日本は、宗教が世界最高峰 だ っ た 国である 偉大なる生存の報告Part346
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あくまで過去形であって、現在進行形とはできない話ではあるが、
それはそれで史実としてわきまえておくべき事柄。
「日本人はみんな宗教心が薄い」という外国人からの指摘に、
「一神教的ではない独自の宗教心がある」などと反論されることが多いが、
実際問題、現代日本人の宗教心が軒並み薄いのにも違いはない。
そんな状態でも、下手に信教に敬虔な外国人などよりも、総員で
はるかに善良な人間でいられているのが、外国人からは不思議に思われる。
それは、明治期以降に徹底弾圧された古来の仏神信仰が、
人々に善徳を具わらせることにかけて超特級の効能を持ち合わせる最上級品
であったために、その威徳が未だに人々を律し続けられているからである。
善徳修養のための信教として世界最高峰だったから、廃仏毀釈やアメリカナイズ
などを通じて、その威徳が薄まりに薄まり抜いた昨今においても、日本人の徳性は
世界最上級でいるし、それゆえ当の日本人たち自身も、改めて宗教なぞに帰依して行く
必要性をほとんど感じず、新興宗教なども軒並みカルト止まりとしか思わない。
故に、日本人が宗教信仰を見直していくとしても、そこには古来への回帰ぐらいしか
選択肢がない。今や浄土門以外でも当たり前と化している生臭坊主が嫌だというのなら、
本格出家の寺門を復興して行くべきのみであり、別の信教なぞを望むべくもないのである。

それはそれで史実としてわきまえておくべき事柄。
「日本人はみんな宗教心が薄い」という外国人からの指摘に、
「一神教的ではない独自の宗教心がある」などと反論されることが多いが、
実際問題、現代日本人の宗教心が軒並み薄いのにも違いはない。
そんな状態でも、下手に信教に敬虔な外国人などよりも、総員で
はるかに善良な人間でいられているのが、外国人からは不思議に思われる。
それは、明治期以降に徹底弾圧された古来の仏神信仰が、
人々に善徳を具わらせることにかけて超特級の効能を持ち合わせる最上級品
であったために、その威徳が未だに人々を律し続けられているからである。
善徳修養のための信教として世界最高峰だったから、廃仏毀釈やアメリカナイズ
などを通じて、その威徳が薄まりに薄まり抜いた昨今においても、日本人の徳性は
世界最上級でいるし、それゆえ当の日本人たち自身も、改めて宗教なぞに帰依して行く
必要性をほとんど感じず、新興宗教なども軒並みカルト止まりとしか思わない。
故に、日本人が宗教信仰を見直していくとしても、そこには古来への回帰ぐらいしか
選択肢がない。今や浄土門以外でも当たり前と化している生臭坊主が嫌だというのなら、
本格出家の寺門を復興して行くべきのみであり、別の信教なぞを望むべくもないのである。

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(>>23の続き) 歴史的に、儒学や道家思想が文化面で根を張ってない東南アジアなどでは、
仏門があらゆる倫理観を司る方向へと発展して来た経緯があるが、
日本やその他の東アジア諸国で広まった大乗仏教にはそのような僭越の歴史がないし、
すでに国を司る規模の信教として成熟していた古代バラモン教を相手取って
擁立された出家主義の宗門としての、本来の仏教の在り方にもより則っているといえる。
なればこそ東南アジア諸国などよりも歴史的に国ごと強大たり、先の大戦では日本こそが
欧米列強の植民地支配から彼らを解放する役回りすら演じられたのだけれども。
そのせいで「仏教さえ残しといてやればいいだろ」という口実の下に、それらはそれらで
極めて重要な役割を果たしていた儒学や道家思想の廃絶、実践の禁止が徹底された結果、
仏門までもが共に無力化し、人々がその教えへの逆行を恣にするような事態にも陥ってしまった。
日本の仏教は、東南アジアのそれ以上に、教義面での超俗主義(実践面とはまた別の) をかたくなに守り通していればこそ、俗人の子供相手には寺子屋で論語を教えたり、
神社を併設して、女人の参拝はそちらに任せたりといった住み分けを凝らしていた。
仏門が全国を完全な支配下に置くでもなく、神道の祭祀長を兼ねる天皇こそが日本で
最高位の元首たることにも、むしろ協力的ですらあった。(伊勢神宮の造営を支援するなど)
それは、真言宗が密教の中でも最高級の後期密教を継承していたり、曹洞宗が最正統の禅宗で
あったりした上で、その活動の純化のために、あえて都からは遠く離れた山中に本山を構えたり
して来た経緯もあってのことだから、まさに宗教面が世界最高峰だったればこその歴史でもある。
なればこそ、儒学や、道家思想の実践手段としての神道が廃絶、全面禁止の状態に
追い込まれている現状では、仏門もまたろくな影響力を世の中に及ぼして行けることがない。
仏教もまた世界最高峰の品質であればこそ、神儒の復興がまずなくては済まないのである。
腕と肩を同時に上げる不正な運動をしていても、剣振りなどで その直後に勢いよく腕を振り下ろしていれば一旦肩も下がるから、
別にリアルみいちゃんみたいな短首体型になることはない。
代わりにどんどん肩が詰まって行って、常日頃から肩幅が狭くなる。
そのせいで「頭がデカい」などとも評されがちになるが、
今の剣道や居合道の修得者などにも、そういった体型の持ち主が非常に多い。
特に古流剣術の達人だったことで知られる黒田鉄山師の祖父などは、
背は165㎝程度と昔ながらの日本人であったのに、
肩幅は人並み以上に広く見えたと鉄山師自身が証言していた。
(鉄山師自身にも特に肩が詰まっているような形跡はなかった)
古流には、全く肩を∨にするような動きがなく、
むしろ└─┘な動きへと矯正する効果があるから、肩幅も最大限になる。
今の剣道や居合道はそれに反するようなことばかりやってるから、
人並み以上に肩が詰まるようなことにもなってしまう。
剣道形や居合道形の制定者たち自身が、イヤイヤ古流と全く被らないように
しといた挙句に「あんなものやっても何の意味もない」と証言していた所以。
巻き肩の稀勢の里、逆巻き肩の琴奨菊、怒り肩の勢らが 揃いも揃って肩の異常の少ない白鵬に太刀打ちできなかったように、
肩の狂いは武闘を含む、手技面での大いなる劣勢を招くこととなる。
白鵬を含むモンゴル人力士は、もうだいぶ前から近代的なトレーニングに
勤しんで来ている一方で、日本人力士はトレーニングも食生活もなるべく
古来のやり方に乗っ取らされて来たというし、その「古来」っていうのが
近代トレーニングよりも肩の狂いを助長するような代物だったからには、
それも古流剣術よりかは現代剣道や居合道寄りのまがい物なのだろう。
せいぜいその源流も昭和か、大正明治あたりまでしか遡れないような。
https://www.hidenoyama.jp/intro.htm...
