、集団ヒステリーで結束してるような
組織の中では、少しでも今の立場が脅かされることへの恐怖感を滾らせて、
何かにかけてビビリ散らかすような過度の臆病さでしかいられなくなるのだな、と。
だからこそ、トップダウンな統制などに頼るまでもなく、
組織の構成員たちみんなが全力で保身のための安全対策に万全を期するし、
もはや崩壊が免れないとなった場合の避難経路までもが整備され尽くして行く。
日本中、世界中の一般市民こそが防災などのために見習うべきところだが、
狭隘な身内だけで絶大な利権を勝ち得るために付帯する習性であるために、
そううまくいくこともなく、必要もないような奴らほどその道に長けるのである。
正統派の男前キャラ筆頭として人気を博していた長瀬智也が、
驚きのあまり着の身着のまま裸足で泊まってたホテルから逃げ出して、
気づいたら手にテレビのリモコンだけ持ってたってテレビでやってた覚えがある。
いま思えば、あれもジャニタレならではのビビリ加減だったなあ、と。
高身長で正統派の男前といえども、集団ヒステリーで結束してるような
組織の中では、少しでも今の立場が脅かされることへの恐怖感を滾らせて、
何かにかけてビビリ散らかすような過度の臆病さでしかいられなくなるのだな、と。
だからこそ、トップダウンな統制などに頼るまでもなく、
組織の構成員たちみんなが全力で保身のための安全対策に万全を期するし、
もはや崩壊が免れないとなった場合の避難経路までもが整備され尽くして行く。
日本中、世界中の一般市民こそが防災などのために見習うべきところだが、
狭隘な身内だけで絶大な利権を勝ち得るために付帯する習性であるために、
そううまくいくこともなく、必要もないような奴らほどその道に長けるのである。
今から10年以上前、スノーデンによるNSAの通信傍受暴露よりも前に、
「日本中、世界中の通信が権力者たちによって盗聴されている」なんて
一般人相手に主張すれば、ただそれだけでも病気の陰謀論者扱いをされたもの。
それが事実だと発覚した後にも、大多数の一般人は特別な警戒を講じることもなく、
特に無防備な日本人の中には、中韓に傍受されていることまでもが判明している
LINEを使い続けることすら開き直っているような連中までもが多い始末。
そういう一般人が、自己正当化のために用いる代表的な言い訳に、
「別に自分は何も悪いことなんかしてないのだから心配いらない」というのがあるが。
そんなわけもなく、何も悪いことなんかしてないはずの日本企業などに対しても、
諸外国のスパイはいくらでも機密情報などを抜き取っての加害に及んで来たもの。
もちろん天災やもらい事故だって、何も悪いことなんかしてない所に降りかかって来るもの。
世間一般の無辜の市民ほど、そのような危害にまで警戒心を抱くことを怠りやすい一方、
自分自身やその身内が加害側として立ち回ることで大きな権益を勝ち得ていたり
するような連中ほど「蛇の道は蛇」で、同様な危害への警戒を怠らないものなのである。
「日本中、世界中の通信が権力者たちによって盗聴されている」なんて
一般人相手に主張すれば、ただそれだけでも病気の陰謀論者扱いをされたもの。
それが事実だと発覚した後にも、大多数の一般人は特別な警戒を講じることもなく、
特に無防備な日本人の中には、中韓に傍受されていることまでもが判明している
LINEを使い続けることすら開き直っているような連中までもが多い始末。
そういう一般人が、自己正当化のために用いる代表的な言い訳に、
「別に自分は何も悪いことなんかしてないのだから心配いらない」というのがあるが。
そんなわけもなく、何も悪いことなんかしてないはずの日本企業などに対しても、
諸外国のスパイはいくらでも機密情報などを抜き取っての加害に及んで来たもの。
もちろん天災やもらい事故だって、何も悪いことなんかしてない所に降りかかって来るもの。
世間一般の無辜の市民ほど、そのような危害にまで警戒心を抱くことを怠りやすい一方、
自分自身やその身内が加害側として立ち回ることで大きな権益を勝ち得ていたり
するような連中ほど「蛇の道は蛇」で、同様な危害への警戒を怠らないものなのである。
はよしろな~~~~~ダボ
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スレッドタイトル:文弱の、ヒスとコミュ力による派閥争い