
それを自律的に可能とするのは、家長として家全体を見渡す能力のある男だけだが、
家内においては、自分と誰かを1対1の関係でしか捉えられないままでいる妻子や
飼い犬などもまた懇ろな扶養の対象とする。それが国のために何もかもを蔑ろにする
全体主義への陥りを控える大義名分となりながら、国の繁栄を司る基本単位ともなる。
昔の日本や、平和や繁栄を確立していた頃の東洋諸国では当たり前のように
機能していた取り組みである一方、それが洋学的な帰納法による正当性の証明を
十分に果たしていないというだけの理由で損なわれ抜き、さような背理がそのまま
不可避なる国の破綻を招いたことで、やはり正しいことが実証され終えた時節なのが今。
この世に犬魂(けんたま)の持ち主は決して絶えるものではなく、それ故にさような
者たちを囲い込んで扶養の対象とするような家や家長もまた必要たり、その家こそが、
個人と社会の一挙両得を司る最重要の社会的単位たる。犬魂(けんたま)の持ち主だけで
世の中を司ることなど不可能という法則もまた実証され抜いた昨今になってやっと、
やはりそのようなあり方こそが人間社会にとっての最善だったのだと認め直されたのである。
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