近ごろやっと日本人力士にも近代的なトレーニングが大々的に解禁され始めて、
それでモンゴル人力士との格差もだいぶ狭まって来ているみたいだけれども。
自分たちが囚われていた因習もまた、いうほど由緒正しいものでもない、
近世以降の本格的な精神文化を、国を挙げて排してしまったがための、
「呪い」がかかっていた代物だったことまで見直してもらいたいものだな。
本当にそうだったのかも、だったからといって 手相一つを全面信頼できるかも分からないにしろ、
家康公の事績がいかにもIQとEQをよく統合できた達者
ならではの精緻さを帯びているのにも違いはない。
信長は若いころから激情家だったことで知られるし、
若いうちはその信長に平身低頭で仕えながらまんまと出世にあり付く
シニカルさを持ち合わせていた秀吉もまた、晩年には老耄で蛮行の限りを
尽くしていたように、明らかにこの二人には欠けていた、知情の統合という人間性。
情念を抑える限りにおいては、斎藤道三の前でいかにも賢明らしく振舞ったり、
サルやハゲネズミ呼ばわりされようともへつらいの姿勢でいたりできようとも、
いざ情が爆発するともはや、パワハラや大虐殺にも手を染めないではいられなくなる、
そういった知情の分裂加減が、信長や秀吉の事績に大きすぎる瑕疵を伴わせ、
以て家康公のような最終勝利者として末永く天下を治める礎たることを阻んだ。
知情を十分に統合できるというのは、国を動かして行く域の大権の持ち主となる上では、
できる限り持ち合わせておくべき基本条件でもあり、なおかつそれでこそ本人自身もまた
最大限に健常な情念の発露にも与れるものである。それが知情の分裂状態にあるような
連中からは嫉妬や怨嗟の的となって、忌み嫌われる原因にもなるのだとしても。
自らの知情をよく一致させて行くためには、そこで醸成されている知見というものが、 情念と統合した場合に、より快適さを招き入れられるぐらいの思想構造でなければならない。
「他人を踏み台にしてでも自分だけが成功して大儲けでいい気分になりたい。
そのせいで世の中が迷惑をこうむって破綻に見舞われようが知ったこっちゃない」
とかいったような邪知と情念を統合しようものなら、そのせいで罪悪感や自己嫌悪による
苦痛ばかりが助長されることになるから、そういう人間はなるべく知情を分裂させておこうとする。
そんな醜態とは、まず自らの知見からして真逆であること。
世のため人のため自分のためを心から想う仁慈、菩提心の糧となるような知見こそを、
一旦感情を抜きにしたところにある理知の面でも養い育て、そこに情念を一致させる。
そこで初めて知情の統合こそが、より自分自身の感情面からの爽快さをはかどらせることともなる。
儒学はその基本中の基本みたいな部分だけを集成した学問だし、
仏学や老荘列の玄学などもまた、さらにその上を行くような体系性を帯びたものである。
その道はすでに多岐にわたり、一人の人間が一生を費やしても修めきれないほどの分量が既成
であるわけだけれども、残念なるかな、カルトが司る現代文化が、その一欠片ほどの修得も許さぬ。
とにかく、>>22画で下から二番目の愚童持斎心を司っている典型的な学問である儒学が、 下っ端異生羝羊心を開き直るキリスト教やユダヤ教のようなカルトと全く相容れないのを、
ここの哲学板での四書五経と新旧約の10年程度にわたる読み比べでも確認して来たもの。
両者の記述はその何もかもが相反し、両方同時の受け入れや実践が絶対に不可能となっている。
その理由も概ね明らかであり、儒学や新旧約信仰における最大のキーパーソンである
孔子とイエスが、いずれも妾腹の私生児という極めて恵まれない境遇に生れ落ちながら、
片やその境遇から着実に立ち直って大学者として大成した一方、片や自暴自棄に駆られて
我流の邪説を触れ回った挙句に、強盗強姦殺人犯の代わりに刑死したなどという、あまりにも
相反するような当人たちの事績をその本尊に据えているが故に、自ずとそうなったのである。
この世に性分が異生羝羊心止まりな人間なんてのは昔からいくらでもいて、
そこから儒学の勉強などを通じて精神的に成長したりすることもあったのが、
新旧約信仰のような異生羝羊心開き直りカルトが大々的に世にのさばっているがために、
さような成長が寸分たりとも許されないような事態に誰しもが陥っているのが現状なのである。
>>46修正: ×近世以降の本格的な精神文化を、国を挙げて排してしまったがための、
〇近世以前の本格的な精神文化を、国を挙げて排してしまったがための、
(>>54の続き)
儒学が基本的に封建制を重んずる政治学でもあるから、
民主主義の時代に無宗教的な面でも相容れないといった問題もあるが、
そもそもその民主主義からしてキリスト教圏のオリジナルであり、
キリスト信仰のせいでユダヤ政商などとの癒着の挙句に大腐敗の限りを
尽くしてきた、西洋の王侯から国の主権を剥奪する目的で提唱された代物なのだから、
そんなものの受容のために、封建社会の為政者が幾度となく、今の民主主義国などを
遥かに上回る善政を実現する元手として来た儒学までをも、排他の対象とする筋合いもないのである。
その民主主義と共に、学歴が人材徴発のための査定基準として重用されて来た洋学もまた、 いざ情念を許容するとなると劣情の限りを尽くしてしまうカルト信仰圏の産物なればこそ、
知情を完全に分裂させての、冷厳な知能主義一辺倒であることを強いる代物である。
理系はその研究の性質上仕方のない所があるが、政官財に人材を登用するための学歴基準
として最優先となっている文系までもが、さような知情分裂原則に則っているがために、
権力上層にはほとんどサイコパスしかいないなんていう事態までもが招かれてしまっている。
今の俺みたいに、学知に関連する話の流れの中で、平気で情念まで発露させたりするのは、
