
キリスト教以上に、文系の洋学の最たる源流となっている
古代のギリシャ神話でも、ヘラクレスやアキレスのような
勇猛さのあまり自滅に至るような連中が英雄の典型像として描かれているし、
智謀の英雄とされるオデュッセウスまでもが、一撃を食らわせたキュプロクス相手に
遠方から悪口雑言の限りを吠え立てるような、幼稚な残虐さをひけらかしているくだりが
「オデュッセイア」にあり(なおかつその後に大嵐などの災難に見舞われる)、
英雄たるもの少なからず「残虐ゆえに弱い」という性格を帯びているのが
当たり前とするのが、西洋社会の太古の昔からの価値観でもある。
その西洋発の洋学を、文系に至るまで正規教育の根幹に据えた近代以降の日本では、
若い頃の三方ヶ原での武田への敗北以降は、「残虐すぎて弱い」なんていう猪武者傾向を
徹底的に控え抜くことで戦国の最終勝利者となった家康公を差し置いて、不世出の名将
でもあったといえども、まさにその「残虐すぎて弱い」という性向の晩年に至るまでの
持ち越しによって家ごとの衰亡を招いた信長や秀吉のほうが、純然たる英雄としては
家康公などよりもさらに優れていたかのように評されることが多い。
人文系の価値観を洋学に乗っ取られた状態にある多くの日本人もまた、
さような評価に全く疑問を抱くこともなく、少なからず勇猛たらんとする場合には、
最終的な自滅に至るところまで忠実に信長や秀吉のほうを真似るのが通用的となり、
以て近現代における軍事的、経済的な国ごとの敗亡をも招いてきたのである。
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