もうその時点で失格、落第扱いとなるわけだけれども、それもまた洋学の慣習に縛られた
発想に過ぎず、四書における孔孟の言動などには、極めて情操の豊かなものが多くみられる。
そういった傾向を宗教的にではなく、人文系の学術などでも認めて行くべきなのであり、
さような取り組みにとっては、カルトのみならず洋学もまた一定以上の敵対者たるのである。
あれだけ非礼に非礼を重ねて来たのに、良く人間否定派はお前を赦したものだね。お前はもう一生奴に感謝しないとね。是迄みたいに「先生と呼びつつも、心の底では見下してるぞ」という本音をチラ見せするような物言いは避けたほうが良いと思う。その時は今度こそ見棄てられるぞ。
研究対象が無機的な自然現象だったりする理系であっても、 いざ人文的な領域にかかわるのであれば、
そこではむしろ良知と情念の統合に専念するのでなければならない。
ひろしもそうだという医者なども、理系として基本は患者の診療を
本業とするものであれど、それが本当に世のため人のために
なっているかまでちゃんと配慮を働かせないよりは働かせられたほうがよい。
今の医者は総員でさような配慮が疎かで来たものだから、
国を借金まみれにして若者を路頭に迷わせるような大迷惑と引き換えに、
国民皆保険の医療サロンで不健康老人の飼い殺しなどに勤しむのが常ともなった。
そういうことがあるから、理系の仕事の成果がどんなに偉大に見えようとも、
知情の統合によって世の中を恙なく取り回して行くような領分の上にまで置いてはならない。
近代邦楽史上では最高位のミュージシャンだった山下達郎なども、
いざ社会的な話になると、連続児童強姦魔を擁護するようだったりと、
理系に限らず、ある種の分野ばかりに没頭するあまりに社会性を蔑ろに
してしまうような人間がどんなにその分野で偉大たるのだろうとも、
そんなである以上は世の中全体をうまく取り回す領分よりは下に見なければならない。
都合の悪いことは「言いがかり」という言いがかり
この態度で生きて来られたのは社会との接点を最小限に留めてきたからに過ぎず…
この態度で生きて来られたのは社会との接点を最小限に留めてきたからに過ぎず…
だいたい、いま日本の最高学府である東大で、 さらにその中でも最難関とされているのが理Ⅲ、医学部であった上で、
そんな連中が医療費の国費負担で国を傾けるような真似にまで
及んでいるからには、日本中のインテリ層が最高峰の部類に至るまで、
世の中全体の公利公益を慮る仁慈に欠けた状態でいるのが間違いない。
医学は、直接的に病気や怪我に苦しめられている人々を救い上げる、
そのいかにも仁術らしき風体から、そこさえ尊重しておけば正義の味方で
いられるような気にもなりやすいものではあるが、そんなのはろくな
要職に就いているわけでもない匹夫小人にまでしか許されない思い込みなのであり、
国中の働き盛りな若手を窮乏に追い込んでまで、養生摂生も疎かにしているような
不健康老人を生き延びさせてやるとかまでなると、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」
の暴挙たることにも十分な警戒を果たすべき所が、総員でそれを疎かにして来た。
理系や芸術系のみならず、文系として政治に直接的に携わってきたような連中に至るまで、
インテリ層の誰しもが山下達郎に勝るとも劣らないような視野の狭さのままで
世の中を取り回し、特定の世代のために日本の将来の全てを蔑ろにしてかかった。
しかもそういった連中たち自身には、理工学的、創作的な功績なども皆無なのだから、
その存在価値は紛れもなく、並みの平民にも劣るプラマイゼロ以下だったのに違いないのである。
また元に戻る予定で、ちょっちゅ話を変えるけれども。 昨日一昨日、いまヤフオクやメルカリで山ほど投げ売りされている静脈認証デバイス
というのが気になってたのを、一つだけ購入して弄ってたんだけれども、
なんでそんなに投げ売られてるのかがだいたい分かった。
富士通の手のひら静脈認証デバイスの場合、Windows11以降は専用のソフトウェアが
同社製のPCにしかインストールできなくなったのが、その原因らしい。
うちには富士通のPCもあるから、別に無駄にはならなかったけれども、
こんなではちっとも静脈認証の普及のめどが立たない。
偽造の困難さや誤認識の少なさでは指紋や顔認証をはるかに上回る信頼性だというのに、
Windows Helloもろくに対応をしないまま、何故そんなになってしまったのかを鑑みるに。
指紋認証や顔認証は、すでに技術が全世界に開かれている一方、
手のひら静脈認証は富士通の、指静脈認証は日立やモフィリア(元SONY)の専売特許で、
普及すればするほど日本企業ばかりが儲かってしまうから、アメリカが嫌がったんだろうなというのが一つ。
なおかつ、オンラインに至るまでの静脈認証が普及すると、暗証番号や認証コード送信 の場合と違って、GAFAのような胴元企業経由で、諜報機関などがバックドアから
自由に個人情報を盗用するのが難しくなるからではないか、というのも一つ。
アメリカはNSAがテック企業経由等でほとんどの個人情報を自由に収集していると暴露済みだし、
中国も全ての人民に国の諜報活動への協力が法的に義務付けられてるのだから、同様なもの。
世界は今、小説の「1984」を上回るほどの徹底的な監視社会化が進んでいる状態であり、
静脈認証の普及などが個人情報の秘匿性を増すことでそれを阻むぐらいなら、
いちいちコード送信などで人々の手を煩わせてでも、低レベルな認証止まりにさせておきたい。
といった思惑があって、信頼性と便利さが共に増す静脈認証の普及なんかもとん挫状態に
追い込まれているのではないかと。そしてそこに全く以て政治的な抵抗を試みることもできない、
日本の支配層。技術開発のほうは未だに世界最先端を行きながらの明暗さ加減が、とても印象的なもの。
今はどうだか知らないが、昔、政治家が入り浸っていたような高級料亭では、 関係者が絶対にそこでの談話の情報などを他所に漏らさない取り決めがあったという。
(大石内蔵助の料亭での諜報活動などを模しているものと思われる)
そのため、料亭通いもただの遊興などではない、重大な意味があったわけだが、
そういった慣習の下で、ろくな諜報機関もないなりにある程度は情報機密が守られて
いた頃の日本のほうが経済的にも振るっていた一方、何もかもが盗聴で丸裸状態に
置かれている今では、一方的に米中韓などから利益を吸い取られての不振一辺倒と化した。
世の中に、他者の利益を侵害して自分たちが肥え太ってやろうとするような鼠賊が
跋扈している程度には、そこから公益級の利益を守る目的で試みられる密談などが、
毒を以て毒を制する的な正義性を帯びることがいくらでもある。
故に、「何もかもの情報を丸裸にすればこそ、世の中がより治まる」なんてことも決してなく、
野良の犯罪集団はおろか、公的な諜報機関までもが敵対者への積極的な迫害などを
惜しまないでいる状態などではやはり、防諜手段もそれなりに充実していたほうが、
国や世界規模での、より一層の平和や繁栄が見込まれるともいえるのである。
[YouTubeで再生]
ボクシングの範囲でどんなに修練を積んだところで、
所詮はそれが「喧嘩の間合い」のスポーツでしかないがために、
喧嘩なら瞬殺レベルの相手でありながら、元傭兵の師匠の下で、
刃物を使った戦闘術の鍛錬なども重ねている拓ちゃんの前では、
ボクシングも喧嘩も百戦錬磨できた竹原も及び腰でおる。
そこはプロこそがすぐに感づいて配慮する一方、
ド素人供のほうが勝手にイキリ回るような領域かな。😂
ボクシングの範囲でどんなに修練を積んだところで、 所詮はそれが「喧嘩の間合い」のスポーツでしかないがために、
喧嘩なら瞬殺レベルの相手でありながら、元傭兵の師匠の下で、
刃物を使った戦闘術の鍛錬なども重ねている拓ちゃんの前では、
ボクシングも喧嘩も百戦錬磨できた竹原も及び腰でおる。
そこはプロこそがすぐに感づいて配慮する一方、
ド素人供のほうが勝手にイキリ回るような領域かな。😂
だいたい、本家本元のちょっちゅねブームからして、 琉球弁のイントネーションを本土民が嘲笑うような意味合いで、
オールドメディアが流行らせたような代物だったものだから、今でも本土との
文化的断絶が激しいままでいるというのに、そこに文句は唱えないのか?
「具志堅も色々とおいしい思いができたんだしなんくるないさー」ってんなら、
要は金満と共なる下衆ならいくらでも受け入れられるってわけで。
極端な貧窮のせいで人格面から殺伐としている、
ホリエモン以下の戦後次世代を、だからといって、決して
利権を明け渡したりするわけにはいかない相手だとか、もう二度と見なすなよ?
金満と共にでさえあれば、いくらでも許容できたような相手に過ぎないのだから。
(>>69の続き) 公的な諜報機関に所属する者が、必ずしも世のため人のためを心から想う
仁者である保証なんかはどこにもなく、CIAの上級職員の学閥であるハーバード
などを含む世界中の教育機関が、仁義道徳なんて初めから与り知りもしないままでいる
洋学をそこでの勉強対象にしている以上、むしろ仁者でないほうが当たり前なのである。
ケネディ暗殺以降、国の実権が大統領からCIAなどに簒奪されてからのアメリカが
より繁栄を謳歌したなんてこともなく、ベトナムでもアフガンでも戦争は負けてばかり、
経済も80年代までは日本に、それ以降は中国に追い上げられて世界的覇権を損ね、
米国内での貧富の格差も広がるに任せて、今ではヤク中のホームレスで国中が溢れかえる始末。
不仁者が、ただ頭がいいからといって、あらゆる政治を裏から取り回し、その邪魔になる
ような連中はすべて盗聴下において、下手な真似に及ぶのを一切許さないなどという体制が、
日本を含む世界中のアメリカの勢力圏で確立された挙句に、それこそが凋落の事態を招いている。
秘匿されるべきものとそうでないものへの扱いが不正であり過ぎたあまりに、
自業自得での、より一層の壊乱を招いている。小説「1984」的な監視社会が所詮は、根本的な
問題性を孕んでいるが故にうまくいかないものであることを、世を挙げて証しているのである。
理解できないもの、誤解したままでいるものへの憎悪が、 天に向かって吐いた唾が自分に降りかかってくるような
不快感ってものがあるのだろうね。
俺が世の中やおまえらへの苦言を呈したりするのは、
純粋な仁慈からであって、自らの不幸による怨みからなどではない。
多くの次世代と同様、社会的には非常な不遇下で生まれ育ったとはいえ、
無職ニートとしての避難生活などによって、
それ故の不幸をできる限り低減させて来た身の上でもある。
なおかつ、若い頃には学術書とネットの対照を最も活用できる時代に恵まれ、
中年以降も本物の出家修行に似たような形でその実践に取り組むなどして来られた。
おかげで同世代はおろか、金満で好き放題やれて来た旧世代などよりも、
健康養生や能力開発にかけてはより優れた成果に与れることともなった。
そこに、自らの怨みを他者に振り向ける余地などはない。
全ては「環境のせい」ではなく「環境のおかげ」でのみあるわけだが。
なればこそ、そこからの発言などを、怨みによるものだなどと勘違いして
処理しようとする者などにとっては、いつまで経ってもスレ違い状態でまったく
要領を得ず、ひどい検討違い状態なうえに、自分たち自身の憎悪が濃縮還元された
俺への分析などが、ただひたすら自分たちを不快にさせ続けてもいるのだろう。
どうあがいても隠し切れない、その逆怨みの業火と共に、
同棲以上の暮らしとかが、何らの利益ももたらすわけがないので。😵
おまえのほうがみいちゃんみたいにキレ散らかして、
誰しもにとってのより一層の不幸を招くのに違いないから。
その一番の被害者となるのもまた、自分自身だったりしながら。
同棲以上の暮らしとかが、何らの利益ももたらすわけがないので。😵
おまえのほうがみいちゃんみたいにキレ散らかして、
誰しもにとってのより一層の不幸を招くのに違いないから。
その一番の被害者となるのもまた、自分自身だったりしながら。
なんか、バスパワー駆動の静脈認証デバイスとかを富士通以外のPCに繋げて色々と試してたら、 いったん電源を切ってから入れなおそうとしてもスイッチがきかない、
電灯線から差し直すと入るという症状にPCが見舞われ始めてな。
UEFIを調べても「停電後に自動で起動」はOFFになってるのに、なんでそんななるのかと思いきや、
「ErP機能」というのがEnableになってたのをDisableにしたら、起動時にいったん冷却ファンが
轟音を立てるようにもなったりしながら、上記のような問題が解消されたのな。
ErP機能ってのは、PCのシャットダウン時の電力供給を制限することで、待機電力をセーブする機能で、
これが有効状態なのにバスパワー駆動のUSB機器などを繋げたままでいると、
勝手に保護機能がはたらいて電源にロックがかかり、一旦電灯線から抜き直さないといけなくなるのな。
なるほど、富士通が手のひら静脈認証をほとんど自社製の機器でしか
使えないようにしたのは、こういった接続整合性の問題が起きてしまうからなのか、と。
このErPという機能は、欧州が環境保護指令で、自分たちの国で使用されるPCへの組み込みを義務付けたもので、 欧州仕様だけ別製とするほうが面倒なものだから、世界中のPCにも組み込まれていることが多い。
結果、それが現状ではほとんど日本独自の規格として開発されている静脈認証デバイスの
バスパワー駆動などと干渉して、電源にロックがかかるような問題を引き起こすことになってしまっている。
静脈認証だけでなく、このErP機能もより普及したほうが、
PCの電源OFF時に勝手にカメラなどの接続機器が駆動して盗撮に及んだりするような
危険性が解消されるというのに、技術的な不備のせいでこんな問題を起こしてしまう。
日本やEUが発祥であるような、特に防諜面で有用なIT技術がその普及を阻まれて、スパイ天国時代の延長を招いている。
必要もなくわざわざあえて好き好んで、知るべきでもないことまで知りすぎる自由がまだ保たれているのである。
静脈認証デバイスみたいな根本からのセキュリティを司る機器は、 他のどの機器よりも真っ先にPCに認識されて、
現状ではよりセキュリティ性の低いWindows Helloなどよりも先に
割り込まないといけないから、認識が遅れるUSBハブ経由で
使用した場合などの動作保証もない。
かつ、PC起動時に真っ先に認識されるために、待機電力の消費で
一定のスタンバイ状態を保っておかねばならないから、
ErPの待機電力カット機能と干渉して不具合を起こしたのだろう。
ErPが静脈認証デバイスのような、高セキュリティ確保のための要となる機器
などに対しては限定的に待機電力消費を開放することで、その解決も見込まれる。
帝人が供給したCFRPによって、エアバスも他の航空機との衝突でも分解しないほど
頑丈な旅客機を造り上げるに至ったのだし、日本と欧州の技術の相性が悪い
なんてことはちっともなく、おそらく試みさえすればすぐに実現できることである。
ただ、それを阻むような連中も未だ多かろうな。
ITの主導権を日欧どちらからもはく奪しておきたいような界隈に。
近場の、頑張って欧州産のチーズなども取り揃えてるスーパーが、 特に高級な部類のは欠品で、入荷未定状態とかになってんのな。😩
この金融緩和物価高なご時世では、値上げどころか輸入すらできないと。
今は知らないが、10年前のアメリカで、日本よりも安くてうまかった
唯一の食べ物が欧州産のチーズだった覚えが。EU側が日本に関税を下げるように
打診する交渉を働きかけているニュースなども見かけたことがあるが、
未だにその成果も皆無だし、今のジミン政権にそういうコネはないんだろうな。
田中清玄氏にはオットー大公などとの付き合いもあったというが。
欧州もやっぱりキリスト教圏だから、存命時の石原慎太郎などと同様、
現時点で俺個人が大々的に承認できるような相手なわけではないが。
プロテスタントやユダヤみたいなより原理主義的な聖書信者からみて、
堕落しているがゆえに敵とみなされる程度には、まともだったりもするのだろう。
だからこそ、できる限り離間させておきたい相手のうちにも入るのだろうな。
どんな結果を出すことよりも、
まずおまえらを屈伏させることが第一なんだよ。
人様を査定する資格もない身の程をわきまえて、
自分たちを査定していただくことだけに全力であるように。
何よりもまずはそれからでしかあり得ない。
まずおまえらを屈伏させることが第一なんだよ。
人様を査定する資格もない身の程をわきまえて、
自分たちを査定していただくことだけに全力であるように。
何よりもまずはそれからでしかあり得ない。
おまえらには、純正に人を査定したりする能力はない。
ただ、都合によって服従したりさせようとしたりする上下関係があるのみ。
人間がそんな犬畜生止まりな品性だったりするのが、もはや残念の至りでしかないとはいえ、
いまだ残存してしまっている以上は、相応の扱いに処するしかない。🥱
ただ、都合によって服従したりさせようとしたりする上下関係があるのみ。
人間がそんな犬畜生止まりな品性だったりするのが、もはや残念の至りでしかないとはいえ、
いまだ残存してしまっている以上は、相応の扱いに処するしかない。🥱
俺も、昔は犬が嫌いなぐらいだったが、それは、 常に舌出してヘラヘラとした表情でいて、これでもかと飼い主らにへつらい、
散歩のたびに片脚上げて路肩にションベン引っ掛けてるような生態からの卑屈さを、
少なからず自分と対等なものとして捉えていたからなのに違いなく。
それは自分だけでなく、犬の側にとってもタメにならない固定観念であるのを
わきまえて棄て去ったなら、後はそれなりに可愛い動物がそこにいるのみとなり。
特に仏性から遠い生き物であるのまた事実であるとはいえ、
孤高の狼からそんな風に飼い馴らして使役動物と化したのも人間の側なのだし、
すでにこの世に生を受けている以上は、輪廻転生の中でたまたま、
そういう段階に生れ落ちてしまった相手なりの慈しみように帰するのみである。🐶👋
おっと羝羊は雄羊のことだったか。🐏 まあでもみいちゃんも、心に角が生えてたが故の災難ってとこあるもんな。
PCのErP機能をオフにすると、USB3.2gen2×2以上の高速接続機器の
起動時の不具合などもより解消されるらしい。ただこれはストレージから
不法にデータが抜かれるような危険性を高めるから、静脈認証デバイスなどとは逆に、
接続機器の側が待機電力カットに順次対応して行くようにしないといけないわな。
ついでに、純中華製のM.2ケースと自作アンプの性能比較などもしてたんだが、
右側の中華ケースは最速10Gbpsしか出ないくせして内部温度は43度まで上昇、
しかも超小型の高速冷却ファンを内蔵しているものだから、寝床に置きたくないぐらいうるさい。
一方、我が子のほうは20Gbpsで読み書きしても32度程度までに留まり、
冷却ファンがはるかに大型のため、ほとんど騒音も気にならないといった結果。
電子回路系統に一切手を加えなくても、こうした改善の余地がいくらでも最先端分野にある。
とはいえそれらは概ね、今の資本主義経済にとっての安易な儲けなどとは無縁な域にあるために、
無職のおもちゃ遊びぐらいでしか立ち入ることもできない。要は、金満が文明の発展を阻んでるってこった。😩
健康度の低い中古のM.2SSDはだいたい、 ろくな冷却対策もできないノートPCやゲーム機からの抜き取り品で、
自作PCなどに内蔵しなおす場合にも、画像のような冷却器を
取り付けることで大幅な健康維持の向上が見込まれる。
ニッチで変態的な取り組みだと自分でも思ってたら、
今やSSDもRAMなどと一緒に、市場価格が俺が買いあさってた頃の
倍以上になり始めよってな。もはや趣味と実益を十二分に兼ねておる。
おかげでキオクシアもサムスン電子も最高収益を更新だとな。
無能は株買っときゃよかったとかばかり気にするんだろうけれども、
物価が上がった分だけ株価も上がっているだけないたちごっこなぞに囚われてるあたり、
「社会的弱者ほど金目にこだわる」どころか、「金目頼みだから社会的弱者である」よな。
人様を批評してかかるような能力もなければ資格もなく、 特別なにかためになるようなことを教えられるわけでもない
分際でいながら、上から目線なものの言い方しか知らない・・・
そりゃあ、鬱やヒステリーが国民病とも化するのも当たり前なわけで。
アメリカ様からのお目こぼしのおかげで、諜報活動でだけは
日本人よりも優勢でいられて来たからといって、さような病理に
より一層苦しめられているというのなら、やはりその権限もまた、
自分たち自身の健康養生のためにこそ、剥奪されて然るべきなのに違いなく。
もちろん、ただそれだけでも済まない。
あえて出歯亀こそを神聖化するようなカルト信仰への惑溺と共に、
分不相応な権限が取り上げられるのが、最善であるのに違いない。
(>>75の続き) まず以て、「1984」のような絶対的監視社会を実現しようとする企て自体が、
「全知全能」の名の下に、世界全体を自らの監視下に置いて好き勝手の限りを尽くそう
とする聖書の神の模倣のような、カルト宗教的な志向性があって試みられてきたものである。
中国などは「上に政策あれば下に対策あり」で、官民がそれぞれに勝手な情報網を
構築して行くのを許容して来た結果、CIAなどもその全てを把握できないでいるほど広大な、
中華系の諜報網が全世界に張り巡らされることとなっているし、そういった事例と比べれば、
諜報活動が中央集権的に過ぎるのは、かえって脆弱さを招く原因となることが知れている。
確かに中華的なやり方のほうが、マフィアの跋扈であるとか、バレバレの嘘を平気で
ついたりする下っ端のやり口のせいで、国ごとの印象を悪くするとかいった弊害もまたあれど、
それと引き換えに物量戦という面で、ナウシカの巨神兵を凌駕する王蟲の大群のような強大さを
帯びていて、最後は漢の劉邦が項羽を「質よりも量」で討ち取ったような事態に持ち込む気でいる。
世の中全体が作為的な諜報活動なんかで塗り固められること自体が、仁か不仁かでいえば
不仁向きの所業であるからして、諜報なんて「目的のための手段」として割り切って、
その見栄えなんかにさほどこだわりもしない側のほうが、比較的仁に近いが故に優勢たる。
全知全能の神的なものの希求自体が、自分たちを劣勢に追い込む悪手だったわけである。
諜報活動全般を「神の業」の如く崇め立てるのもカルトの所業なら、 諜報員をなんらの影も落とさない純然たるヒーローとして美化したりするのもまた、
それに準ずるような冷戦時代からの悪趣味であり、ソ連のような宿敵も失って、
諜報機関こそがこの世に無用な争いをもたらす元凶と化してしまっている
現今の実情なども鑑みながら、自粛されて行くべき傾向だといえる。
日本にも「忍者」という古来の間諜職が存在してはいたが、
これがヒーロー然として描かれ始めたのも、西洋のスパイ映画などからの影響による
のでしかなく、書いて時の通りな非人の所業として卑しまれるのが本来の姿だった。
そういった伝統に多少なりとも即しながら、あらゆる諜報機関を凌駕する強大さを持ち合わせた
殺し屋を描いてきたゴルゴ13なども、できる限り勧悪懲悪の体裁を保ってきたればこそ、
諜報活動にヒーロー性を見出したい西洋人などからは不人気なままであり続けてきた。
いま高市政権が日本という国の諜報活動全般を強化するような画策も試みているようだが、
それがスパイをヒーローとして羨望したり、諜報という活動全般を神の業のごとく
偉ぶったりするカルト的姿勢と共にであるようなら、かならずや招かれる弊害のほうが
利益を上回るようなことともなってしまうのにも違いない。無論、米韓の犬であることを
大っぴらに開き直っている今の日本政府などには到底避けられるころでもあるまいが。
(>>100の続き) 決して諜報活動というものを軽んじてもいいという話ではなく、
太古の昔より国家が有事への備えとしての軍事力を健全なものとして重視して
来たのと同じように、諜報もまた備えとしてはよく重んじておかなければならない。
ただ、それは下水道の整備が都市環境の保全のために重要であったりするのと
同様な事象として扱うべきなのであり、飲み水などに下水が混入するようなことが
ないようにするために、上水道を必ず下水道よりも上の位置に設置するがごとく、諜報以上に
防諜をより重んじて、身勝手なスパイ行為の氾濫が世を乱すようなこともないようにせねばならない。
神の業でもなければヒーローでもないが、この世に不可避に招かれるものとしての汚濁を制し、
できる限り清浄さを保つための最下層の処理役たることに徹するという意味での「忍者」で
なければならず、その領分を超えようなどとする不埒者には内内での殺処分すら辞されない。
よく、江戸期の目付身分の元祖(初代江戸大目付)である柳生宗矩やその一味が、 非道なスパイ活動で幕府に盾突く者を容赦なく屠ってかかる非道の集団のように
フィクション作品などで描かれて来たものだが、これは反幕勢力を源流とする現日本政府と、
スパイのほうを英雄的に描きたい戦後の外患勢力の思惑が一致した結果のキャンペーンであり、
その真相はといえば、幕府の安定のための防諜活動にかけて模範的だったというばかりのこと。
乱世の室町期には、伊賀者甲賀者その他の忍びによる隠密行動が多々跋扈していたのが、
治世の江戸期以降は正規の武家身分である御目付役の侍こそがスパイ活動全般を担うことが
多くなったのも、その活動内容が乱世の助長も厭わぬ諜報>防諜状態から、治世の堅持のための
防諜>諜報へと様変わりしたからであり、故に御目付の武士こそは、今の世の中でスパイを
請け負っているような連中のならず者加減とは裏腹な、謹厳さのエキスパートでもあった。
先祖に多くが目付や大目付を歴任して来た血筋の者としての、親族との経験からも知れるのが、
目付の素質っていうのは、今の世の中などでは浮き果てて取り付く島もないようなほどの
自他への厳しさにこそ集約されるものであり、またそれぐらいの厳しさとともに防諜>諜報
という格付けを守り通せるものだけが、悠久の世の平和や繁栄をも司れるということである。
藩マガキに触れて、その角を羸クルしましむ。
https://x.com/akafaceUS/status/2053606255931...
角のある動物の飼育では、わりとありがちなことなのか。
羊は中でも、角がグルグルと巻いてるから、
生垣などに絡んだときのこんがらがり具合がひどいのだろうな。
さすが、宇宙の真理を把捉した再原初の聖書の言葉なだけあって、
その切実な真意を汲み取ろうとするだけでも、
後から後からいくらでもスルメのように味が出てくる。
なればこそ、身勝手な解釈などに上書きされる余地もない。
https://x.com/akafaceUS/status/2053606255931...
角のある動物の飼育では、わりとありがちなことなのか。
羊は中でも、角がグルグルと巻いてるから、
生垣などに絡んだときのこんがらがり具合がひどいのだろうな。
さすが、宇宙の真理を把捉した再原初の聖書の言葉なだけあって、
その切実な真意を汲み取ろうとするだけでも、
後から後からいくらでもスルメのように味が出てくる。
なればこそ、身勝手な解釈などに上書きされる余地もない。
(>>104の続き) 特に目付武士の子孫としての血が濃かった親族の中には、参禅のほか、廃仏毀釈で寺門以上に
徹底的な弾圧の対象となって来た修験道に入れ込んでいた人などもいて、その精神性は全く
今の世の通俗性などからはかけ離れた、伝統的な宗教性に司られていたのが窺い知れる。
それは、決して誰しもに好かれるような精神性ではなく、特に異生羝羊心を開き直っているような
連中からは蛇蝎のように忌み嫌われる、なればこそそんな連中が世の支配層と化した時代には、
誰が確信的な加虐意識を抱くまでもなく、なし崩し的な排除の対象とされて来たものである。
なんなら、米韓がどこまで行っても日本という国を敵視し続けて、日本人の側がどんなにけな気な
友好を望んだりしようとも、迫害の手を緩めようとはしないのもまた、自分たちが総員でカルト信仰
によって異生羝羊心を開き直っている一方、日本にはまだ目付武士あたりなら必ず持ち保っていた
ような愚童持斎心以上の精神性を帯びている人間が少なからず残存しているからでこそあるのでもある。
その代表的な対立が、ここでの俺や否定派先生とアンチのそれだったり。 こちらからは別に、異生羝羊心の持ち主の絶滅などを望みもせず、ただ身の程をわきまえて
縮こまってくれてさえいればそれでいいぐらいの余裕さでいるのだけれども、あちらのほうは
普遍的に格下の精神性であればこそそんな余裕も持てず、ただひたすらな殲滅のみを目論む。
https://x.com/FayeOceanblue/status/205316233...
そんな連中が何千万から億単位で、束になって良識の残存する日本人を滅ぼそうとしていて、
統一教会などもその先鋒の一角でしかないというのに(あれぐらい聖書を身勝手に解釈して
かかったりする域のカルト信仰が、アメリカでも一般的なのである)、ひろしのように
宗教嫌いを決め込んでのニヒリスト止まりなどでいたのでは、多勢に無勢でひとたまりもない。
ひろしにも別に仲間がいないわけではないようだが、所詮はニヒリストの集いでしかないがために、
よく訓練された兵士のように統率の取れた狂信集団などに対抗しきれるわけでもない。
やはり、愚童持斎心以上の良識を守ろうとする側もまた、多勢には多勢で対抗して行くための
手段としての、まともな信教への傾倒などもまたなくては済まないところがあるのである。
ひろしと珍しく意見が一致した話として、 「もはや『愛国』なんて言葉は特定の国を敵視するための口実止まりになってしまった」
というのがあったが。
たとえ愛国を掲げて、組織規模で外患勢力などへの対抗を試みようとも、
そこで日本古来の宗教文化などにも由来するような精神性を否定したままでいるようでは、
「1+1=2を否定する者は3や4としか答えられなくなるがごとく、賢者に盾突く者は馬鹿になる」
という法則で雁字搦めにされた結果、仏道でいうところの畜生道なみにまでその品性を下落させ、
以て中露北だけを敵視して米韓には利するような走狗働き止まりとなってしまったりするのである。
上の話からの流れで、ひろしは「日本には独立してやっていける力なんてない」とも
主張していたが、そこは全く賛同できない点で、伝統的な精神性を否定しながら愛国を掲げる者や、
ひろし自身のように伝統も愛国もどちらも否定してかかるような者だけが、それを不能とならしめる。
そんな連中が権力の座を牛耳ってきた近現代こそは、日本も陰に陽に外患支配を引き入れて
権力者ほど犬のように媚びへつらう情けなさの至りで来たものだが。慶喜公もあえて幕府を畳んだがごとく、
むしろそんな流れに任せておいたほうがいいような時節もまたあった一方で、その行き詰まり
と共にまた、伝統的な精神性と忠君愛国の両立による、独立自尊の時代へと立ち戻るのである。
吉田松陰だ福沢諭吉だ新渡戸稲造だが述べていたようなそれらが、中身空っぽな贋物だったことへの確認と共に。
海外「日本は世界で最もキリスト教的な国だ」 外国人ママが日本で出会った『天使』との交流に世界が号泣
http://pandora11.com/blog-entry-5727.htm...
ムスリムもたまに日本を「イスラム教的な国」と呼んで称えることがあるが、
ふざけんなよ、おまえらなんかと一緒にすんなという反発が日本人の側からは多発する。
これは別に、キリスト教やイスラム教を「道徳的に優れた宗教」と捉えているのではなく、
そもそも当人たちには道徳的な拠り所が宗教にしか存在しないものだから、
「最も道徳的な国」という意味で「最も〇〇教的な国」と日本を評しているのである。
こういう感覚はむしろ世界的には通用的なもので、なればこそ無宗教は不徳ともされる。
むしろ、宗教信仰から全く切り離された純粋道徳なんかを会得している人間が
少なからずいる日本のほうが異質なのであり、それもまた世界最高レベルの宗教が、
儒学を儒教化させずに純粋な道徳学ならしめるような効能を帯びていたからなのである。
聖徳太子(に相当するような人々)が日本での仏教信仰を整備し、 なおかつその精神的な権威性を元手として隋の煬帝に対等外交を挑んだ頃から、
日本では宗教面で仏>儒という力関係が確立され、以て大陸のような儒教の強大化を抑止し、
儒学は受け容れようとも純粋な学問としてのみとする素地が整えられた。
なおかつ、念仏信仰の流布などによって、人々に異生羝羊心を忌み避けようとする
潜在意識が植え付けられて、純粋な道徳学としての儒学を、宗教信仰の体裁などを
借りるまでもなく愛好して会得するのが世を挙げて一般化して行った。それにより、
今の日本人にも見られるような、極めて普遍的な民度の高さまでもが定着するに至った。
道徳的であることそれ自体はちっとも宗教的でない一方、それを実現して来たのは
世界最高峰の宗教群であるという日本独自の歴史的経緯を今一度わきまえ直して、
その全体像からの復興や堅持に勤めるのでなければ、やはりその存続も危ういものがある。
(>>127の続き) 闇バイトに走る若者などに限らず、死にかけの60代であるひろしなどにもその片鱗が
容易に確認できるもので、あれもまた宗教全般を正統かカルトかを問わず否定したがるような
典型的現代人でいながら、何かにかけて独自の倫理観を振りかざして説教的であろうとする
という人種でもあった。ただその倫理観もまた快楽主義などに誑かされた杜撰さでいたから、
老病のせいでその快楽にも与れなくなった今では、大いなる苦悩に苛まれることともなっている。
非宗教的かつ道徳的であることが、それだけでは健全な存続もままならぬ典型例となっていたのであり、
最低でもお念仏で煩悩愚縛の凡夫としての身の程をわきまえた上で、誰に説教的なものを言うにしても、
共により上を目指して行くような恭しさを帯びているぐらいでなければ、その説教に耳を傾ける者も
いなくなるし、そもそもその説教内容自体が自他の不幸をより招くような世迷言としかならない。
ひろしに限らず、戦後旧世代の次世代への上から目線な応対の何もかもが、パワハラカスハラブラック
などと理由をつけてシャットアウトされるようになったのも、別に次世代が意気地なしだからではなく、
そうやって対処しておくことに利益はあっても何らの損害にもならないような域に、旧世代のあらゆる
振る舞いが終始してしまっているからなのであり、それもまた確かな原因があってのことなのである。
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